1.「不正アクセス」によるシステム停止 その知らせはいつも突然やってくる。 受け取ったメールは,契約電子リソース版元からの発信で,「貴大学から不正アクセスがあったため,アカウントを使用停止にしましたからね」という内容。担当者はあわてて謝罪メールを書く。「申し訳ありません。すぐ調査します。いつどこで何が起きたか教えてくれますか?」先方からの情報が届くと,ネットワーク管理者と協力してアクセス元と原因の割り出しを急ぐ。大抵の場合,調査結果報告と謝罪を行うと,アカウント使用停止が解除されるに至る。 以上は,よくあるトラブルの一例である。2004年度の統計によれば,2005年3月時点で慶應義塾大学全メディアセンター(以下,全塾)における電子ジャーナル,電子ブックの購読数は20,000タイトルを超えている(注1)。一部の小出版社との契約を除き,パッケージ契約毎に何百もの購読誌(本)がぶら下がっているイメージだ。大学所属の利用者は,必要な文献を(学内ネットワーク上にいる限り)どこからでも自由に,閲覧もしくはダウンロードできるが,その電子リソースの版元と大学間で締結された「契約事項」を遵守する必要がある。多くの場合,「研究のために,著作権の範囲内で,適正な量のデータ(全文情報)を印刷またはダウンロードすること」は許可されているが,「短時間での大量アクセスおよびダウンロード」「自作の自動プログラム,リンク先読み機能のあるWebブラウザ(注2),PDFダウンローダー等による機械的なダウンロード」「不正アクセスを招くOpenProxyサーバ(注3)の設置」などは禁止されている。これらの行為が禁止されている理由として,まずは提供元・著者の著作権を侵害する恐れがあること,そして大量のアクセスによる提供元サーバダウンなど,契約者全体に被害を及ぼす事故を防ぐことなどがあげられる。そして不正行為が重なることで,図書館の信頼度が落ちるというデメリットもある。しかし利用者は,必要な文献にオンラインでアクセスできることは知っていても,「してはいけないこと」に対する認識はゼロに等しい。効率的に研究を進めようとした結果,一人の利用者が大量のコンテンツをダウンロードする行為におよぶ。すると,即時に管理者の元へ通告が寄せられ,当該コンテンツを含むパッケージのアカウント使用が自動停止されるという,前述のような事態に陥ることとなる。 電子リソースの利用に関わるこうしたトラブルは,2002年度以降,2005年6月までに全塾で27件を数えている。(表1参照)。自然科学系の研究分野を擁すキャンパスで起こる傾向があるが,これは主に電子リソースから最新情報を得ることが多い分野であること,およびコンピュータの取り扱いに長けた利用者が多くいることに起因するだろう。当事者に事情を聞いてみると,ほとんどが純粋な研究目的による利用であり,他意をもってコンテンツを悪用したり,他人に譲渡したりといった悪質なケースは今のところ報告されていない。
2.版元の対策
電子リソースの版元では,不正アクセス行為を防ぐために,おおよそ以下の方法を採用している。
(ア)利用状況を一定期間で監視し,大量のアクセスが認められた場合,管理者に警告する
特に対応を決めていない版元に多い。猶予期間を持たせ,契約先機関の対処・報告によってはアカウント使用を停止しないこともある。
(イ)利用状況を常に自動監視し,規定以上の大量アクセスが認められた場合,契約先機関のアカウント使用または特定IPアドレスからの利用を停止する
大手出版社やアグリゲータ系版元が多く採用している対応。不正アクセスとみなされるアクセス手段や回数などは,版元毎に基準が異なる。
(ウ)契約先機関のIPアドレス範囲を常に自動監視し,不正利用への可能性をはらむ入り口(OpenProxyサーバ)をブロックする
JSTORが(イ)と共に採用している対応。JSTORでは2002年暮れにOpenProxyサーバによる大量ダウンロード被害を被った(注4)ことから,2003年1月以降監視を強化した。前述27件のトラブルのうち,半分以上がこのケースにあたる。 すべての版元がアクセスログの常時監視をしているわけではないだろうから,表面化しているのは氷山の一角である可能性を申し添えておく。
3.メディアセンターの対応 こうした版元の要請に従い,図書館側は,不正利用(もしくは不正を誘発する仕組みの存在)を防止するために,よりセキュアなネットワーク,認証システムの構築をはじめ,掲示や告知等による利用者のモラル向上など,不断の努力を行う必要がある。しかし,電子リソースにアクセスする利用者の顔が見えず,図書館側の意図はなかなか伝わらない。もはや図書館のWebサイトに「不正利用をしてはいけません」と表示するだけでは不十分になりつつある。利用者に「正しいお作法」を理解してもらうには,より能動的直接的に利用者へ訴えかけていかねばならないだろう。教員・学生への直接ガイダンス,情報リテラシーに関わる授業などを増やし,レジュメや口頭で呼びかけること,懇意の教員・学生に口コミで広めてもらうこと,etc…。 事前の利用指導だけでは収まらないこともある。不正アクセスを咎められたケースでは,「リンク先読み機能」がPCにインストールされていることを利用者自身が知らなかった,サーバ構築者の意思とは関係なくOpenProxyが起動していた,OpenProxyを指摘されて調べてみたらHDDレコーダ(注5)だったといった事例に事欠かない。メディアセンターとしては,契約条項に違反するという理由で,一方的に「この機能を使うのはよろしくない」と通告することになる。現状では,事情を説明してなるべく理解を求めることに徹しているが,当事者によっては消化不良感を感じるかもしれない。まして電子リソースの直接の利用者でもなかった場合はなおさらである。また,別ケースとして,コンテンツ分析を主眼とする利用者が,大量データを機械的に取得してテキスト分析するために,積極的にデータのダウンロードを行い,版元側から指摘されて問題になる事例もあった。こうした場合の対応策として,目的に応じたデータを購入することや,研究者のニーズに即した契約内容の見直しを進めていくことなどが考えられるが,いずれの場合も金額的な手当てが必要になるため,即時対応が難しい場合もあるだろう。
4.おわりに 大学図書館側も,自らの大学が抱える学問領域の概要だけではく,その研究手法に無関心ではいられない時代である。と同時に,教員・学生側にも,電子リソースを利用するにあたって,正しい利用をしているか・セキュリティ上安全なのか・モラルに反していないかといった,紙の資料を使うだけでは存在しなかった「自覚」が必須となっている。現代の大学図書館は,その役割のひとつとして,情報の利用に対する徹底した意識教育の必要に迫られている。当分,アクセシビリティと利用モラルの狭間で右往左往する日々は続くだろうが,多面的な広報や訴えを常に怠らず,地道な努力を続けていきたい。
注 1)年次統計資料<平成16年度>,2-3蔵書統計<電子媒体資料>.本誌,p.86
2)“先読み機能”については以下を参照のこと。Mozilla Japan“リンクの先読み機能FAQ”.(オンライン),入手先<http://www.mozilla-japan.org/projects/netlib/Link_ Prefetching_FAQ.html>,(参照2005-06-30).
3)“OpenProxyサーバ"については以下を参照のこと。Wikipedia“Open-Proxy”.(オンライン),入手先<http://ja.wikipedia.org/wiki/Open_Proxy>,(参照2005-06-30).
4)Albanese, Andrew. Open Proxy Servers Victimize JSTOR. Library Journal. 128, no.1, 2003, p.19.
5)一部のHDDレコーダは,組み込まれているOS内の設定によってOpenProxy機能を持つことがあり,不正アクセスの踏み台となる危険性がある。
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