1.はじめに 2003年,SpringerとKluwer Academic出版の合併によって,new Springerが誕生し,オンライン商品のプラットフォームもSpringerLINKに統合された。この大転換期に,図書館ユーザからの意見を吸い上げ,トップマネジメントへ生かす目的からLibrary Advisory Board(LAB)会議が企画され,アメリカ,アジア,ヨーロッパの3つの地域に分けて年1回ずつ開催される運びとなった。2004年11月,New Orleansで開催されたアメリカの図書館ユーザを対象とするLAB会議に続いて,アジア向けの第1回会議がシンガポールにおいて,2005年3月3日〜6日に開催された。木曜夜の歓迎会食に始まり,土曜夕方のディスカッションまでの2日間が実質的な会合であった。筆者は日本の私立大学図書館からの参加者の一人として出席したので,ここに概要を報告する。 会議の構成は,セッションA:バック・アーカイヴィング,セッションB:オープンアクセスモデル,セッションC:価格モデル,セッションD:商品システム,セッションE:コンテンツ開発,セッションF:各種ツール・セールスサポート,セッションG:利用統計である。オランダからの発表予定者であるマーケティング総責任者は豪雪のために足を奪われ,図書館セールス責任者も遅れての参加となったため,急遽,セッションとフリータイムの順序変更が行われたものの,予定されたセッションはすべて無事に終了した。 参加者は,アジア7カ国(オーストラリア,台湾,香港,シンガポール,韓国,インド,日本)から13名(日本からは国立大学3名,私立大学2名)であった。各国のコンソーシアム契約の担当者も多く見受けられた。主催者である版元からは計6名(ドイツ,オランダ,ニューヨーク,香港の各オフィスと,日本の(株)イースタン・ブック・サービス)が会の運営に当たった。 以下,各セッションの話題と議論について,印象に残った論点を拾うこととする。
2.LABセッションでの話題 電子アーカイヴィングは,今日,版元が一番力を注いでいる仕事のひとつである。2006年には元Kluwer Academicタイトルを含む,Springer全誌の初号まで遡って,電子的に利用可能とすることを目標にしている。雑誌の変遷,特に取り扱い版元の推移などを考えれば,このチャレンジにはいくつもの壁があると想像がつくが,より多くのコンテンツを電子化し商品価値を高めたいという彼らの意欲が伺えた。Springerでは数学分野で歴史的に非常に重要なコア雑誌を発行している。バックファイルは抄録部分までは検索対象となる。全世界的にみたアーカイブアクセスの保証や,他のサービスとの連携などは今後の課題である。図書館からは,版権が移動した際のバックファイルへのアクセスにはフラストレーションが多い,共通の規範が欲しいと発言があった。 また,セッションの質疑応答のなかで,SpringerLINKへのアクセスについて,Springer内部の興味深いデータが紹介された。書誌・抄録データベース,及び図書館のWebページからのアクセスが各20%程度,LINKへのダイレクトアクセス,メールアラートサービス経由,及びGoogleなどのWeb検索エンジンがそれに続き,各15%程度,レファレンスリンク(CrossRefほか)が10%弱,その他5%と大雑把に把握していた。 利用統計は,現在,多くの出版社が採用しているCOUNTER準拠(将来的にはレベル2の採用を予定)の仕組みを整備中と発表された。利用統計から何を読むか,について若干の議論があった。大学単位ではなく部局単位の統計を望む意見が出た。シンガポール大学図書館のライブラリアンは今のところ,アクセスログはキャンセル対象誌の選定に,直接的には利用していないと述べた。アーカイブにも責任を持つ立場にある,大規模図書館からの発言として印象に残った。主催者側はライブラリアンは利用統計への関心が高く,従って統計ツールを用意することが強く求められていると認識したようである。 価格のビジネスモデルについて,これまでの流れを振り返って整理するとともに,今後の有力なモデルとして強調されたのは,彼らの命名によるところのデータベースライセンスモデルである。雑誌タイトルごとの講読額をベースとするのではなく,パッケージ化されたコレクション(全出版物あるいは分野別)を,顧客の組織規模や利用目的(研究・教育など)に応じた価格で提供することをさす。従来,冊子購読,オンライン(電子)購読という考えが基本となり,冊子かオンラインのいずれかの購読料金をベースとして価格が決まってきた。さらに言えば,初期のオンライン購読額は,多くの場合,冊子購読額がベースになってきた。図書館は与えられた予算枠の中で,いかに充実したコレクションを構築するかが関心事であった。しかし,版元の意向として,より多くのコンテンツを,出版と同時に(より早く),より多くの顧客に使ってもらいたいことから,従来のように出版物を個別に選ぶのではなく,パッケージ化した付加価値の高い電子コンテンツを契約するモデルを提案し,価格モデルもそれに合ったものとしたい,と説明された。しかしながら,データベースライセンスモデルという命名が耳新しかったこともあって,どんな価格モデルを指すのかわかりにくい,結局何を基に価格が決まるのか明確な説明が欲しい,具体的な価格一覧表を示して欲しい,といった質問が飛んだ。また,凡そ1997年以前に当たるアーカイブは別料金との説明があり,これに対して,カレントはコンソーシアムとしてまとめやすいがバックについてはコンソーシアム参加館の意見調整が非常に難しいとの意見が出た。価格モデルについては試行錯誤の繰り返しであり,PayPerViewなど利用ベースの料金体系にも見られるように,版元ではいかに多くの顧客にアクセスしてもらうかに苦心している。彼らの最終目標は,Springer学術情報源をそれを必要とする全世界のユーザへ制限なく提供することであって,Open Accessと変わらない。そして,Open Accessの流れに対するひとつの提案として,Springer Open Choiceの試みがある。これは著者がOpen Accessを望んだ場合,それを論文単位に実現する方法であり,このことが雑誌の購読価格へどの程度の影響を与えるのかは未知数である。Choiceという言葉には,物事の良し悪しや正しさを問題としているのではなく,可能性を提示しているに過ぎないという版元の意図が表れている。 電子コンテンツの充実に関しては,電子ジャーナル,ブック,レファレンス資料にわたっており,ジャーナル以外の部分が今後益々膨らんでいく。これらのコンテンツは11の分野から成り,MetaPressのリンクテクニックを使って相互リンク,外部リンクを実現している。また,電子ブックはOCLC NetLibraryで提供されている。学術情報ネットワークの中で,彼らの作ったコンテンツが有機的に結びつき,図書館の提供するサービスにおいてもLINKが最大限,活用されることが目標である。 最後の話題はサポートサービスについてである。利用者教育の側面で,ライブラリアンと版元との協力体制が重要であると語られた。版元の最大関心事は,LINKをいかに大学など研究機関の顧客へ浸透させるかであり,そのためには何をすべきかを参加者へ問うたところ,すでに高い評価を得ている雑誌を前面に出して,サブジェクト別に広報するなどの戦略が必要ではないか,といった意見が出た。 LINKのインターフェイスについても細かな点で意見交換があり,現場ライブラリアンの声が版元へ直接届く良い機会となった。
3.終わりに The new Springerを支える人々と直接会う機会が得られたことは収穫であった。ドイツ,オランダの双方の会社が文化の違いを超えて協力し合い,デジタル学術出版を形成しようとする息吹を感じた。 「プリントは出し続けるのか」という質問を,ビジネス・顧客サポート部門責任者のドイツ人と図書館セールス部門責任者のオランダ人にぶつけてみたが,答えはともに「Yes」と返ってきた。出版界も図書館界も冊子への拘りは捨てていない。
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