恥ずかしながら,これまで『MediaNet』という機関誌を読んだことがなかったので,原稿執筆の依頼を受けたときは正直いって面食らいました。しかし,データベースや電子ジャーナルについて期待していることを書いてくれればよいということでしたので,日頃こうした電子情報に少なからぬ関心を持っている利用者の立場で,お引き受けすることにしました。 最初に,私自身の利用状況を簡単に紹介しておきます。データベースにしても電子ジャーナルにしても,私はいわゆるヘビーユーザーではありません。経済・商学分野における(おそらく)平均的な教員ユーザーにすぎません。しかし,そういった人達の利用実態というのは,メディアセンターの方々には案外知られていないのではないでしょうか。 私の場合,専攻がファイナンスなので,図書館の提供する電子情報サービスでよく利用しているのは,日経NEEDS(とくに企業財務データと株価データ),日経4紙記事検索の日経テレコン21,文献検索のFirstSearch,EBSCO(とくにEconLit),そしてファイナンス分野の電子ジャーナルです。 ただ,残念なことに,これらのサービスは自宅からアクセスできないので,夜に自宅で仕事をすることの多い私としては,利用の仕方はどうしても限られてしまいます。現在試運転中の共通認証システム(keio.jp)が完成すれば,少なくともデータベースについては自宅からアクセス可能になると聞いていますので,大いに期待しています。 参考までに申し上げるなら,私の場合,自宅から慶應義塾図書館のホームページにアクセスするのは,もっぱらOPACを利用するときです。これは,学生に参考文献を指示したり,手元にない資料を論文のレファレンスに加えたりするときに,大変役立っています。 ちょうどよい機会なので,OPACを利用していて日頃感じている不満を申し上げるなら,それは電子ジャーナルとの連携がないという点です。というのも,図書館に冊子体は入ってないが電子ジャーナルなら利用可能という雑誌が結構あるのですが,OPACにその情報が記されていないため,学生などは探している論文が図書館では手に入らないと勘違いしてしまうからです。これでは,せっかくの電子ジャーナルも宝の持ち腐れとなってしまいます。 ついでに,データベースに関して身勝手な(しかし結構深刻な)不満を1つ申し上げるなら,三田の図書館にはファイナンス関係のデータベースが絶対的に不足しています。たとえば,日次の株価データや収益率データというのは,ファイナンスの実証をする者にとって不可欠なのですが,「予算がない」とか「予想される利用者数が少ない」という理由で申請は長いこと却下されてきました。日経NEEDSの株価データが入ったのは比較的最近ですし,収益率データに至ってはいまだになく,個人の研究資金で買い集めているのが実情です。 しかし,データベースに関してこの種の不満をいい出したらきりがありませんし,他の分野でもおそらく同じようなことが起きているでしょうから,これ以上身勝手な不満を述べるのはやめにします。 参考までに,三田でファイナンス関係のデータが手に入らないときの解決策の1つを紹介しておきます。それは,SFCまで出掛けていき,サイバー・トレーディング・ルーム(CTR)の利用許可を得てBloombergやQUICKなどの金融情報端末を使わせてもらうという方法です。もちろん,これだけで用が足りるわけではありませんが,最新の金融市場情報を入手するにはとても便利です(CTRのサイト:http://www.cyber.sfc.keio.ac.jp/intro.html)。 さて,以下では,これまでの図書館にはなかった(と思われる)サービスについて1つ提案をしたいと思います。それは,ひとことでいうなら,ネット情報活用支援サービスです。 最先端の研究テーマを手掛ける者にとって,一番価値のある文献形態は何でしょうか。当該テーマにかんする研究動向をいち早くキャッチしたいわけですから,本では遅すぎます。ジャーナルに掲載された論文でも,遅すぎることが多いです。なぜなら,一流ジャーナルに掲載されるような論文は,刊行される前に出回っていることが多く,刊行される頃には多くの研究者が目を通しているからです。 というわけで,Discussion Paper(以下,DP)やWorking Paper(以下,WP)の形で出回っている論文や,学会報告用に提出された論文などが,最先端の研究課題を手掛ける者にとって一番価値のある文献形態ということになります。 かつての研究者は,こうした未刊行論文を苦労して手に入れたものですが,最近では,インターネットの普及により,ほとんど苦労することなく入手できるようになりました。 私の場合を紹介しますと,インターネットで未刊行論文を手に入れる方法は2つあります。1つは,研究者間でDPやWPを共有しあうネットワークの利用です。具体的には,Social Science Research Network(SSRN)という社会科学分野をカバーしたネットワーク連合の中の,Financial Economics Network(FEN)というサブ・ネットワークです(FENには以下のSSRNサイトよりアクセス可能:http://www.ssrn.com/)。 研究者が論文を執筆した場合,レフェリー付きのジャーナルに投稿する前に各方面に読んでもらって「揉んでおきたい」と考えるのが普通ですが,そういう人達がここに電子ファイルの形で投稿してきます。投稿された論文は,編集者による簡単な審査を経た後,ネットワーク上に「掲載」されます。そして,年会費を払った会員には,毎週,最新の論文を紹介したメールが希望ジャンルごとに送られてきて,興味ある論文があればただちにダウンロードできる仕組みになっています。 また,たとえ会員でなくても,過去に掲載された論文はキーワードで自由に検索でき,多くの場合,無料でダウンロードできます。EconLitなどの文献データベースにも未刊行論文は掲載されていますが,掲載数の多さはその比ではありません。 もう1つは,学会ホームページの利用です。欧米の学会では,大会報告用に受理された論文のファイルを,要約だけでなくフルペーパーまでネット上のプログラムに張り付けるのが,いまでは一般的となっています。 参考までに,私がよく利用している学会ホームページを3つほど紹介しておきましょう。報告論文はAnnual Meetingのページからアクセスできます。
- American Finance Association(AFA):http://www.afajof.org/
- Western Finance Association(WFA):http://wpweb2k.tepper.cmu.edu/wfa/index.html
- Financial Management Association(FMA):http://www.fma.org/
いずれもファイナンス分野では著名な学会ですが,かつては学会に出席しなければ手に入らなかった報告論文が,居ながらにして無料で手に入るようになったのです。 ここに紹介したネット情報の活用事例は,ファイナンス分野に限ったものですが,他の分野でも,URLこそ異なれ,同じような利用方法が定着しつつあると思います。しかし,しょせんタダで公表されている研究にとって有用なネット情報を,一部の研究者だけが利用しているのだとしたら,何とももったいない話です。 そこでメディアセンターへの提案です。研究者が利用している論文やデータベースについてのネット情報を「共有し合う場」を,図書館が音頭をとって作ることはできないでしょうか。既存のリンク集を整備・拡充する形でも構いませんが,重要なのは各分野の専門家が情報を提供し合うという発想です。そのためにも,まず,教員が気楽に情報提供できるような「窓口」をネット上に作っていただければと思います。 インターネットが普及し,質の良し悪しを問わなければ,情報が直ちに無料で手に入る時代になってきているのですから,図書館も「情報を買ってきて提供する」ばかりでなく,「専門家から有用なネット情報を収集して利用者に提供する」というサービスを手掛けてもよいのではないでしょうか。
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