1. はじめに
大学の発行する研究紀要(以下,紀要)は,大学における業績評価の媒体として無視できないが,その多くは寄贈や交換という特殊な方法でしか入手できない。学術情報センター(現国立情報学研究所。以下,NII)では,紀要を電子化することによる情報発信や流通の迅速化を試みる研究が1998年に行われた。(参考文献1)
この研究では,紀要を電子化していく上で大きな問題となる電子化への意思決定やマンパワーの確保,また,事業として推進するのであればそれを支える組織が必要となることを示唆していた。これらの問題を解決に導くべく2003年4月にサービス開始となったのがNIIの研究紀要ポータルである。
本稿では,研究紀要ポータルの前身である目次速報データベース,これをベースに紀要論文の全文を公開するという機能を拡張した研究紀要ポータルについて考察を交えて紹介し,三田メディアセンターが参加してきた経緯と活動について報告する。
2. 目次速報データベースへの参加の経緯
1994年3月,紀要を中心とした書誌情報のデータベースを大学の自主的な参加によって構築するため,学術情報センターによる学術雑誌目次速報データベース(参考文献2)の試験運用が開始された。三田メディアセンターはこの試験運用に協力し,三田地区で発行される本学紀要38タイトルの登録を行うこととなった。
その当時の登録作業は,UNIXワークステーション上でemacs(テキストエディタ)によるデータ作成およびファイル転送,もしくは,UNIXワークステーションに接続されたPCのワープロでデータを作成し,UNIXワークステーションに転送,さらにそのデータを学術情報センターのワークステーションに転送するという方法であった。(参考文献3)
1995年,マイクロソフト社のWindows 95が発売され,インターネットや電子メールがパソコンで容易に利用できるようになり,この業務もUNIXワークステーションで作業することはなくなった。しかし,ワープロでデータを作成する作業も容易ではなく,現在の研究紀要ポータルのフォーム入力に比べれば大変煩雑な作業であった。
ワープロでのデータ作成は,タグ付きのフォーマットを用いて行わなければならない。作成されたデータに誤入力があれば,翌日エラーとなって電子メールで連絡があり,修正後,再送信することになる。
試験運用当時,この作業にどのような形で対応すべきかをモニターした結果が出ている。作業量としては1冊の入力に約半日を要し,入力作業に習熟してしまえば,専任スタッフでなくても可能であること,また担当者には専用のパソコンと作業場所が必要であることがあげられた。
この結果を踏まえ,当センターでは入力作業のための非常勤スタッフを投入し,積極的に登録を行っていった。1994年10月の目次速報データベース本稼動から2003年の研究紀要ポータルへの移行前までに,登録するタイトル数は40タイトルとなっていた。
3. 研究紀要ポータルへの参加
(1)研究紀要ポータルとは
NIIは,現在GeNii(参考文献4)(Global Environment for Networked Intellectual Information)の構築を進めている。これは,目録所在情報サービス,情報検索サービス,電子図書館サービス等のさまざまな情報提供サービスを統合することによって,今までウェブ上に点在していた各種の国内外の有用な学術情報資源を総合的に利用できるプラットフォームである。その機能のひとつである研究紀要ポータルは,国内の大学・研究機関等の刊行する紀要の文献情報を検索できるデータベースである(図1参照)。
目次速報データベースは,NACSIS-IRに搭載された各種データベースのひとつであり,他の分野のデータベースと横断検索できるのが特徴であるが,比較的図書館員向けに作成されているため,検索方法や結果の表示が一般利用者向けではなかった。これに比べ,研究紀要ポータルは,検索方法や書誌事項の表示がわかりやすく表示されるようになった。また,大きな機能拡張としては,NACSIS-ELS(電子図書館サービス)との連携によって,データとして登録された抄録や論文のフルテキスト情報(PDFファイル)の表示,あるいは各大学・機関の持つサーバに登録された論文フルテキスト情報のURLへのリンクが可能になったことである。
検索結果画面に表示される簡易書誌情報の右に本文というボタンが有効になっている論文については,そのフルテキストが表示できる。本文ボタンをクリックすると,NACSIS-ELSの画面が表示され,詳細な書誌情報とともにPDFファイル表示用のボタンが現れる(図2・図3参照)。
(2)事前調査
研究紀要ポータルに移行するにあたり,NIIより登録するタイトルについて以下の項目による事前調査があった。
(1)編集主体はどこか
(2)電子化を希望するか
(3)著作権処理済みか
(4)冊子体の提供は可能か
(5)バックナンバーの電子化を希望するか
これを受け,本学紀要の発行元である各学会に問い合わせを行った。ここで問題となったのが著作権処理である。学会の回答は,「著作権は著者にあり学会としては関知していない」,「著作権は学会に帰属しているが,最新号をウェブ上で公開することはできない」など様々であった。
紀要の投稿規程では,発行する学会等に著作権を帰属すると定めたものは多い。しかし,電子化公開についての著作権を明文化したものはまだ少ないだろう。電子化を進めていく上では,新たな著作権処理が必要となってくる。我が国でも著作権の一括処理をする機関が増えているが,国内で発行される雑誌は,個々に著作権処理をしなければならないものも多い。その点,唯一主体的に著作権処理ができる紀要については,発行する学会等が,論文の電子化およびコンピュータ・ネットワーク上での公開を含め著者の許諾を予め得ること,投稿規程を改定することに取り組むべきである。
三田メディアセンターでは,事前調査の回答で電子化を希望し,論文全文の公開を含めた著作権処理が済んだ8タイトルを,研究紀要ポータルへ登録することに決定した(表1参照)。
(3)登録タイトルの整理
2002年11月,研究紀要ポータル試験運用のためテスト環境でモニタリングすることとなった。研究紀要ポータルは,PDFファイルの添付という新しい機能が追加されるため,PDFファイルを作成する作業が増えることになる。この作業に今以上のスタッフ投入は困難なため,論文全文を登録する8タイトルを除いた32タイトルについて見直しすることとなった。
国立国会図書館の雑誌記事索引には,本学紀要が収録誌になっているものがいくつかあり,データ更新は隔週である。速報性の面では,発行した段階ですぐ登録される研究紀要ポータルより劣る。しかし,雑誌記事索引は,他の学術雑誌とともに検索できる非常にポピュラーな索引であり,学生の利用も多い。
書誌データ項目が十分であることも踏まえ,雑誌記事索引の収録誌になっている21タイトルは,研究紀要ポータルへの登録を中止することにした。
この見直しによって,登録する紀要を40タイトルから19タイトルに減らすことができた。
(4)研究紀要ポータルへの登録方式
研究紀要ポータルにデータを登録する方法は,ウェブ上のフォームによる新方式と,従来からのタグフォーマットデータやタブ区切りテキスト形式のデータを,電子メールやフロッピーディスクを使ってNIIに送付する旧方式がある。
ウェブ上のフォームは,1論文の書誌情報を項目名ごとのボックスに入力し登録する(図4参照)。この方法は,タグを気にせず登録でき便利であるが,既にタグフォーマットデータやタブ区切りテキスト形式で,データを一括して用意できるシステムを持つ大学等にとっては不向きである。そのため,新旧2通りの方式は併用して利用される。
三田メディアセンターでは,1論文ずつ入力するウェブ上のフォームの登録方式だけを採用することにした。タグの知識を必要としないので,スタッフの習熟も早く作業が軽減された。その結果,余力を論文のPDFファイル変換作業に振り向けることができた。
(5)NIIの電子化支援事業
NIIでは,各機関での電子化予定はないが研究紀要ポータルに搭載させたい紀要について電子化を支援する事業を同時に行っていた。NIIによると,2002年度の電子化希望調査では,459機関から1,480タイトル19,013冊,2003年度には473機関から1,005タイトル,8,456冊の希望があり,希望タイトル全てを電子化することを決定した。(参考文献5)三田メディアセンターでは,2003年度の希望調査の際に,新規に全文登録を開始した8タイトルについてバックナンバーの電子化を希望し,学会から提供された冊子については送付した。(表1参照)
4. 今後の展望
現在NIIは,研究紀要ポータルの新登録システムの開発を行っている。それに伴い,2004年4月30日をもって従来のデータ作成・登録が一旦終了している。新登録システムは,紀要を含む学術雑誌の論文情報提供サービスの充実を図るため,論文情報に関するサービスを統合し,新たに「論文情報ナビゲータ」として提供する予定となっている。
登録方法について大きな変更点が2つ予定されている。ひとつは,タグフォーマットデータの送付方法として有効であった,電子メールやフロッピーディスクでの登録方式を廃止し,ウェブ上のフォームからの登録に一本化されることである。
ウェブ上に一括登録用フォームが新設され,タグフォーマットのデータおよびタブ区切りテキスト形式データの作成ファイルを参照ファイルから選択し,アップロードできるようになる。
ただし,この方法はタグの入力ミスやタブ形式の項目順序のミスがあればエラーとなってしまうことに変わりはない。
もうひとつは,当面入力しないとされてきたデータ項目であるキーワードの入力が可能になったことである。登録については,論文に付与されたキーワードの掲載がある場合に限られるが,キーワード検索ができることによって,単に論文タイトル中のことばで検索するのではなく,内容についての検索としてより有効である。
5. 終わりに
紀要に対する評価については,分野によって違いがあり,また,各大学が図書館で保存することについても意見の分かれるところだ。(参考文献6)NIIによるバックナンバーの電子化が完了し,各大学の研究紀要ポータルへの登録が継続されることによって,紀要の利用や保存については新たな展開を見ることになるだろう。紙媒体の紀要については,発行の各大学図書館が保存館となり,他大学の紀要は研究紀要ポータルで利用する。これで,他大学の紀要を保存する必要はなくなるのではないか。また,今まで所蔵していない紀要は,ILLの文献複写で複写料金と郵送料を支払い入手していた。所蔵している紀要であっても,図書館内のコピー機で複写しなければならないため,費用がかかる。しかし,研究紀要ポータルで全文掲載論文であれば,無料で読むことができ,プリントアウトしてもコストダウンとなるだろう。
潔く他大学の紀要を廃棄した図書館,書庫狭隘に迫られながらも大学紀要が増加するたびに書架移動を余儀なくされる図書館,どちらにとっても,この研究紀要ポータルが,近い将来答えを出してくれることは間違いない。
参考文献
1)内藤衛亮.“大学紀要の電子化をめざして”研究成果流通環境に関する総合的研究(科学研究費基盤研究A研究成果報告書)平成8・9年度報告.1998, p.1-10.
2)学術情報センターニュース.No.25, 1993, p.13, No.26, 1993, p.11-12
3)米澤 誠.“「学術雑誌目次速報データベース」について”.書誌索引展望.Vol.19, No.2, 1995, p.32-41.
4)http://ge.nii.ac.jp/(2004.6.30参照)
5)http://www.nii.ac.jp/nels/(2004.8.23参照)
6)根岸正光.“学術雑誌目次速報データベースの形成と公開”.私立大学図書館協会会報.No.103, 1995, p.80-87.
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