はじめに
「飲食禁止」「おしゃべり禁止」など,図書館では伝統的な禁止事項がある。残念ながら,湘南藤沢メディアセンター(以下,SFCメディアセンター)ではそれが守られない状態が長く続いており,特にこの数年,館内の飲食と喧騒がエスカレートしていく兆しがあった。これに対応するため,SFCメディアセンターは2003年度事業計画の重点課題の一つとして「学習環境の維持・向上」を取り上げた。
本稿では,飲食問題について根本的に捉え直し,解決の方法を模索し,『湘南藤沢メディアセンター飲食ルール』の運用に至ったその経緯を報告する。
1. 「マナー向上」キャンペーン
SFCメディアセンターは2003年度以降館内巡回委託費を予算化して,スタッフ1名を採用している。このスタッフは日常的な巡回を担当すると共に,以下に述べるマナー向上キャンペーンについて活動目標の設定,準備等の企画から検証まで専任職員と協力して行っている。
2003年5月8日から1か月間,第1次マナー向上キャンペーンとして「学習環境維持向上」を標語に,掲示の見直し,館内放送・チラシ配布・巡回による注意喚起を行った。この期間に違反状況の把握ができ,その後の課題・問題点の整理につながった。昼食時間帯の食事,菓子を持ち寄ってのグループワーク,そして館内の至るところで飲み物を飲んでいるという実態があった。違反意識なく飲食している利用者が多く見受けられ,マナーの向上以前にルールの周知が先決ではないかと考えられた。
続いて2週間の準備期間をとり,6月23日から春学期終了までの1か月間を,ルール周知を目的とする第2次キャンペーン期間とした。掲示も「ルールがあります」という標語をメインとしたものに変更した。時期的にも入館者数が増え,違反行為は多くなり,特に気温の上昇と共に飲み物違反者が増えた。
違反者に対しては注意・指導をするが,利用者側も慣れるにつれて巡回を見かけると飲食物を鞄にしまうといった行動をとるようになる。もぐら叩きのような活動が本当に目的に沿った教育的な取組みといえるのか,ルールを守らない悪質な違反者に罰則を課す必要はないかという悩みが生じたが,キャンペーンの目的がルール周知であることを重視して,罰則は課さないこととした。しかし,見つからなければいい,という考えはルールを守るという意識にはつながらない。次のステップへの課題となった。
2回のキャンペーンを通じて,ルールの周知の効果によってある程度違反行為を減らすことはできたと考えているが,禁止事項の徹底には及ばなかった。その原因は利用者のモラルが低い一方で,立地条件や,昼休みがなく授業中でも飲食を認めざるを得ない学習および食環境など,利用者の違反行為を誘発する湘南藤沢キャンパス(以下,SFC)全体の要因も少なくない。また,ペットボトルを持ち歩くことが当たり前になるといった,「伝統的な常識」では押さえ込むことのできない生活習慣の変化も見逃せない。「伝統的な常識」を基本にしつつ,SFCメディアセンターにおいて適切なレベルの禁止事項を考え,目標値を設定し,その上で「マナー向上」を業務として進めていく必要を強く感じた。
余談であるが,SFC独自の卒業アルバム『SFC YEARBOOK』2003年度版の「SFC NEWS」のページに巡回担当者の写真が掲載された。マナー向上キャンペーンは,学生にとっても印象的な出来事だったようだ。
2. 「守られるルール」―望まれる学習環境とは?
春学期終了後,次の活動の目標値を設定するため論点を整理した。
まず「なぜ飲食を禁止するのか」,その回答を用意した。
・飲食物の食べこぼしが資料や設備の汚破損と,害虫発生の原因となる。
・飲食時の匂いや音が周囲に不快感を与える。
・公共の場所では,その施設の目的により飲食が禁止されることは広く受け入れられている。(劇場など)
次に,多くの人に守られないルールにはルールそのものに何か問題があるのではないか,という点を考えてみると,前述した生活習慣の変化,SFCの特殊な事情のほか,次のことが挙げられた。
・館内のウォータークーラーが各階男子トイレの入口にあり,飲料の持込を禁止してウォータークーラーの水を飲むことを強要しにくい。
・海外ではふた付きの容器に入った飲み物が認められている例が増えており(参考文献1),それを見聞している利用者も多いと思われる。
そして,上記のような影響が出ない範囲で,以下のようなルールの見直しの可能性を考えた。
・食べ物は全面的に禁止する。ただし,他人に迷惑にならない飴類は禁止対象にはしない。
・ふたが閉まる容器の飲み物ならば中身をこぼす可能性が低いと考えられるので,認められる。
・視聴覚機器,パソコンなど水分による汚破損の影響が大きく,弁償負担が大きくなる機器類の周辺は飲み物も禁止する。
このように禁止の理由から逆算する方法で,利用者にとっても無理のないルールづくりを検討した。その過程では現状に流されているという批判の声もあったが,始めにルールありきではなく,守られないルールの原因分析と対策案から「現実的なルール」が生まれ,全体のモラルが高まるならば,ルール変更の必然性があると考えた。そして「走りながら考える」SFCの精神に則って,秋学期に「新ルール」を試行した。
試行期間は11月26日から秋学期終了の2004年3月31日とした。1月と2月にはこの取組みに対する利用者の意見を集めるアンケートと学生との懇談会を実施した。「新ルール」はおおむね受け入れられていると評価することができたが,非常に多彩な,かつ真剣な意見が寄せられ,利用者にとっても「切実な問題」であることが伺えた。
SFCメディアセンターは利用者にとって,個人学習,AV機器・IT環境利用,グループ学習,そして仲間との交流の場となっている。伝統的な図書館にはない役割は,立地条件だけでなく,創設以来のSFCの研究・教育の姿勢から生まれている。多様な目的をもった利用者が混在しており,その共存が望まれている。1998年に「静かエリア」を設定した後「棲み分け」ができているのはその表れだろう。
このような背景や,アンケートと懇談会で利用者の中にもマナー向上を求める声があることを把握できたことから,あらためてメディアセンターの役割と,利用者にとって良質な学習環境という視点から飲食問題を考え,ルールの見直しを実行した。
3. 新ルール運用開始
『湘南藤沢メディアセンター飲食ルール』(http://www.sfc.keio.ac.jp/mchtml/general/manner.pdf)は2004年4月1日から正式に運用を開始した。あわせて巡回指導実施要領,汚損問題発生時対応マニュアル等を順次整えている。また,生協購買部の協力を得て,紙パック飲料や食品の売り場にルールの概要を掲示している。
運用開始後約3か月を経た現状をみると,特にライブラリーエリアで個人学習をしている利用者の違反は少なく,ルールは定着してきたといえる。一方で禁止エリアがわかりにくいという声があることや,職員の目の届かないところで飲食する行為はなくなっていないなど,課題も残っている。
利用者の節度ある行動を期待するとともに,今後も利用者のニーズを把握しながら,利用者満足度の高いサービスと学習環境の場を提供できるよう努力していきたい。
参考文献
1)The Association of Research Libraries: SPEC Kit 237. Managing Food and Drink in ARL Libraries, 1998. (online) available from (http://www.arl.org/spec/237fly.html), (accessed 30 June 2004).
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