はじめに
当解題作成は,2000年度から2002年度までの3年間,慶應義塾学事振興資金による助成を受けた経済学部矢野久教授の研究プロジェクトに,村田・古賀が共同研究者として参加して行った。慶應義塾図書館(三田メディアセンター,以下,三田MC)が所蔵する経済・社会・歴史分野のドイツ雑誌を対象として作成された専門書誌解題である。
プロジェクトの目的
慶應義塾図書館はドイツ語雑誌を多数所蔵しているが,まとまった解題が日本にもドイツにも存在せず,利用者も,雑誌の提供者である図書館員も,雑誌の特徴や性格などの基礎的な知識を持っていないのが現状である。そこで,当プロジェクトでは雑誌の書誌事項を調査し,内容を分析し,解題を作成することで,所蔵する雑誌について知識の体系化を図り,図書館員にとって業務上の補助ツールを,利用者にとって研究上の手がかりを提供することを目指した。
対象タイトル
3年度にわたり,90分/週の就業時間内での作業がオーソライズされた。90分は主に矢野教授・村田・古賀のミーティング(研究会)に充てていた。
まず,解題作成の対象タイトルを確定するため,所蔵雑誌の調査を行った。主に1945年以前に創刊された雑誌を対象としたため,山中資料センター,三田MC地下5階書庫での現物確認が必要だった。調査は簡単ではなかったが,実物を手にすることで,リスト上やOPACでは見つけにくいもの,関連・隣接分野のタイトルを見ることができたし,多数の雑誌を所蔵していることを再確認できた。
次に,各タイトルについてなるべく詳しく書誌事項・変遷を確定してリスト化した上で分類を行い,歴史・社会関係を村田,経済・労働・金融・政治関係を古賀と担当分野を決めた。タイトルチェンジを含め,対象とした雑誌は243タイトルにのぼった。
解題作成の手順
雑誌公刊の目的・意図,中心人物・団体,対象とする学問領域・内容を明らかにするために,巻頭言と目次を翻訳・分析し,必要事項の調査を行うという手法を基本とした。
2人ともドイツ語の素養がなかったので,まずは正確に訳し理解できるようになるために,全文を逐語訳する予習を行い,研究会で矢野教授に1文ずつチェックしていただいた。何週にもわたって訳し終えてから解題を書くので,初めの2年間で書きあげた解題は40タイトルにしかならなかった。
それでも徐々に早く正確に訳せるようになってきたため,最終年度は研究会での逐語訳のチェックを省略した。予習段階で各自が解題作成までを行い,それを矢野教授がチェックすることで毎週解題ができあがっていく方法に変更し,解題を増やすことに努めた。この方法は,読むべきドイツ語の量が膨らむ苦しい選択ではあったが,コンテンツを増やす効果は非常に大きかった。
度重なるタイトルチェンジを経験した雑誌については全タイトルに対して解題は作成しなかったが,少なくとも1つ以上のタイトルに解題を付し雑誌の特徴を説明した上で,誌名変遷図を作成し,全体を明らかにすることに努めた。最終的には対象とした243タイトルすべてについてなんらかの詳細情報を付与することができた。
解題データベースの作成
3年間のプロジェクトの成果物としてデータベース(以下,DB)「慶應義塾図書館所蔵ドイツ語雑誌(経済・社会・歴史)解題」を作成し,2003年6月に三田MCのホームページに搭載した。
(http://www.mita.lib.keio.ac.jp/deutsch/)
DBの内容については「はじめに」「凡例」をご参照いただくこととし,詳しい説明はこの場では割愛する。
プロジェクトの報告:三田MC研修会
プロジェクト終了の報告として,2003年7月に三田MC研修会で矢野教授に「専門雑誌解題はなぜ必要か?:オリジナルな研究と大学図書館の役割」という演題でご講演いただいた。
研究者自らが一次資料である雑誌そのものを見ることによって,引用文献を辿る作業だけでは困難な,“先行研究の水準を越える可能性”が説明された。たしかに書誌索引DBなどが登場し,検索は便利になったが,一定の年代や主題,雑誌のタイプによっては収録対象とならないケースもある。また全体としてどのようなものであるかを把握することが“オリジナルな”研究を創り出すことに大きな意味があることが述べられ,プロジェクトの目的と意義を再認識できたように思う。
また,様々なタイプの雑誌が存在すること,社会・政治情勢が研究活動や思想に与える影響について,具体的なタイトルを例に説明されたのは興味深く,DBを見る上で,新たな指針になったのではないかと思われた。
今後の予定
DBの大幅な更新は行わないが,修正すべきデータについては作業する予定である。一覧が可能なタイトル数であるため,アルファベット順にリスト化するにとどめ,検索機能はつけていない。また,分野別の目次等も用意していない。
今後,冊子化することも考えているが,その折には,人名・団体名索引や,分野ごとにタイトルを把握し一覧できる手段を付加したいと思っている。皆様のご意見・ご感想を参考にしたいと考えているので,是非アドバイスをいただきたい。
プロジェクトを終えて
ひとまず,アウトプットを出すことができてホッとした。作業は決して順調に進んだわけではなく,自分の語学力のなさに落ち込む局面もしばしばあったが,充実した時間を過ごすことができたと思う。
3年前,ドイツ語の辞書を買うところから始まった研究会はこのような解題が完成するとは予想もできない状況だった。原文のコピーと辞書一冊で学術雑誌の複雑な文章を訳すなんて…驚きと共に始まり,最初はただひたすら時間をかけ,取組んでいる目の前の雑誌を訳すことしかできなかった。
解題が増えていくにしたがって,雑誌どうしのつながりが見えたり,歴史や社会情勢の影響を反映し,様々な意志の下に創刊される雑誌は,同じ主題分野であっても,それぞれに特徴を持つこと,その性格を知ることの意味を実感するようになった。研究支援を課題にしつつも,実際に一次資料を見る機会は少なく,日常業務では“検索する”ことに終始しがちであることを改めて反省する想いだった。どのように選書され,研究が行われるかという一つのスタイルや,研究者の視点を垣間見る機会をいただくことができたように思う。この解題が少しでも研究や業務に役立つことを願っている。
残念ながらドイツ語ができるようになったのではなく,“辞書を引きまくって訳す”ことに立ち向かえるようになった,という表現が正確である。 また,雑誌についての体系的な知識を習得するには遠く及ばないが,勉強するきっかけをいただいたことを認識し,今後も努力したい。
このような共同プロジェクトを企画し,学期中のご多忙な中も,長期休暇中も週一回は三田にいらして,語学力も専門知識もない私たちを3年間にわたり,粘り強く熱心に指導してくださった矢野教授には大変感謝している。途中でへこたれずに続けてこられたのも,このような完成を見ることができたのも,教授のお陰であると実感している。
末筆ながら,プロジェクトに参加する体制を作ってくださった三田MCの方々,データ修正や抽出作業等をしてくださったMC本部の方々,再三の資料の取寄せや問合せに応じてくださった山中資料センターの方々等,プロジェクトを通してお世話になった方々に謝辞を述べたい。
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