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MediaNet≫No.11 2004≫フランスの分類と自然史博物館
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ナンバー11、2004年 目次へリンク 2004年10月1日発行
ティールーム
フランスの分類と自然史博物館
濱田 秀伯(はまだ ひでみち)
医学部精神神経科学教室助教授
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 人は分類しないではいられないものらしい。書籍,音楽,病気はもとより,食べ物や人の好みにいたるまで,分類は日常のすべてに及んでいる。それはおそらく自分の考えを整理して,もとをなす価値観を確認するためなのであろう。
 18世紀末,近代精神医学の黎明期に,精神障害をはじめて分類したのはフランスのピネルである。彼は偏見や迷信からはなれて,精神病を自分の目で観察し,実証体系的に記述しようとした。その分類は次のように,医師にして植物学者でもあったスウェーデンのリンネによる植物分類をモデルにしている。

第IV綱:神経症
 第2目:脳神経症
  亜目2:ウェザニア
   属:心気症,夢遊症,狂水病,精神病(マニー,メランコリー,痴呆,白痴)

 南仏モンペリエに学んだピネルは,30歳を過ぎてようやくパリに出たが,数学の家庭教師をして生計をたてながら,王立植物園で植物分類に力を注いでいた。そのころの植物分類学は,天体力学とならぶ先端学問だったからである。
 今日も当時の面影を残す植物園の一角に国立自然史博物館Museum national d'histoire naturelleがある。留学中近くに住んでいた私は,園内を散歩しながらしばしばこの建物の前を通り,外から見上げていた。いつ行っても「ただいま工事中」の札がかかったまま内部に入れないので,不思議に思ったものである。後になって知ったが,実に30年間も閉鎖され,1995年にようやく改修を終えて,新しい魅力的な博物館に生まれ変わっていた。
 パリを訪れる観光客も,ここまで来ることはほとんどない。家族連れや学生にまじって中に入ると,まず地下に導かれる。ここは海底で,たくさんの魚や貝の標本に囲まれて歩く。階段を上って1階に出ると,そこはアフリカのサバンナである。ライオン,ゾウ,キリン,シマウマ,カバなどたくさんの動物たちが,もちろん剥製だが,並んで行進している様子は実に壮観である。地上を照らす光は,夜明けから日没まで,およそ100分かけて少しずつ変化するように工夫されている。
 ここから見上げる建物の内部は,思わず息をのむほど美しい。展示品を保護するために,全体の照明を暗く落としているが,天井まで5層吹き抜け,鉄とガラスで組み立てられたアール・デコの大空間である。透明で幻想的なエレベーターが音もなく昇降して上下の階をつないでいる。これに乗って上っていくと,空中に鳥類の標本が舞っている。
 古い建物の外観をそのまま残し,内部をモダンに改装して再利用することはヨーロッパによくみられる。技術も費用もかかるために,わが国ではすべてをとり壊し建て替えてしまうが,それを繰り返すうちに東京も京都の街並みも,自然や周囲との調和を欠く劣悪な景観になってしまった。
 各階にはたくさんのテレビ画面や小部屋があり,ちょうど本のページをめくるように,扉を開けると欲しい情報がえられ,スイッチを入れるとテーマごとの解説がはじまる仕組みになっている。人間は最上階にやっと登場する。
 この博物館は建物全体を使って,動植物の壮大な進化のドラマを見せているのである。悠久の時間の流れを,立体的な空間に重層的に展開させるというアイデアが卓抜で,これなら構想から実現までに30年はかかるだろう,それでやむをえないと納得させられてしまう。
 分類とは思想であり,目に見えない秩序を見える形に表現する行為にほかならない。自然史博物館はフランス的な分類精神そのものである。それは世界全体を統一的に理解しようとする意志と,えられた知見をいかに美しく見せるかという感性の洗練にあると思う。ほの暗い空間に宝石のように輝き,星空のようにまたたいて浮かび上がるおびただしい標本を見ていると,そう感じられてならない。

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