はじめに
2002年8月17日から11月2日まで,人事部中期国外研修で,イギリス,アメリカ,カナダの図書館を訪問する機会を得た。訪問に際しては「ネットワーク時代における図書館サービス:遠隔学習をサポートする図書館サービスからの検討」というテーマを設け,遠隔学習者(Distance Learner)にサービスを行っている大学図書館を中心に訪問した(訪問先一覧は別表の通り)。「遠隔学習」と銘打ってはいるものの,あくまで主眼はネットワークを使った今後の図書館サービスのあり方の模索にあった。この研修の成果については,すでに何度か報告しているため(注1,2),ここでは自分にとって特に印象深かったIFLA Glasgow, CERLIM(Centre for Research in Library and Information Management),CMU(Central Michigan University)の3つについてとりあげることにしたい。
1 IFLA Glasgow
2002年のIFLA大会はイギリスのグラスゴーで,8月18日から24日にかけて開催された。IFLAへの参加は,世界の図書館事情を把握するだけでなく,英語に慣れる期間を作るという意味でもよい機会となることから,これを研修の出発点とすることにした。
今回の大会が開催されたグラスゴーは,スコットランド最大の都市であり,工業都市としても,アールヌーボーの旗手チャールズ・レニー・マッキントッシュを輩出したことでも有名である。実はこのグラスゴーが,初めて訪れるイギリスの街となった。グラスゴーは近代的な建物とスコットランド風の古い建物が交じり合っており,落ちついた雰囲気が感じられた。
IFLAでは,“Social Science Libraries”,“Asian and Oceania”,“Document Delivery and Interlending”など様々なプログラムに参加した。一つのプログラムはおよそ2時間前後で,4件ほどの発表が行われるスタイルが一般的であった。発表では様々な国の事情が取り上げられるため,普段英米の情報ばかり見ている自分には,なかなか接することのない国の情報も多く,どれも新鮮であった。
22日には“How to start a Virtual Reference Service in your Library”という終日のワークショップに参加した。研修のテーマにも通じ,個人的にも非常に興味があったからである。ワークショップは世話人であるAnne G. Lipow女史の「とにかくできるところからバーチャルレファレンスを始めましょう!」という熱意にあふれたものであった。中でも,有料のインターネット検索サービスと図書館のバーチャルレファレンスを,その場で実演しながら比較したものは,いささか出来すぎではあったが非常に面白いものであった(結果はもちろんバーチャルレファレンスの方に軍配があがっていた)。
期間中は展示会や懇親会など,発表以外にも様々なプログラムが用意されていた。こうした場所では参加者どうしで挨拶をする光景がよく見られ,かくいう自分もフランスやノルウェイ,イタリア,バングラデシュ,シンガポール,ポルトガルなど様々な国の図書館員や図書館学研究者の人と話をすることができた。普段は接することなどとても考えられない,こうした国々の人々と知り合えたこともIFLAに参加して得られた大きな意義の一つであった。
2 CERLIM
CERLIMはイギリス・マンチェスターにあり,Manchester Metropolitan University(MMU)に属する図書館研究所である。ここに9月9日から20日まで2週間滞在した。訪問先にCERLIMを選んだ理由は,遠隔学習者向けの図書館サービスについて研究したBIBDELというプロジェクトがあったことと,大学時代の恩師である松村多美子氏(現椙山女学園大学教授)の推薦があったためである。また2ヵ月半という長い研修期間の中で,少し腰を落ち着けて計画を練り直したり,より深い調査を現地で行うための場所が欲しいとも考えていた。
CERLIMの滞在に際しては,所長であるPeter Brophy氏とメールで何度かやりとりを行った。残念ながらBIBDELはすでに終了したプロジェクトであり,関係者も既にいなかったため,最終的には自分のテーマに基づいてマンチェスター地域の大学図書館を訪問するための拠点としてCERLIMに席を置かせてもらうことになった。
Brophy氏は私のために便宜を図ってくださり,CERLIMに到着した時には訪問スケジュールが完全にできあがっていた。自分では考えもつかなかったような訪問先も含まれており,そのおかげでMMUで教員向けに行われたe-learning & Distance Leaning研修に参加するなど,貴重な経験の機会を得た。滞在期間中にはBrophy氏と自分のテーマについて話し合う時間を持ったほか,滞在最終日には,それまでの調査で得た結果について,スタッフミーティングで軽い昼食を取りながら発表する機会を与えられた。今思い返すと冷や汗ものの拙い発表ではあったが,日本の状況を交えて意見交換ができたこともいい経験となった。
マンチェスターは産業革命発祥の地として有名だが,実は世界初のコンピュータを産み出したのも,ここなのだそうである(注3)。町の中心には近代的な建物が多く,あまりイギリスらしさを感じられないのだが,むしろ東京などに雰囲気が近く,親近感を感じる街であった。
3 Central Michigan University(CMU)
研修先の選定は「Library Services for Open and Distance Learning」という書誌(注4)を基に,論文件数の多い大学図書館を中心に行ったのだが,アメリカの事例として目を引いたのが,このCMUであった。CMUは1982年からOff-Campus Library Services Conferenceを主催しており,アメリカ国内における遠隔教育サービスの中心的存在となっている。
ここではOff-Campus Library Servicesの暫定ディレクターであるDaniel P. Gall氏に,プライベートを含めてお世話になった。訪問予定は月曜だったのだが,その前日の日曜にDan夫妻にドライブに誘っていただいた。CMUのあるMt. Pleasantはデトロイトから北西へ車で3時間ほどの場所にある田舎町で,自然の豊かな所である。ちょうどハロウィン前だったため,カボチャの買い物に付き合って田舎の農場を訪れたことがいい思い出となっている。
CMUの訪問で印象的だったのは,バーチャルレファレンスシステムを,一対一のレファレンスサービスだけでなく,多対一のライブラリーセミナーにも使おうと考えていたことである。訪問時には実演を見ることができなかったが,帰国後に「セミナーをするけど参加しないか?」というお誘いをいただいた。すぐに返事を出し,臨時のIDをもらって参加することにした。このセミナーはDistance Learning Courseの大学院向けの授業の一コマとして行われたもので,約20名が参加していた。セミナーは“チャット”形式で,Danが図書館サービスやデータベースについて説明するというものだった。参加者はいつでも割り込んで質問をすることができるため,用意していた内容とは違う方向に話が進むことが頻繁に起こるのだが,それが逆に学生の興味のある内容について説明できるという効果を生んでいた。参加前には,文字だけで行われるセミナーは退屈ではないかという不安があったが,丁々発止で行われるセミナーは密度が濃く,約1時間のセミナーは,あっという間であった。
最後に
今回の研修では表に上げたとおり数多くの図書館を訪問した。それぞれに個性もあり,実り多い研修となった。その全てを紹介できないのが残念だが,今後のメディアセンターのサービスにうまく役立てていくことができればと思っている。訪問先ではどこでも暖かく迎えていただき,本当に感謝している。また不在の間,現場を支えてくださったスタッフにもこの場を借りて御礼を申し上げたい。
注
1)木下和彦.“ネットワーク時代における図書館サービス―遠隔学習をサポートする図書館サービスからの検討”2003年1月17日 メディアセンター内部における発表会
2)木下和彦.“ネットワーク時代における図書館サービス―遠隔学習をサポートする図書館サービスからの検討”塾監局紀要 No.30(2003)
3)1948年にマンチェスター大学でBabyというコンピュータがプログラムの実行に成功した。(典拠:http://www.computer50.org/)
4)Library Services for Open and Distance Learning: The Third Annotated Bibliography/Alexander L. Slade, Marie A. Kascus; Libraries Unlimited, c2000
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