今,日本の大学は岐路に立っている。国立大学法人法が成立し,国立大学は2004年からの準備に入っている。教職員の身分は,国家公務員から非公務員(みなし公務員)になり,人事権はすべて文科相から学長に移行する。給与も大学によって異なり,授業料(最高57万円)も各大学が決定する。国立の法科大学院授業料の最高額は,86万円程度となりそうである。予算・会計は6年ごとの評価に基づき運営交付金として支給される。その運用には競争の原理が働いている。東大学長は,法人化には冷静な現実主義で望むために,教職員の意識改革を求めて異例の学長信任投票を試みようとした。そのくらい,今,国立大学は緊張感を持っている。一方,私立大学は2002年段階で全体の30%が定員割れを起こしている。2002年時点で,4年制大学が686校,短大が541校,合計で1227校であり,18歳人口は2003年現在で146万人,2009年には121万人に減少すると予想されている。所謂「大学全入時代」の到来となり,大学の統廃合等,大学経営そのものが危機に直面する。私立大学の中には,日本大学(AA),法政大学(AA−),早稲田大学(AA+)のように「格付投資情報センター」に依頼し,企業体との比較および財政的な健全経営を確認する大学がある。このことは増加傾向にあるようだが,その目的は債権を発行するためというよりは,健全経営の保証をもらうことで,学生集めのイメージアップを狙っているようでもある。
一方,前述した経営的側面と同様,大学の持つ機能の見直しも必要な時期に来ていると思われる。それは,Center of Excellence(COE=トップ30)に見られるように,研究機能を有した大学への補助金が付くことで,大学の方向性として研究面を充実する大学と教育面を充実する大学との明確な役割分担も必要になってきている。また同時に,法科大学院を皮切りに各種専門大学院が立ち上がり,熟練した社会人の輩出が大学の事業に取り込まれてきている。日本においても,米国の大学のように,学生の平均年齢が30歳を越すのもそう先のことではなさそうである。
大学がこのように大きな変化を見せる中で,大学の心臓といわれる図書館はその目標をどこに置くのか。研究中心であれば研究支援に,教育中心であれば教育支援にそのサービスを展開していくことになろう。しかし世の中には,中庸というものがある。慶應義塾大学メディアセンター(以下,MC)は,研究支援を視野に入れながら,教育支援も果たす役割を持っている。そのことは,各地区MCのコンセプトに基づきその特性を生かしながら運営することがサービスの発展につながることになる。
三田MCは,「更なる教育支援」と「新たな研究支援」のコンセプトのもと,幾つかの研修計画を立て教育・研究支援に充分に耐え得る図書館員の養成・育成をしてきている。それらは,次の5つに大別できる。「プロフェッショナリズムの萌芽」「アーキビストの養成」「書誌学にアプローチできる図書館員の養成」「主題専門家の養成」「デジタルライブラリアンの養成」である。
「プロフェッショナリズムの萌芽」のひとつの方法として国際交流がある。筆者が考える大学図書館の国際化の目的として,専門職性の確立がある。米国の図書館でプロフェッショナルライブラリアンと一緒に業務を遂行することで,専門職としての意識,実力そして自分の今後の図書館員としての方向性を見つめなおす機会を得ることができる。その意味で,短中期の海外研修あるいは派遣を積極的に行い数々の実績を残してきた。
UCSD(University of California San Diego)との交換プログラムは,1999年5月11日に締結され,MCから半年ずつ5人を送り込み,一定の成果が出てきている。UCSDとの交換協定は,協定を破棄していないので継続はしているが,派遣の成果と同時にマンネリ化という問題点も生じてきたと考えられる。留学あるいは国外での研修は,衣食住すべてがその研修の一環になるが,派遣人数が増えれば増えるほど,経験者からの情報が多くなり,いい意味での研修の緊張感が多少薄らいでしまう。もうひとつは,「交換」協定にもかかわらず,UCSDからは1名の派遣実績しかなかったことである。このことには,幾つかの要因があるので,詳細についてはここでは控えることにするが,米国のプロフェッショナルライブライアンを受け入れることは,図書館員育成において大いに影響(メリット)があると考えている。
前述のことから新たな交換協定校を模索し始めていたが,その時期に研究図書館連合Research Libraries Group, Inc.(以下,RLG)への加盟という構想が浮上してきた。もともと慶應義塾の各部門・部署が所蔵しているアーカイブスや図書館の貴重書,各研究所の一次史料等を保存のためにデジタル化すると同時に,その成果物を発信することで,広い意味での社会貢献を果たす仕組みを作りたいと考えていたからである。デジタル化のための工房を三田MC内に組織し,前述した資料類をデジタル化する。それと同時に目録としてのメタデータを発信するという考えである。同時にはそれは,HUMI(HUmanities Media Interface)あるいはDRM(Digital Research Museum)に代表される資料保存のための塾内デジタル化事業の拡大化と集中化も意味する。この実現に向けて,再三しかるべきところに申し入れを行っているが,実現にいたるまでには幾つかの壁を越えなければならないであろう。
2002年2月にRLGおよびトロント大学に出張する機会を得て,RLG(カリフォルニア州マウンテンビュー)では,三田MCが抱えている問題をプレゼンテーションすることで,RLGとの事業のすり合わせを行った。トロント大学に対しては,トロント大学図書館が実施しているサービスの実地検証を行った上で交換協定の可能性を打診した。UTLAS発祥の地であるトロント大学は,デジタル図書館の機能を有し,電子化や電子媒体の購入,自然科学図書館の充実,貴重書図書館の豊富な資料に基づく教育・研究の充実等,交換協定を結ぶ大学図書館としては理想的なところであった。
筆者は,私立大学図書館協会の国際図書館協力委員会の委員長を6年に渡って務め,4つの事業を立ち上げることができた。それは,「資料搬送事業」「国際シンポジュームの開催」「海外集合研修」「海外派遣研修」である。「資料搬送事業」以外は,図書館員の専門職としての育成を主眼においたものである。「国際シンポジュームの開催」は海外図書館のキーパーソンを招聘し,最新情報や実態・状況を加盟館の図書館員に伝えることを目的とした。「海外集合研修」は,実際に現地に赴き,研修・実習してくることを目的とした。「海外派遣研修」は,イリノイ大学にあるモーテンソンセンター(全世界から多くの図書館員を受け入れて研修を行っている機関)と私立大学図書館協会が協定を結び,協会の派遣枠を1名分確保し,研修費,旅費,宿泊費をすべて協会で負担するものである。これらの事業への派遣は,海外研修等を様々な制約の中で独自に実施できない私立大学の図書館員を優先的に送り込むことを目的としている。ここでこのことを紹介したのは,慶應義塾大学MCに皆さんが所属していることの意味あるいは利点を再度確認して欲しいからである。
2003年8月1日に,トロントに三田MCから1名を派遣した。研修期間等その内容は交換協定に基づくものであるが,今回の派遣は,あくまで三田MCの研修計画の一環として送り込んだ。予想もしなかったSARSの問題,追い討ちをかけるように発生したニューヨークを中心にした停電騒ぎにもめげずに,研修が開始されたようである。成果を持っての帰国を期待している。
参考文献
1)激化する学生争奪戦 読売新聞 2003年8月7日朝刊
2)東大学長, 異例の信任投票 読売新聞 2003年7月16日朝刊
3)早大の格付け「ダブルAプラス」 読売新聞 2003年7月16日朝刊
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