はじめに
日吉メディアセンター(以下,日吉MC)は,利用者の大半が学部の1〜2年生であり,その半数が毎年新入生として入れ替るという大きな特徴を持った図書館である。そのため,従来から利用者教育に積極的に関わってきた。1996年には情報リテラシーの浸透を組織目標として掲げ,1997年度以降徐々に規模を拡大し,今年度(2003年度)には当初目指していたことをほぼ達成することができた。本稿では現在の実施状況を報告するとともに,1997年から2002年までの活動をまとめることにより,新たな取組みへの橋渡しとしたい。
1. 2002年度の実施概要
まず現在の実施状況として,日吉MCが2002年度に実施した情報リテラシープログラムの概要を表1にまとめた。
新入生に対するプログラムは,主として「情報リテラシーガイダンス」「OPAC利用説明会」「情報リテラシー入門(授業)」の3種類から構成されている。この他に,英語や総合教育セミナーなどの科目の担当教員から依頼を受けて行なう「情報リテラシーセミナー」があるが,メディアセンター(以下,MC)が主体的に開催するものではないこと,実施規模の点からここでは省略した。
2. 1997年〜2002年の情報リテラシープログラム
情報リテラシープログラムが大規模化したのは,1996年に日吉MCが策定した中・長期ビジョンに端を発する。中・長期ビジョンでは,情報リテラシーを全学生に浸透させること,およびレベル毎に段階的に取組んでいくことを,組織目標として位置づけた。これを機に「情報リテラシー委員会」を発足させ,テクニカルサービス部門も含めた全館体制の業務に拡大した。1996年から1998年までの経緯については,平尾他が「大学図書館研究」において詳しく紹介している。(注1)
日吉MCが実施した新入生を対象とする情報リテラシープログラムの実施回数と参加者数の推移を表2にまとめた。1997年から大規模化したこと,その後も段階的に拡大してきたことが示されている。
2-1. ガイダンス
6学部の新入生を毎年迎える日吉キャンパスにとって,ガイダンス期間は極めて大事な1週間であり,さまざまなオリエンテーションが目白押しとなる。日吉情報センター(当時)では,1980年代半ばから自主企画のオリエンテーションを実施してきた。1990年代中頃からは日吉インフォメーションテクノロジーセンター(以下,日吉ITC)と共催で大教室を借りて行ない,30分ずつ交替で説明するという構成であった。任意参加のため,参加率は新入生の2〜3割程度であったが,1997年以降,日程選定や広報などさまざまな工夫を重ね,6割程度の参加率を維持できるようになった。さらに2002年の新入生がウェブ上で履修申告を行なうようになったことを機に,自主企画から全員必修のガイダンスに組み込まれることとなった。
その他ガイダンスに関して6年の間で特筆すべきは,1999年からビデオ上映を中心とするプレゼンテーションに切り換えた点である。『情報の海へ船出せよ』は日吉MCの機能とサービス案内を25分程度で紹介するビデオであり,日吉MCが文部省(当時)の経常費補助金特別補助「特色ある教育研究の推進」を受け,ビデオ製作会社に依頼して作ったものである。日吉キャンパスを舞台に先輩後輩の会話形式で案内する方法は,入学式後まもない学生にとっては,口頭説明よりはるかに効果的である。さらに説明者の労力を軽減し,実施回数を増やすことができた。
もうひとつの成果は,2001年より新入生全員に配布している『日吉キャンパスネットワーク活用ハンドブック』である。このハンドブックは,新入生が日吉キャンパスのネットワーク環境においてできることをまとめたローカルガイドである。
執筆に際しては,日吉ITCと日吉MC,これに日吉学事センターを加えてワーキンググループを形成し,所属部署を越えて新入生の立場に立ち,キャンパスで何ができるかを伝えることを主眼に,ガイダンスを補完する資料の作成を目指した。
2-2. OPAC利用説明会
OPAC利用説明会が実習形式に移行したのは1998年であり,その年は図書館内で利用できる端末数に制約があったため,参加率がいったん大きく減少した。その後,パソコン利用環境が年々整備され,その変化に応じて実施場所を変更するなど,毎年試行錯誤を繰り返してきた。1999年からは,ITCから新入生全員に配布されるアカウントを使い,初回利用時に必要となるパスワード変更をしてからOPACにアクセスするという,キャンパスネットワークの基本的使い方の説明が不可欠になった。そのためITCとの連携が進み2001〜2002年は第4校舎のパソコン教室においてITCと共催実施を試みた。
この説明会は実習形式であるため,説明要員と場所の確保に骨を折る。今年度の参加者は,703名であり,2001年をピークに減少し始めている。その理由として,受講者のコンピュータリテラシーは毎年向上していること,ウェブページへのアクセス方法,検索の概念などを説明する必要のない学生が増えてきたことなどが挙げられる。これらの状況から,4月のガイダンス期間に同じ内容で一斉に実施するだけでなく,時期と内容を多様化させることを検討し,今年度は少人数を対象にした5月以降の実施を試みている。
2-3. 「情報リテラシー入門」授業
授業に参画する「情報リテラシー入門」は,日吉MCがもっとも力を注いできたプログラムである。目指してきたことのひとつは,カリキュラムと連携した形で全学部を対象に実施すること,そしてもうひとつは,講義内容の標準化である。
日吉MCは,1996年に全学部に対し,90分の授業参画の申入れをした。翌1997年に実施に至ったのは1学部(理工学部)のみであったが,その実績を足がかりに他学部との交渉を続け,徐々に対象学部を拡大した。(表3)
今年度,文学部において選択科目『基礎情報処理』と連携をとりつつ実施したことにより,当初の目的は達成されたと考えている。ただし,文学部においては時間外の実施であるという点や,選択科目の枠を使っている学部では履修者数が不安定になることがあるといった,いくつかの課題は残されている。また医学部に対して実施していないのは,カリキュラムが過密で日吉在籍中にガイダンス以外の時間を確保することは困難なためである。
表3に示されているように「情報リテラシー入門」を実施する学部と科目はそれぞれ異なるが,いずれも1コマ(90分を1回)の講義形式の授業であるという点は共通である。内容は,学部の主題特性にあわせてひとつのテーマを設定し,それに沿って情報を体系的に捉えていくという方法をとった。概ね以下の項目で話を進めている。
1. 動機づけ―大学生にとって情報リテラシーが必須の能力であること
2. 事典類の活用―テーマの概略をつかむ
3. 文献探索(図書・雑誌記事・新聞記事)
4. その他の情報源(統計・白書・判例・法令・テクニカルレポートなど学部によって取り上げるものは異なる)
5. ウェブ上に公開された情報源
6. 書誌的事項の記述(引用・注・著作権)
7. 実習レポートの説明
90分という限られた時間の中に何を盛込むか,毎年数名の担当者で議論を繰り返し,この部分にもっとも時間を要している。授業として位置づけられていることを真摯に受け止め,データベースの利用指導にとどまることなく概念を論じることができるよう努めている。
2002年に慶應義塾大学出版会から刊行された『情報リテラシー入門』(注2)は毎年の準備作業の成果ともいえる出版物である。日吉在籍中に知っておいてほしいと思いながらも90分の授業では話しきれず準備の段階で削っていた内容を盛り込むことができた。また,新たに授業を担当するスタッフにとっての指南役ともなり,講義内容の標準化に役立っている。
3. 評価と今後の展望
情報リテラシープログラムへの新入生全員参加は,6年間もっとも重要視し続けてきた目標である。まず,2002年にガイダンスが全員参加のガイダンスに位置づけられたことで,ひとつのゴールにたどり着いたという思いがした。講義「情報リテラシー入門」は参加率約60%であるが,科目の履修者数に左右されるところがあることから,医学部を除くすべての学部において実施されるようになったことにより,これもゴールに達したと考えてよいだろう。「OPAC利用説明会」の参加率約20%は,ガイダンス期間に行なう実習の参加率としては納得できる数字だ。
プログラムを段階的に実施するという目標は,3つの柱となるプログラムの目的,内容,実施形態が定着したことによって達成したということができるだろう。今後,3つのプログラムはこのまま維持しながら,他の多彩なプログラムを追加していくことが望ましい,という方向も見えてきた。また,ひとつひとつのプログラムの内容は,ビデオ『情報の海へ船出せよ』,『日吉キャンパスネットワーク活用ハンドブック』(慶應義塾大学(日吉),2001─。毎年4月改訂版刊行),『情報リテラシー入門』(慶應義塾大学出版会,2002)の存在でより明確になった。
以上のように当初設定した目標が達成され,順調に軌道に乗ったため,日吉MCでは新たな目標を設定し,2003年度より一部すでに実施し始めている。
ひとつは,プログラムの多様化である。まず,3つのプログラムすべてには参加していない学生に対して,別の時期に異なる形態のプログラムを用意することで広い意味での参加率を上げようという方策である。具体的には,ガイダンスでは館内ツアーの実施,「OPAC利用説明会」では5月以降の実施,授業ではカリキュラム外の「情報リテラシーセミナー」の実施などが挙げられる。
もうひとつは,今後の取組みとしてウェブページの有効活用に特に力を注いでいく必要性を感じている。クイズ形式で文献探索の基本を学ぶウェブチュートリアル,レファレンスツールを主題別に選んでまとめたパスファインダー,ウェブページ上でのガイダンスビデオの配信などのアイディアがすでに検討され始めている。それらのメニューを日吉MCホームページの「情報リテラシー入門」のページに載せて発信したい。
おわりに
本稿は,2003年3月19日の「日吉メディアセンター研修会」において,日吉MCスタッフを対象に行なった同タイトルのプレゼンテーションを文章にまとめなおしたものである。実施報告は2002年度までを対象としたが,説明上必要な部分は,一部2003年度の内容にも触れた。
評価について,ここでは自ら設定した目標が達成できたかという観点からのみ記したが,受講した学生の満足度,理解度という視点からの評価にも関心を払うべきであると感じている。またACRL(Association of College and Research Libraries)や日本図書館協会などが提示するガイドライン(注3,4)と照らして評価することも必要であろう。最近,カリキュラムと連携した情報リテラシー教育の取組みを始めた大学図書館が増えつつあるが,十館十色それぞれ方法は異なる。私たちも慶應義塾の使命,カリキュラム,MCの持つ資源,学生の能力等々を見極めながら,日吉キャンパスの学生にとって最適なプログラムを常に模索し続けることが肝要と思われる。
注
1)平尾行蔵他.“大規模大学の1〜2年生に対する情報リテラシー教育とメディアセンター”.大学図書館研究.No.54,1998,p.32〜42
2)慶應義塾大学日吉メディアセンター編.情報リテラシー入門.東京,慶應義塾大学出版会,2002,(8),119p.
3)Association of College and Research Libraries.“Information Literacy Competency Standards for Higher Education”.(オンライン),(http://www.ala.org/Content/NavigationMenu/ACRL/ Standards_and_Guidelines/Information_Literacy_ Competency_Standards_
for_Higher_Education.htm),(参照2003-09-30).
4)日本図書館協会図書館利用教育委員会編.図書館利用教育ガイドライン:大学図書館版.日本図書館協会,1998,19p.
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