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MediaNet≫No.11 2004≫メディアセンターの空間と時間
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ナンバー11、2004年 目次へリンク 2004年10月1日発行
巻頭言
メディアセンターの空間と時間
大江 守之(おおえ もりゆき)
湘南藤沢メディアセンター所長
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 図書館によく行くようになったのは高校時代からだろうか。私が通っていた都立西高は図書館が充実していて,司書の方も親切だった。2年生の時,友人たちと三木清の「パスカルにおける人間の研究」を一緒に読み,それがきっかけで図書館の三木清全集が置いてある書架の辺りが親密な場所になった。記憶が定かではないが,その延長で図書委員を引き受け,1学期間ほど図書の整理を手伝いながら,どのような蔵書があるかを把握していったように思う。夕方,閉館時間が過ぎて誰もいなくなった閲覧室に,多くの本に囲まれて一人残る僅かな時間は温かな記憶の中にある。
 大学は東大に進んだが,2年までを過ごした駒場キャンパスの図書館の記憶はあまりない。キャンパス自体にいる時間が少なかったのだろう。3年になって本郷に移り,理学部の地理学教室に所属するようになると,その小さな,しかし充実した図書室は生活の一部になっていった。地理学教室の他に地質学鉱物学教室や生物学科が入る理学部2号館の古い建物の中はいつも暗くひんやりとしており,図書室を流れる時間もゆっくりとしていた。そこにある本を手に取るたびに,少しずつ自分の世界が広がっていく感覚があった。総合図書館はあまり利用しなかったが,目指す本や論文を探すようになると,経済学部の図書館に行き着く場合があり,明るく機能的で整理が行き届いたそこを時々訪れた。
 その後,工学部の都市工学科で学んだが,学科の図書室は地理学教室の図書室の何倍もの広さがあったにもかかわらず整理が悪く,魅力的な場所ではなかった。一方,指導を受けた教授の部屋の書架には新たな興味を掻き立てる書物が並んでいた。主は不在であることが多かったが,部屋を管理している技官の人に許可を得て,手に取ることができた。
 私自身のささやかな図書館(室)経験を振り返ると,自分の中の関心の方向性が定まってきたとき,魅力的な書架が現れ,その関心を広げ,深めてくれたように思う。それはまた新しい友人関係の形成と多様な会話と表裏のものであった。
 こうして自分が育っていく知的土壌がつくられ,具体的な研究テーマが決まると,関連文献リストをつくり,所在を検索し,借り出したりコピーをとったりという作業に入るが,近年はそのための環境が本当に充実してきた。検索だけでなく,電子媒体で文献を読むことができ,必要なデータも簡単にダウンロードできるようになった。電子的情報環境の整備に向けて先頭を走ることを使命としてきた湘南藤沢メディアセンターは,今後も多くの資源を投入して,この環境の一層の充実をめざすことになろう。究極の姿は,メディアセンター全体が電子的環境の中にすっぽり収まってしまうことなのかもしれない。
 一方で,そうした方向に向かうメディアセンターの空間をいかに魅力的なものにするかという課題に取り組む必要を感じている。おそらくそれは,背後の見えない電子的情報環境を想起させるような仕様にすることではなく,具体的な空間の中でしか経験しえない時間の記憶,手触りや匂い,光や音,それらの環境を支えてくれている人たちの思いなどが,豊かによみがえるような親密な空間づくりだと思う。
 話が少し飛ぶが,住まいと家族をめぐる議論に,家庭機能が外部化し,個人化する家族の器としての住宅には居間などいらないという前衛的建築家・山本理顕の問題提起がある。一方,穏健派建築家・渡辺武信は,「居間は目的をもたない空間」であって,家族が別々のことをしながらもそこに一緒にいて存在を感じ合うことが大切であると述べている。穏健派の私は当然渡辺を支持するのであるが,この議論が,自己を育てる経験はどのような行為とそれを可能にする空間を必要とするのかを巡るものであるとすれば,全ての機能が空間を必要としなくなったメディアセンターの空間の意義は何かという問いに対して示唆的である。
 電子的情報環境が最も充実した藤沢キャンパスでこそ,この問いに答える試みが意味を持つに違いない。
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