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ライブラリーシステム研究会の経過とシステムの課題

-図書館システムの標準化に向けて-

入江 伸 / 慶應義塾大学

はじめに 2001年9月20日、第1回ライブラリーシステム研究会を慶應大学三田キャンパス北館でおこなった。この研究会には私立大学の図書館システム担当、図書館システムメーカや書店のシステム担当に加え、NII・NDLの関係者も含め、40人もの方々が参加してくれた。この参加者の多様さがこの研究会の特徴である。参加メンバーは、図書館と図書館システムの関係者が集まり、一緒に勉強し、標準を考え、普及していこうという呼びかけに応えてくれた方々である。呼びかけは、早稲田の金子さん、丸善の佐藤さん、紀伊國屋の加茂さんと慶應の入江の4人で運営委員会を作っておこなった。この報告は、研究会発足の過程と意義を個人的な立場で解説しながら、これからの図書館システムの方向性について考える。

1.研究会発足の背景 - 図書館のおかれた現状 - 日本の大学図書館をめぐる経済的環境は日々を追う毎に悪くなっていっている。この背景として、高等教育をめぐる環境の悪化が言われるが、現在の大学図書館をめぐる危機の原因は、それだけではない。これまで図書館という組織が、大学の経営部門に対して、その努力を積極的に「説明」してこなかったために経営的な信頼感を失っていることが、危機を一層深くしているように思われる。また、システム的な部分では、図書館実務とそれを支える研究開発的機能との連動が効果的に行なわれてこなかったことも、その原因の一つかもしれない。

図書館システムでは、NIIとの連携以外の標準化がほとんど進んでこなかったことに顕著に表われている。図書館システムメーカは、NIIからのインターフェース仕様と、現場からの個別要求の間で、終わりのない修正作業を繰り返している。この状況が図書館システムメーカの担当者から考える時間を奪い、システムの専門家の観点から図書館へ提案する余裕などはできないだろう。 また、図書館システムのSEは驚くほど図書館を知らない。このような状態で、業務システムのデザインをしてもいいものができるわけがない。図書館システムをデザインするSEに業務を知ってもらう努力は図書館業界の仕事だと思う。

一方、図書館の現場でも、システム開発に対する能力は落ちている。15年前の大学を考えてみる。図書館は事務部門の中でも、汎用コンピュータを使いこなしていた部門で、多くの大学で独自に図書館システムを開発していた。システムの複雑さ、技術の高度化などの要因はあるが、当時に比べ図書館のシステム部門は力をなくしている。その理由を考えると、図書館システムというものが変化し、システム開発を図書館で抱える必要性がなくなってきたこと、図書館での開発技術を担う人が採用されなかったこと、新しいサービス(デジタルサービス)への対応のために分散していったことに加えて、図書館でのスタッフのジェネラル化が進んでいったことによると思われる。一方で専門スタッフの育成を言いながら、スタッフ不足をアウトソーシングで補うために管理的な能力は必須となり、産業の空洞化を補う専門的なスタッフの育成についての戦略は明確ではない。

この15年間、図書館システムの標準化はNIIが進めてきた。この標準化は現場からの意見としてまとめられたものではなく、中央集約型で政策的であり強力な指導力があったため、個別の大学はNIIへの依存心を強くしていった。NIIの共同利用目録はTRC-MARCと同様に図書館目録システムの標準化を作り出すことに成功し、その功績は大きい。しかし、極めて協力であったため、現場での計画立案や標準化のための努力を不要にしていった。そのため、NII以外の要望は、各図書館の現場担当者の現場業務を背景とした個別のものであり、この個別の仕様の実現へ右往左往するのが図書館システムメーカであるという図式ができあがった。

この責任はメーカ責任と言うより、その方向性をはっきりさせることのできない図書館業界にあるだろう。情報サービスが国際舞台で戦われている中で、図書館システムがこのままであっては戦えない。米国や近隣の国から、国際舞台をターゲットにしたシステムが開発され、日本への販売網が広げられてきている。図書館にとっては、海外の優れたシステムが一部の国内仕様に合わないという理由で利用できないということは、サービスの低下につながっていく。また、図書館システムメーカにとっては、海外のパッケージと正面から戦う時代になっている。こういった図書館の現場からのシステム標準化の流れが極めて重要な課題として認識され始めた現状が、研究会発足へとつながった。

2.個人的な思いの暴露と研究会 2.1図書館をユーザとした仕事 研究会発足の動機と呼びかけた研究会メンバーについて、以前勤務していた平和情報センター時代の仕事と交流について話す必要がある。それはデータ遡及と形態素解析ソフトウェア(Happiness)の導入である。

2.2データ遡及で考えたこと - 何で標準は一つじゃないの? - 図書館というところと仕事をして一番はじめに驚いたことは、MARCフォーマットだった。区分データセット(*)をモデルにしたレコードフォーマットには汎用コンピュータで可変長文字列を扱おうという意気込みを感じながら、特殊な分野でしか通用しないセンスを感じていた。この思いの中でJP-MARCの解説書を読みながらタグ解析のプログラムを作ったことが図書館らしい仕事の初めだったと思う。初めはCOBOLで書いたが、面倒になってPLIとアセンブラに書き直したことを覚えている。その後にデータ遡及用ツールとして、JP-MARCの加工ツールとして、JP-MARCデータへの漢字分かちなどのアクセスポイント付与プログラムを作った。そのうちにLC-MARCコンバータを作る話になったが、インディケータが何やら訳が分からなくて手を出せなかった。米国はLC-MARC・日本はJP-MARCという対応関係は目録規則と文字コードの違いから、ある程度、仕方がないこととして理解していたと思う。その後、学術情報センターが影響力を持つようになり、NCフォーマットにちょくちょく出くわすようになる。このNCフォーマットによって、書誌階層ブームが全国の図書館を巻き込んでいく。この頃よく作ったプログラムはJP->NCコンバータ、NC->JPコンバータ、TRC->JPコンバータ、JP階層化プログラムなどであった。NCは和書・洋書が同一フォーマットであり、インディケータもなく、プログラマにとっては理解しやすかったが、記述形式が複雑であり、区切り記号が正しく記載されていないことが多く、エラー処理に苦労した。その頃、強く思っていたことは、思想の違うデータをどんなプログラムを書こうが同一データにはできないということである。プログラムを通せば通すほどデータは劣化していく。目録データのコンバータは可逆的なコンバートは不可能である。何で同じ図書の目録を取るのに、何種類かのフォーマットと異なる規則が存在しないとならないのだろうと強く感じながらそのプログラム開発はソフトハウスとしては比較的おいしい仕事だったので、夜なべしてプログラムを書いていた。

2.3 Happinessとともに-デファクトスタンダードの意味- もう一つの仕事は、Happinessというキーワード自動抽出(自動分かちとも言われた)ツールの図書館システムへの組み込みであった。

国立国会図書館の一部や学術情報センター、早稲田大学での採用もあり、比較的高価ながらも図書館界ではデファクトスタンダードに近い感覚があった。そのたHappinessの処理結果が一つの基準を作っていった。そもそもHappinessは文献情報検索でのキーワードを均質に作るためのソフトであったため、図書館のように書名だけを処理することを想定していなかったが、分かち文やキーワードという文化が深く根付いていたため、普及していったのだと思う。ここで面白いことは、ツールが普及し、標準的な地位を持ち始めると、それに合わせるように周りが動いていくようになり、そのツールが異なるシステムを関連づけていくようになるということだ。システム基幹部分の機能的な各ツールの標準化は、そのような役割を果たしていくことを実感してきた。ある時期、Happinessの組み込みのための、いろいろなメーカや図書館との話し合いの中で標準化への流れを作ってきたと言える。Happinessがいろいろなメーカや図書館との対等な付き合いを演出していってくれたとも言える。この話し合いから始まった対等な交流がこの研究会の構想の基本にあった。Happinessを媒介にして知り合った大学とメーカは多い。

早稲田大学(IBM WINE),慶應大学(Fujitsu iLis),明治大学(Fujitsu iLis),中央大学(IBM DOBIS),同志社大学(HITACHI), 立命館大学(NEC ALIS),関西学院大学(HITACHI Biblion)、近畿大学(IBM WINE)このソフトを導入するために、各メーカのシステムの分析・調査をおこなった。

比較的Happinessは関西地域の大学で多く導入してもらった。これは、ツールのような製品を利用してマネージメントする開発スキルがあったからだろう。関西では、いいものはいいと言ってくれる空気を感じて仕事をしていた時期があった。この気持ちが、第4回を関西(同志社大学)で開催することになったのかもしれない。

2.4. 直接的なきっかけ 3年前に、慶應でもZ39.50 Target開発プロジェクトが認められて開発が始まった。当初の予定では重複チェックの補助的なシステムとして位置づけであったが、せっかく作るのであればと、きちんとしたTargetを作ることにした。

その頃、Z39.50関連システムで進んでいたのは、図書館情報大学と東工大だった。東工大は助成金の関係もあり、トータルなシステムを稼働させることが目的だったようで、その時の条件でとにかく稼働できるシステムを目指していた。そのコンセプトは今でも優れたものであるが、標準化の問題もあってパッケージとしては普及しなかった。

慶應大学のメディアセンターは、書誌データの交換を目標に置いていたので、MARCフォーマットにこだわっていた。そのために、東工大のシステムを選択せずに丸善に開発を委託することにした。

研究会発足の直接的なきっかけは、この開発方針のミーティングであった。当時の状況としては、Z39.50を実装しても、日本の大学との横断検索をするためには、個別のカスタマイズが必要であるという現実を変えないことには、Z39.50システムのメリットを発揮させることができない。分かってはいるが開発コストを考えると大きな現実である。横断検索の最低限のTargetをNACSIS、早稲田大、東工大、に北米の代表的なシステムをあげた。早稲田はINNOPACに標準装備のTargetがあがっているが、その詳細な仕様は公開されていなかった。開発コストに見合う成果をあげるには、日本で標準化の流れを作らないと一歩も進めない状態だったと思う。

3.いろいろなこと - 研究会への個人的な考え - ・SEという職業への不満
SEという職業は大変にインターナショナルな属性を持っている。世界を席巻しているOSは常に米国製だし、国際的な市場競争がすぐに開発システムに影響してくる。こんな世界に生きている職業人が何でアプリケーションデザインとなると自分の意見を持てないんだろうか。図書館の担当に対しては、その発言を控える人も多い。そもそもアプリケーション開発というものを考え違いしているんじゃないのって言いたくなることが多い。

業務担当者と基本的な仕様を論議してこそ、意味があると思う。ただ、彼らに図書館という仕事を説明できる機会は少ない。彼らに日本の今の図書館だけでなく、図書館の世界的な流れを紹介できる場所を作りたいと思っていた。これによって図書館システムについてコラボレーションできる環境を整備していきたい。

・標準化と企画
図書システムの標準仕様についての見解を尋ねられた国立国会図書館の担当の方が「私たちは企画委員会(JIS)ではないので、回答できない」と答弁したという本当か嘘か分からない話がある。違う話として、いろいろなコードのJIS企画を知らないSEがいることも事実だし、そういうSEが設計したシステムも多いだろう。

この変化の激しい時代において、上からの標準化ではなく、現場での高度な知識とそれを背景にした標準化思考を求められている。現在のNII主催のシステム化では、世界のスピードについていけないという危機感さえも感じている。

例えば、NIIのグローバルILLシステムの開発には少なくとも2年は掛かっているが、OCLC PASSPORTの全てのサービスを受けることが出来ない。必要であれば、2年前にすぐにもOCLCのサービスを受けることも可能だった。日本の大学が米国の大学と真剣に戦おうとしたら、この2年間は短いのだろうか?

・海外パッケージの導入
毎年、開催される図書館フェアでは外国からの図書館システムの出展が見られる。丸善の校倉というシステムはオーストラリアのパッケージの日本語化バージョンである。このパッケージはUnicodeで実装されているため、アメリカ・オーストラリア・中国・ヨーロッパでも実績があるらしい。このような、外国システムを日本の地域性だけで排除することは利用者として損なことではないか。また、この洗練されたシステムと近い将来競合する日本のメーカは戦っていけるのだろうか。日本の図書館が、研究・教育として国際競争を戦わなければならないであろう近い将来までに何を準備していったらいいんだろうか。情報産業に携わるものが、国際的に展開されている情報戦争にこれほどまでに無関心でいられるとはどういうことなんだろうか。

・企画に正面から向き合うこと
ちょうど3年程前に、Webの画面をプログラムで解析することによって横断検索をしようという試みがあった。この仕組みは山手線コンソーシアムのOPACでも利用することができる。これで横断検索はできるからZ39.50のような複雑なシステムは不要であるという意見もあった。確かにZ39.50プロトコルは古いが、その時代にデータベースレベルのネットワーク透過のアクセスプロトコルの基準を作って実装していったことの意味を理解しようとしていない。データベース透過の検索システムの標準化の論議をするということは、データベース構造やインデックス構造まで標準化しようという試みである。Web画面のプログラム解析で話を終わらせてしまうことは、データベースアクセスレベルの標準化という大きな課題からの逃亡であると思う。

4.研究会の目標と経過 研究会の目的は、システムの業務レベルの標準仕様を決めていくということである。ただ、共通仕様といっても、実際のシステムへ適用されて、その効果が認められなければ意味がない。また、全く新しい規格を作るには、組織的にも土台がない。システム標準化でもっとも緊急なことは、システム外部インターフェースの標準、特に書誌データベースの検索のための標準は緊急で重要な課題である。そのために、Z39.50の標準化を中心的課題に選択した。

これまでの研究会の詳細と経過については、第4回で早稲田の金子さんが発表されているものがあるので、研究会ホームページより参照していただきたい。

研究会ホームページ

5.第5回研究会の予定と今後 第5回でZ39.50 Targetの標準としての推奨プロファイルを確認し、国際的な関係機関へ報告するという活動は最終回を迎える。これからは、このプロファイルの広報とZ39.50の実装及び、このプロトコルで実装された日本の代表的データベースを公開していく活動が必要になる。今回の議論の基本となっているZ39.50プロトコルはV2.0という1998年に標準化されたものを基本としている。インターネット環境の進化に伴ってZ39.50プロトコルそのものも変化している。この変化にもついていく必要がある。

XML,XPATH、OPEN URLも同様の流れを持つシステムと言える。この勉強を共通しておこなっていく場も必要だと思う。これ以降、研究会をどのように運用するかについては、これから議論を始める。

研究会は、とにかく予算がなく、みんなに手弁当で協力してもらった。講演者へのお礼も十分に出せていない。 協力していただいた皆様に感謝するとともに数々の無礼をここに謝罪したい。