1.はじめに 大学図書館は果たして安全な施設なのだろうか?多くの大学図書館員は未知との遭遇になるだろう大災害が発生した場合,その対応,復旧は迅速にできるのだろうか?激しく変化する現在において,企業をはじめとする組織体に潜在していたリスクが一度顕在化すると,リスクの影響はその組織のみにとどまらず,対外的にも幅広く及んでいく。この意味で,リスクへの適切な対応によってリスクへの影響を極小化して社会的損失を発生させない,リスクマネジメントが大変重要な時代になっている。このことは大学図書館でも同様で,従来は「性善説」に基づいて行動してきたが,近年は利用者のマナー違反が多発し,犯罪行為が発生する場合もあり,加えて自然災害への対策も切実な課題であり,自分(自館)の身は自分(自館)で守らねばならない時代になってきた。 本稿では,大学図書館におけるリスクを概観し,リスクマネジメントの考え方を総論的に紹介することによって,今後の議論のたたき台にしたい。
2.大学図書館のリスクマネジメント リスクマネジメントは,表現のごとく「リスク」を「マネジメント」することである。どのようなリスクを対象とするのか,どういう方法で対応していくのかによって,リスクマネジメントの内容は異なったものになる。本稿では,大学図書館における事故や危機的な状況が発生した後の対応,ならびにそのような状況が可能な限り起きないようにする対応を,包含してリスクマネジメントと定義する。そしてリスクの要因とその影響の組み合わせから,工学的要因,社会的要因,損失というリスク分類を大学図書館のリスクマネジメントに適用することを試みた(図1参照)。
2.1 工学的要因 工学的要因には,安全環境,製品安全,情報管理が含まれる。ここでは安全環境と製品安全について解説する。 (1)安全環境 自然災害は,地震,大雨,洪水,津波,強風,大雪,津波,落雷などであり,これには当該事象が発生した際のすみやかな情報入手と,避難対応を日頃から用意し,訓練しておくことが必要である。たとえば横浜国立大学附属図書館では,避難訓練を来館利用者も参加して実施し(参考文献1),また大地震・火災への対処について,次のような広報をしていた。
1.大地震が発生した場合
(ア)書架周辺の方は,直ちに書架から離れて下さい。
(イ)閲覧室等で危険を感じたら,閲覧机の下に避難し,揺れが収まるまで待機して下さい。
(ウ)揺れが小さくなったら,冷静に避難通路を確認し,自主的に危険回避の行動をとって下さい。職員の避難誘導が有る場合には,指示に従って下さい。
(エ)エレベーターは危険ですから,使用しないで下さい。
2.火災が発生した場合
(ア)第一発見者は直ちに近くの職員に通報して下さい。
(イ)館内の緊急放送に従い,建物から避難して下さい。
(ウ)職員は119番通報と同時に初期消火体制をとります。
(エ)職員が非常口の開放と同時に避難誘導を行います。
(オ)エレベーターは危険ですから,使用しないで下さい(参考文献2)。
また災害時には,正確に,しかもすばやく必要な情報が伝達されなければならない。とりわけ外国人は言葉の面での情報弱者である。1995年に発生した阪神淡路大震災の教訓をもとに,弘前大学人文学部国語学研究室では外国人被災者を救出するための『災害が起こった時に外国人を助けるためのマニュアル』を刊行した(参考文献3)(参考文献4)。内容は,やさしい日本語を用いた放送の案文,ポスターやビラなどの掲示物の具体例が載せられており,大変参考になる。 このほか,台風の接近時には早期に閉館を考え,利用者および職員を安全な時間帯に帰宅させることが重要で,授業との関係や他部署とも連携を取りながら判断する指針を作成しておくことが必要である。防災用品としてヘルメット,懐中電灯,軍手,タオル,電池ラジオ,救急箱,携帯電話の充電器などを館内に備えておきたい。 また図書館開館時間中は,通常多くの利用者が館内に居合わせている。自動入館ゲートが設置してあれば,多くの場合はIDカードを仲介して入館者の特定は可能であるが,その時刻に館内に誰が居たのかを正確に知ることはできない。自然災害時における救助活動を考えた場合,出口においても利用者識別が判定され,在館者の特定ができるようにしたい。いかに緊急時と平常時とを連携させた状態で情報環境を構築できるか追及することが重要な課題である。 設備事故は,火災,爆発,停電,水漏れ,スリップ,衝突,ガラス飛散等である。火災,爆発の規模にもよるが,延焼を防ぐような図書館建築の設計が基本である。消火器の使い方も含めて訓練をしておくことが必要である。図書館員としては,注水が資料にとって相当大きなダメージを与えてしまうことも予め認識しておかなければならない。万が一水を浴びた資料は冷凍して修復の措置をとらなければならないが,地域において資材や冷凍倉庫などの確保を日頃から確認しておきたい。欧米では,民間会社や地域保存修復センターによって24時間体制で緊急支援レスキュー,被害を受けた資料のリカバリーが行われている(参考文献5)。また図書館員の中に火元責任者を設置して,キャンパス全体の防火管理者との意思決定ラインで防火管理体制が機能するように,研修を受ける必要がある。なお,貴重書書庫などには,資料を守るためにも窒息消火を行うハロゲン消火設備を備えておかなければならない。 水漏れは,天井からも床からも考えられる。天井からは配管のつまりなどから雨漏りの可能性があり,床からの浸水や,水場における詰まりから水が床に溢れるという場合もある。その場所に近い資料は一時的に別の場所に退避させ,当該一帯には書架全体をビニールシートで覆うべきである。いずれの場合も,施設担当に依頼して原因究明と対策を施してもらう必要がある。また雨の日など床が滑りやすくなる場合には,滑り止めをつける,滑りにくい床にするなどの改善が必要だろう。 ガラスへの衝突,前方が見えない自動ドアや曲がり角での利用者同士の衝突には,ガラスや扉に注意を促すサインを貼ったり,扉には前方が見える窓をつけたり,曲がり角にはミラーをつけたりする対処が必要である。また,万一ガラスが割れた場合など,飛散防止フィルムを施しておくことで二次災害を防ぐことができる。そのほか閲覧席の椅子の不具合,床の不具合,扉の不具合,手すりの不具合等々,不適切な設備管理を見逃すミスにより,利用者に傷害を発生させてしまう危険性があるので,定期的な注意と意識改革が必要である。ロックされたBDSゲートへの衝突で退館者が思わぬ怪我をする場合などもあるので,メーカーと事前に対応策を施しておくことが必要である。また視覚障害者のためには,誘導盤や点字などの設備,施設のバリアフリー化なども必要である。 (2)製品安全 書庫狭隘化により書架に資料を詰め過ぎたり天板の上に配架したりすると,そこから1冊を抜き出す際に左右の資料も同時に落下したり,また天板からの地震発生時における落下可能性も高い。さらには踏み台などを利用する頻度が多くなることから危険性が増してしまう。書庫狭隘化はリスクの宝庫で,前述の事例は利用者だけではなく,職員に対しても同様であり,あわせて資料保存に対してのリスクも多い。さらには返本などの作業効率の悪化というリスク,必要な資料を購入することを妨げるリスク,書庫スペースを確保するための別置や保存書庫などへの移管,除籍における利用者対応のリスクなどが考えられる。 また資料保存やサーバ維持の観点から,温度・湿度,紫外線,直射日光,ほこり,花粉,害虫などに気をつけなければならない。一方で分散することで災害に対する危機管理を強める側面もある。国立国会図書館では,東京本館に加え,2002年に開館した関西館との連携によって,どちらかのサーバが機能しなくなった場合に備え,バックアップをするという災害への危機管理も考慮している(参考文献6)。 品質低下は,目録レコードの重複や記述間違い,分類の間違い,請求記号の間違い,あるいは間違った資料の購入や取り寄せ,間違った利用指導など,図書館員がミスを犯すことによって,基本的なサービスを低下させてしまうことである。二重チェックなど最大限に間違いを防ぐ業務プロセスの構築,また間違いが発生した際のすみやかな修正体制をマニュアル化しておくこと,および再発防止に向けた図書館員の継続的な研修も必要である。
2.2 社会的要因 社会的要因には,人事・組織,法務,社会的関連が含まれる。ここでは,それぞれの項目の中から主な事項のみ解説する。 (1)人事・組織 人材確保についてのリスクには,必要とする能力開発ができないリスクと,教育した人材が外部に流出するリスクがある。図書館員は専門職であるという議論の一方で,昨今多くの大学図書館員の図書館以外の部署への異動,その逆に図書館以外の部署からの異動,同時にアウトソーシングの普及も激しい。その上,中堅以上で有能な図書館員が転職してしまう可能性もある。IT化が進めば進むほど大学図書館,および図書館員がいつまで生き残れるのだろうかという危惧はある。発想の転換によって,一大学に一つの図書館が本当に必要なのか,大学図書館サービスは支援サービスの域を出られないのかなど,今後の大学図書館に対する人材確保・育成に対するリスクと絡めて議論していく必要がある。 (2)法務 2005年4月から「個人情報の保護に関する法律」が施行された。多くの大学は5,000人以上の個人情報を有していることから個人情報取扱事業者となり,大学図書館においても個人情報の適切な管理を行う義務が生じるようになった。そのための情報セキュリティ確保として,適切なユーザー認証,きめ細かいアクセスコントロール,情報の持ち出し規制の仕組みを確立する必要がある。特にパソコンに個人情報が記録されていた場合など,万が一盗難にあってしまった場合は,その所有者にしてみれば被害者になるが,実は登録されている個人に対しては加害者になってしまうことを認識しなければならない。違反時における多額の補償金の支払いは,財政負担のみならず,ブランドにも大きな傷をつけてしまう。大学であれば受験生への影響,学生や教職員や卒業生に対する不信感にもつながり,影響が大きいことを肝に銘ずるべきである。 大学図書館内に設置されているセルフ式コピー機についての著作権問題は,著作権法第31条をめぐり,長い年月をかけて大学図書館と日本複写権センターとの協議の結果,合意事項がまとめられているが,すべての事項を正確に遵守している大学図書館は,どのくらいあるだろうか。利用者への啓蒙によって利用者からの協力を得て対応していく問題である。さらにコピー機以外にも最近では図書館にスキャナー機も設置されていたりする。これがネットワークにつながっていると公衆送信権にまで及ぶ問題となる。技術の進展は早いので,このリスクに対しては,複製機械すべてを対象とした著作権料の包括契約を検討してもらい,著作権者の保護と利用者の利便性を確保する必要がある。 図書館で契約・購読している商用データベースおよび電子ジャーナル・電子ブックサービスについては,そのコンテンツおよびデータベース本体の著作権は各々の著作者またはサービスの提供者に帰属し,その権利は著作権法および国際条約によって保護されている。利用に当たっては,これらの著作権を侵害しないように注意し,かつサービスごとに定められている利用規約や契約条件等を遵守する必要があることを利用者に広報,指導することが必要である。 (3)社会的関連 この範疇に情報公開が含まれる。2001年に改正された民事訴訟法の220条は,企業や機関のあらゆる文書が裁判上提出義務となる可能性を示唆している(参考文献7)。既存文書の分類,リスト化は,開示請求や訴訟に的確に対応することができる仕組みとしてのみならず,文書の効率化,適格化のためにも必要な方策である。説明責任を果たすためには文書管理は不可欠である。さらにITの利活用を推進する一つとして,2005年4月から「e-文書法」の施行が始まった。正式名称は,「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」及び「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」である。これまでは紙というメディアで保存が義務づけられていた財務関連などの書類を,電子データとして保存することが認められるようになった。このことは,前項で既述した情報セキュリティの確立が必要であり,個人情報保護法への対応と密接な関係がある(参考文献8)。大学図書館においても,各担当で日常発生した電子文書を,その発生から廃棄にいたるライフサイクルの中で組織的に管理する仕組みを作ることが,訴訟時における自館の正当性を証明する上でも必要である。
2.3 損失 損失には,財政的損失,人的損失,社会的信用損失がある。 (1)財政的損失 利用者に貸出した資料が返却されない場合,あるいは利用者が紛失,汚損,破損してしまった場合,資料が無断持ち出しされてしまう場合,などがどこの図書館でも少なからず発生している。資料が大学の財産,資産である以上,一冊一冊は安価であっても,再購入や再入手が不可能な資料もあり,後世に文化継承する目的からも回収を強化する必要がある。そのためには,大学と契約している弁護士と相談して,多様な手段を尽くす一方,負債がある場合の進級,卒業に対する保留行為ができるように学則改定をしてもらうように働きかける必要がある。資料の損失はそれだけに限らず,担当職員は多くの時間を割いて未返却に対する督促処理,さらには弁償についてのやりとり,除籍や再購入の手続きなどを行っているので,こうした人件費も相当なコストとして損失になっている。 また1980年代から「シリアル・クライシス」といわれる外国雑誌の高騰化が進んでいる。このリスクは,日本の学術研究への深刻な影響が考えられ,商業出版社を通さずに学術文献を公表する仕組みのSPARC/JAPANが国立情報学研究所によって開始されたが,各大学図書館では研究成果をアーカイブ化して発信する学術機関レポジトリの構築が課題になっている。また,これら外国雑誌,電子ジャーナル,データベースについては通常前払い契約をしているが,多額の前払い支払をした後に,契約先が倒産してしまうリスクもある。そのため代理店の信用調査の実施,出版社への送金完了証明書の発行,さらには連帯保証人,分割支払,取引量の分散という方法なども検討していかなければならない。 (2)人的損失 立てこもり,殺傷事件,放火,爆弾など通常では考えられない非常事態は,当該大学の教職員,学生に限らず,たまたま来館していた学外者までもが巻き込まれる危険がある。入館管理をしていても,不審者の進入を完全に止めることはできない。離れた場所から不審者の足,腰,胸などを複数人で同時に取り押さえる「さすまた」,携帯しやすい万年筆サイズの催涙スプレー,ナイフなどから身を守る盾,網を広げて相手の動きを封じるネット銃などを受付アイテムとして用意しておきたい。さらにはカウンターにおける防犯ブザー体制,トランシーバーを使って館内のどこからでも全館放送できる無線緊急連絡システムなどが考えられる。いずれにしても人命第一で,事故が発生してしまった場合には,その後の迅速な手当,対応をすることが肝心で,再発防止に日頃からの訓練,マニュアルが必要である。 (3)社会的信用損失 大学図書館を利用する際にはルールがある。社会的にはそれが守られているイメージも堅持されているが,実態としてはルールを守らない利用者も多く,貸出規則関係では貸出停止や延滞金などの罰則も用意されている。しかし,マナーの範疇に属するものに対する罰則規定はない場合が多いと想定される。館内での飲食,携帯電話の着信と通話,私語,席取り,学生証不携帯,不正入館,床に座っての閲覧,床に資料を置くこと,机や壁への落書き,等々目に余る振る舞いに対しては定期的な館内巡回による指導,あわせて利用者マナーの実態や取り組みについて公開することで,利用者自身にも考えてもらう土壌を作り,大学図書館の信用低下を防いでいかなければならない。また,盗難のような犯罪行為も発生しており,利用者からの大学図書館への信用を損なうことなく,利用者と一緒になって取り組んでいかなければならない課題である。 問題を起こす利用者との対話は,現場の職員にとってはモチベーション低下につながってしまう恐れがある。不特定多数の利用者に対して同じことを何度も繰り返し注意をしなければならないうえ,そして注意を受けた利用者からの対応は千差万別であり,理屈で反論してくる利用者への対応が多くなるほど,対応している職員は疲れてしまう。また最近では,引きこもり,分裂症,うつ病など,精神的な病を抱えている利用者の存在も顕在化している。このような利用者との対話には慣れていないためにさらに緊張を増す。現場職員は徐々にストレスを感じてしまうことになり,これについては次のような組織的対応や個人的対応が必要である。まず自分だけのストレスと考えるのではなく,多くの職員が同じように遭遇する可能性があることから,ストレスと感じた情報を共有することが大切である。そしてストレスと感じる対応に遭遇した際には,可能であれば一人ではなく二人で対応できる体制を取り,さらには事務室からの後方支援を得られるようにしておくべきである。そして,監督職,管理職は得られた情報を総合的に分析して組織としての対応を図り,さらにキャンパスでの関心を喚起させることで,次の事故を防止する努力をしていくべきである。また大学図書館員はカウンセラーではないので,大学専属のカウンセラーに相談して対応方法などの助言を求めるなど,カウンセラーとの密接な情報交換が必要である。一方で,各職員におけるストレスの程度は異なるが,それはストレス発散の得手,不得手によるところが大きい。楽しめる趣味を持つ,職場を離れたら仕事のことは忘れる,友人や家族との会話,自分なりの解消方法を持つなどのセルフコントロールも必要である。 図書館員にとって利用者は,仕事の満足感を与えてくれる最大の要因であるが,その反対にストレスの原因になる場合もあり,良くも悪くも利用者次第で図書館員の成長は大きく影響される。管理職は,現場職員への後方支援はもちろんのこと,担当業務の重要性,ならびに業務遂行への感謝の気持ちを伝え,その結果,職員一人一人のモチベーション向上によって,一人でも多くの利用者が大学図書館での満足度を高められるように努力をしなければならない。
3.リスクマネジメントのプロセスと取り組み 前節で大学図書館を取り巻くリスクを概観したが,リスクマネジメントにもPlan-Do-See-Checkサイクルがある。そのためには,リスクマネジメントの計画を立て,対応する組織をつくり,業務を実行し,統制しなければならない。リスクマネジメントの計画の際には,チェックリストを作成して,どんなリスクが発生要因としてあるかという洗い出しをすることが最初に必要である。そしてリスクが発見・確認されたら,その分析・測定をし,リスク処理手段を選択して対応する。最後にリスク処理成果の評価をし,次につなげることが必要である。 一口にリスクと言っても,規模,損失の大小によって捕らえ方が変わってくる。ここでは,よく使われる事故発生頻度と損失の強度との関係によって,ボックスアプローチの手法を使って4つのグルーピング化のリスクマップ(図2)を考えたい(参考文献9)。 第1グループは,発生頻度は高いが損失の規模は小さいリスク。ここでは財務的なリスク処理手段として,損害保険会社などの専門機関と契約をする「リスクの移転」が行われる。中間地帯(グレイ・ゾーン)とも言う。 第2グループは,発生頻度は高く,かつ損失の規模も大きなリスク。ここではリスクの顕在化を予防,あるいは軽減し,結果的には事故を管理する「リスクの回避」が行われる。危険地帯(レッド・ゾーン)とも言う。 第3グループは,発生頻度は低く,かつ損失の規模も小さなリスク。ここでは財務的なリスク処理手段として,資金の調達先を自組織内部に求め,損失処理を行う「リスクの保有」が行われる。安全地帯(グリーン・ゾーン)とも言う。 第4グループは,発生頻度は低いが損失の規模は大きなリスク。ここでは頻度を抑えるための「リスクの制御」が行われ,その下で第1グループの「リスクの移転」あるいは第3グループの「リスクの保有」が行われる。注意地帯(イエロー・ゾーン)とも言う。 この中の第2グループのレッド・ゾーンに含まれる不測の災害などで中断した企業活動を早く再開するための,「事業継続計画」と呼ばれるリスクマネジメント手法がある。被災後に優先して復旧する業務を事前に決め,バックアップシステムやオフィスの確保,従業員の安否確認の迅速化,代替輸送手段などを盛り込み,業務中断に伴う競合他社への顧客流出,マーケットシェアや企業評価の低下から会社等を守るなど,事前に計画をたてておくことである。これは,Business Continuty Plan(BCP)と言って,2001年9月の同時多発テロに見舞われたアメリカで生まれた概念である(参考文献10)。欧米ではほぼ半数の企業が取り組んでいるが,日本の企業はまだ1割に満たしていない状況である(参考文献11)。BCPは大学においても必要であり,大学図書館BCPも用意すべきである。災害が発生しても遅延なく資料を利用者に提供する責任が大学図書館の使命であることを忘れてはならない。たとえば,復旧に向けてのボランティア動員要請やその指示系統の確立,資料の他機関への一時保管依頼,近隣大学などとの連携で当該大学の利用者と同様に図書館を利用できる依頼体制,借用中資料の被害による返却免除措置などのサービス支援体制を相互に提供するようにしておく必要がある(参考文献12)。こうした取り組みを自己評価・点検報告書の中でも開示することによって,防災格付けなどそれに応じた社会的評価の仕組みを作ることも可能になり,ブランド価値を高めることに貢献し,何より利用者の満足度が高まるものである。
4.おわりに リスクマネジメントは,どちらかといえば防衛のマネジメントの性格が強く,これを実施したからといってすぐに効果に結びつくわけではない。リスクマネジメント予算を編成して対応しておかないと,逆に経費がかさむことにつながってしまう。ただしどこの大学図書館でも運営予算が限られていて,不確定なリスクに予算を投資することは難しく,リスクマネジメントにまで余裕がない大学図書館が多いと思われる。しかしながらリスクが発生するたびにモグラたたきのような後手対応を繰り返しているだけでは,利用者からの信頼を得られにくいのも事実である。「リスク」を逆に読むと「クスリ」(薬)であるが,「リスク」という病気に対して薬漬けではなく,予防しておくことが重要なのである。リスクマネジメントの必要性を認識するためにも,取り掛かりとして災害時に大学図書館はこうあるべきであるというようなガイドラインを大学図書館界で作成して,その共通認識を親機関である大学に提示し,大学を動かしていくことも大学図書館に課せられた使命であると思っている。
参考文献 1)防災訓練の実施.横浜国立大学附属図書館館報.21巻1号,1997, p.5.
2)大地震・火災への対処について.横浜国立大学附属図書館館報.21巻1号,1997, p.8.
3)弘前大学人文学部国語学研究室.災害が起こった時に外国人を助けるためのマニュアル(弘前版).弘前,弘前大学人文学部国語学研究室,1999, 全3巻,87, 33, 55p.
4)弘前大学人文学部社会言語学研究室.新版・災害が起こったときに外国人を助けるためのマニュアル.(オンライン),入手先<http://human.cc.hirosaki-u.ac.jp/kokugo/newmanual/top.html>,(参照2005-06-08).
5)勇坂本.災害とコンサバター:非常事態と日常時の救済活動.(オンライン),入手先<http://www.trcc.jp/>,(参照2005-06-10).
6)電子化進める国会図書館.産経新聞.2005年3月7日.大阪版.夕刊(オンライン),入手先<http://www.sfc.keio.ac.jp/mchtml/db/keioonly/ sankei_jp.htm>,(参照2005-06-08).
7)秀夫名越,正司村岡.あらゆる社内文書が裁判上提出対象に:新民事訴訟法スタート:社内文書管理徹底対策.ビジネスガイド,35巻5号,1998, p.53-59.
8)コンプライアンス時代のITマネジメント.日経ビジネス,1296号,2005, p.118-120.
9)JLA図書館経営委員会危機・安全管理特別検討チーム.危機・安全管理マニュアル:『こんなときどうするの?作成マニュアル―利用者と職員のための図書館の危機安全管理―』編集プロセス.図書館雑誌,98巻9号,2004, p.674-675.
10)企業防災:産官学が提言.日本経済新聞.2005年2月3日.朝刊.28面.
11)災害時の事業再開計画.朝日新聞.2005年5月7日.夕刊.3面.
12)特集図書館と防災被害・その教訓.図書館雑誌.99巻5号,2005, p.292-303.
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