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ナンバー12、2005年 目次へリンク 2005年10月1日発行
 
情報リテラシー能力を高めるためのウェブチュートリアル KITIE(Keio Interactive Tutorial on Information Education)(注1)の公開
市古 みどり(いちこ みどり)
日吉メディアセンター課長
上岡 真紀子(うえおか まきこ)
日吉メディアセンター
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1.はじめに
 慶應義塾大学の各メディアセンターでは,それぞれのキャンパスの利用者や専門性を考慮し,図書館の利用法,文献の収集方法など,利用者教育を進めてきた歴史がある。日吉キャンパスで1997年にスタートした理工学部1年生に対する「講義 情報リテラシー入門」も,「情報リテラシー」という新しい表現を使いながらも,当時の記録を見る限りでは,OPACの利用説明からのスタートであった。1996年に策定された指導概要によれば,4つの段階目標を設け,この事業を展開していくことが記されている。2002年「情報リテラシー入門」の出版時点では,当初の目標であった第3段階,「論文単位の情報検索ができること,それを紙媒体の二次資料と機械可読形態の二次情報データベースを使って行えること」までを講義の内容に含め,レポートもそれらを実習する内容として組み立てられていた。
 この間に図書館利用および情報入手方法に大きく影響したのはインターネットの普及である。それまで図書館員が利用者の間に入って行なってきた情報検索は,利用者自身が行うものへと変化し,検索=サーチエンジンというイメージが定着した。このため,学生たちは,図書館が準備しているデータベース,電子ジャーナル,図書,雑誌など活用すべき資料を知らない,活用しないという状況が生まれた。さらに,問題解決をおこなうために必要で十分な検索を行わない,サーチエンジンでたまたまヒットした上位数件のデータで満足してしまう,それらを無批判に切り貼りし,レポートに使ってしまうといった行動が目立つようになった。
 こうした状況の変化に加え,教育方法や内容の変化によると考えられるレファレンス質問の内容にも変化が現れた。特徴的な質問は,授業でのディベートや口頭発表あるいは,レポート執筆のために必要な文献やデータの収集に関するものである。集中的にこのような質問を受けていると,学生たちは学習に必要な情報の収集方法,評価方法,利用方法について,十分な説明を受けているのだろうかという疑問が湧くと同時に,図書館員が講義やセミナー以外にサポートする方法はないか,そのためには何をすべきかが明確になってきた。
 一方,職員の異動による情報リテラシー教育に対する共通認識の形成の難しさ,人材の確保,開発費用の捻出などといった課題も大きく,新しいテキストや方法を作り上げるためには障害も大きかった。幸い,平成16年度に「予算管理部門内調整費」が塾内に設けられ,教養研究センターが獲得した調整費のうち,新しい教養教育の授業開発・実施およびそれに関わる事業に対して支援を行うという公募があり,これに対して,情報リテラシー能力習得のためのチュートリアルの開発企画を応募し採択された。この採択により,情報リテラシー教育とは何かを再点検し,その新しい方法の開発に本格的に取り組むことが可能となった。
 ウェブチュートリアルのコンセプトは米国大学図書館協会が提唱している「高等教育のための情報リテラシー能力基準」(注2)を基本とすることとした。この能力とは,

  1. 必用な情報の性質と範囲を見極められる
  2. 必要な情報に効果的効率的にアクセスできる
  3. 情報とその情報源を分析的・批判的に評価し選択した情報を自分自身の知識に加えられる
  4. 目標達成のために情報を効果的に使うことができる
  5. 情報を使う際の,経済的,法的,社会的問題を理解し,情報を倫理的,法的に正しい方法でアクセスし,利用することができる
 というものである。こうした能力を高めるために必用な内容を検討し,しかもそれらをアクティブラーニングの要素を取り入れ,より楽しく学べるものにする,という基本方針が固まり,KITIEの開発はスタートした。

2.作成手順
 KITIEは,2004年7月下旬に業者を選定し,打ち合わせをスタートしている。完成までに行った作業工程は,構成(章立て)の決定,ロゴの決定,データベース要件の決定,ページデザインの決定,原稿作成,HTMLコーディング,データベース作成である。この内,業者には,ページデザイン,HTMLコーディング,データベース作成を依頼した。
 作業は,7月下旬からの業者とのやり取り開始後,10月までに,章立て,ロゴ,データベース要件を決定し,ページデザインにかかわる利用する素材の決定と原稿執筆は11月からのスタートとなった。
 原稿の執筆は,日吉メディアセンターのスタッフを中心に,これまでに日吉で情報リテラシー教育(以下,ILP)にかかわったことのあるスタッフが行った。執筆期間が短かったこともあり,本来こういった大きなものを作成するのに必要な,いろいろな事例を調査分析し,ノウハウや作成ガイドラインなどを参照するといった準備期間は,残念ながら設けることができなかった。そのため,原稿は米国大学図書館協会の基準をベースにしてはいるものの,理論的な視点から練られたものでなく,それぞれのスタッフのこれまでのILPの活動をもとに経験的な立場から書いたものである。
 原稿作成において最も苦労したのは,情報リテラシーを学んでもらうための説明の仕方,言い回しである。我々がこれまでなじんできたソースアプローチでなく,プロセスアプローチの考え方を全面的に原稿に反映させること,つまり,利用者に個々のソースの使い方を教えるのではなく,自立した情報探索者となるための,今後のいろいろな場面で応用することができる考え方などプロセスそのものを教えるという部分である。どのような説明の仕方が妥当か,最後まで検討と修正を繰り返した。
 画像は,時間と経費節約のため,すべて自前で原稿執筆開始後にほとんどを取り貯めておき,300枚ほどの中から,利用できそうな画像を挿入していった。データベースや図書・雑誌などの外部画像については,すべて利用許諾を取っている。連絡は,連絡先を調べてメールなどで行ったが,大手新聞社を除いて,概ねスムーズに許諾を得ることができた。しかしながら,海外のチュートリアルやテキストを見るに付け,教育のための利用許諾については,まだまだ理解が進んでいないとの印象が強い。
 原稿提出後,HTMLコーディングと調整,データベースの検証にそれぞれ1ヶ月を要している。
 各ページのデザインは,各ページを変化あるものにし,全ページを異なるものにすることを実現するため,スタイルシートでは,パンくずの表示,見出しのフォント,メニュー表示のみが決まっているという最小限のものにとどめざるを得なかった。そのため業者へは,すべてのページについてのレイアウト,見せ方についての指示が必要となった。編集段階においては,テキストで執筆された原稿をもとに,ウェブでどのように見せるかの完全なイメージを持っていなければならなかった。少しでも完成イメージに現物を近づけるために,編集者自身が具体的で明確なイメージを持っているのはもちろん,業者側には実現のためのスキルが求められる。ウェブシステム構築における業者の選定においては,デザイン力,企画提案力に加え,こちらの要望をいかに的確につかむことができるか,契約前の打ち合わせなどでの相手方のヒアリング力などからも総合的に判断する必要があろう。
 業者との契約について触れておきたい。今回のチュートリアルのデザインやHTMLのコーディングなどの業務委託の契約は,我々にとって初めての経験であった。そのため,契約書の文言は,大部分が業者からの要望で埋められたものとなってしまった。例えば,今後KITIEはメディアセンターで維持していくことになるが,その際に必要な素材などについて,日吉メディアセンターと業者のどちらに所有権があるかが完成後すぐに問題となった。契約書では,素材の提供について書かれていなかったので,要求することができなかった。結局今回は,業者が素材の作成を外注していたため,さらに料金を追加しても入手できないという結果になったが,今後は組織として契約のノウハウを継続して蓄積し継承できる体制を整えるべきであろう。

3.KITIEの構造
 KITIEの章立てとストーリーは,日吉キャンパスにおける教養教育の理念・目的や手法が明確になってきたことと関係している。ここ数年の間に,各学部設置の少人数セミナー形式の授業を中心に,伝統的な講義スタイルの授業ではなく,学習・研究の基本を学ぶことに主眼をおき,学生が自発的に調査を行い,調査結果について討論し,レポートをまとめる,さらにレポート内容をプレゼンテーションするといったスタイルの授業が急激に増えていた(注3)。その結果,こうした授業を受講する学生がILPの現場であるレファレンスデスクに求める内容に少なからず変化が生じていた。現場では,それらの情報要求に手探りで進みながら,学生のレポート作成やプレゼンテーションの準備における,漠然とした情報要求からトピックの選択,具体的な情報要求へとフォーカスしていく過程や実際の情報探索行動におけるサーチクエスチョンの形成過程,引用方法やレポートの表紙の書き方までの学生の一連のプロセス全般を共有することになり,また同時に彼らの行動を観察し,失敗と成功の経験を得,どうしたら彼らを確実に成功へと導くことができるのかを日常的に考えることが求められた。その成果として,KITIEのストーリーは,現実の学生がレポートや調査の課題を出された時点をスタートとして,プレゼンテーションを終えるまでとなっている。
 KITIEのメニューは,次のとおりである。

  1. プレテスト
  2. レポートを書く
  3. 情報の種類と特徴
  4. 情報を収集する
  5. 情報を評価する
  6. 情報を活用する
  7. プレゼンテーションをする
  8. ファイナルテスト

 プレテスト,ファイナルテストを除く,全体の総HTML数は,451である。これだけの分量のテキストを読むには,動機付けが欠かせない。そのため,導入となるプレテストは,情報リテラシーの習熟度を判定すると共に,動機付けの役割を持つ。KITIEの内容について,楽しみながら興味を持ってもらうことを意図した。利用者は,まずプレテストで自分の知っていること,知らないことを確認し,「?」を抱えてKITIEのメインの章に入っていくことになる。
 「レポートを書く」では,レポートとはどのようなものか,提出までにどのような作業を行わなければならないかを学ぶ。
 この章で,レポートを書くためには情報を収集しなければならないこと,いろいろな情報源があること,情報は評価して利用しなければならないこと,正しく引用し活用すべきことなど,KITIEの全体を構成する「必要なこと」を知ることになる。次に,情報収集や評価のために,基本となるリテラシーを学ぶのが「情報の種類と特徴」である。一般情報と学術情報の違い,各情報タイプの特徴と使い方を学び,さらに図書館についての印象付けが行われる。「情報を収集する」の章では,データベースの構造などの基礎知識,論理演算などの具体的なテクニック,および蔵書目録・記事索引の使い方,インターネット検索,情報の入手までを一通り学ぶ。「情報を評価する」では,図書や雑誌記事,インターネット上の情報について評価するポイントを学び,「情報を活用する」では,著作権について理解し,正しく引用することを学ぶ。そして最後に「プレゼンテーションをする」で,プレゼンテーションとはどのようなものかを理解し,効果的に行うために有効なプロセスを学ぶ。

4.新しい日吉メディアセンター
 日吉メディアセンターの現図書館棟は,今年で開館20年を迎えた。この20年間に起こったレファレンスの現場における変化はすでに記述したとおりである。今後は,これらの変化に対応し,情報リテラシー教育を柱に,日吉におけるレファレンスサービス,あるいは施設・環境を含め,図書館のサービス全体を再構築することが必要ではないだろうか。
 第一に,日吉という学部生のしかも1・2年生を主たる利用者とする図書館に求められるライブラリアンはどのような存在であるべきかを考えたい。おそらく日吉に必要なライブラリアンは,三田や理工,医学に必要な,専門的知識が豊富で,受けた質問に的確に答えられるサブジェクトライブラリアンというよりは,むしろ,情報リテラシー教育について理解し,その必要性を教員に働きかけ,少しでも多くの学生に情報リテラシー能力を高めてもらうための方法を,教育的見地や利用者の要望や行動をもとに開発し実行していくといった,インストラクションライブラリアンとでも表現できる存在なのではないかと考える。それは,カウンターで聞かれたことに答えるだけの「待ち」のライブラリアンではなく,よりアクティブに教育現場に関わるライブラリアンである。現在日吉におけるILPの企画・実施については,個人々々の努力に拠るところが大きい。今後は組織的に継続して育成していく体制が必要である。
 また,日吉の主な利用者は学部1・2年生ではあるが,日吉の対象学部は多岐に渡り,質問の内容には専門的なものもある。こうした専門的な質問へのフォローは,リソースシェアリングや資料の共同利用と同様に,慶應義塾大学が総合大学であることを活かし,各地区のサブジェクトライブラリアンと日吉のインストラクションライブラリアンによる共同レファレンスサービス体制の実現によって可能になるものである。
 次に,レファレンス資料や蔵書,あるいは図書館スペースの利用方法についても情報リテラシー教育を柱に検討すべきであろう。たとえば,蔵書に対する考え方である。大学図書館において,雑誌を契約あるいは保存する場合,できる限り初号からカレントまで収集することが前提である。さらに,その雑誌の将来に渡る継続性や,学問のために基本的な雑誌であるかどうかといった観点が重視される。これらの方針のもとに,今日吉で行われている短期的なプロジェクトのための資料や,非常に今日的な話題についてのもので,どちらかといえば学術的とはみなされてこなかった事象を扱った雑誌を,たとえ単発であっても購入して提供するのかというと,従来の考え方による議論では否定されてしまう。図書についても同様である。しかし,学生は,実際にそれらの資料を必要とし,公立図書館を使ってではなく,今日吉で問題解決の方法を学ぼうとしているのである。現場ではすでに従来の枠組みでなく,新しい方法で,新しい素材を手にすることによって考える訓練を行っているのである。これらの要求に対して敏感に対応して行くのも,我々ライブラリアンと学習図書館の役割ではないだろうか。このような教材の提供を可能にするには,やはり5つのメディアセンターが相互補完的に存在しているという前提が必要である。

5.おわりに
 KITIEの作成によって,情報リテラシー教育を担当する者として,「情報リテラシー教育」が意味するものをはっきりと理解させてもらった。それと同時に,これからの日吉での情報リテラシー教育と日吉メディアセンターが目指すべき方向について考える機会を得た。
 情報リテラシー教育に関する,希望や野望は尽きない。KITIEの公開を新たな情報リテラシー教育の一歩として,挑戦を続けたい。


1)日吉メディアセンター.“KITIE”.(オンライン),入手先<http://project.lib.keio.ac.jp/kitie/>,(参照2005-07-31/修正2009-04-01).
2)ACRL. “Information Literacy Competency Standards for Higher Education”. Standards & Guidelines. (online), available from<http://www.ala.org/ala/acrl/acrlstandards/informat
ionliteracycompetency.htm>,(参照2005-07-31).
3)慶應義塾大学教養研究センター.少人数セミナー形式授業の理念・目的とその手法(慶應義塾大学教養研究センター第6回シンポジウム).横浜,2005.

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