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ナンバー12、2005年 目次へリンク 2005年10月1日発行
海外レポート
交換研修トロント大学図書館へ
岡本 聖(おかもと ひじり)
三田メディアセンター
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1.研修の背景
 トロント大学図書館(The University of Toronto Libraries,以下,UTL)との交換研修協定を2002年に締結して以来,筆者は2人目の派遣者である。研修期間は2004年8月1日から2005年1月31日であり,この半年間にUTLの図書館員1名を慶應で3ヶ月間受け入れている。2005年度も慶應からの派遣者が決定しており,研修運営は安定期に入ったといえる。

2.研修内容
 派遣に先立ち作成した研修計画書に,以下4部門を主な研修先として希望を出し,UTLが調整にあたってくださった。

  1. Reference Department
  2. Information Technology Services
  3. Collection Digitization Department
  4. Rotman Business Information Center

 最終的には,上記にThomas Fisher Rare Book LibraryとEast Asian Libraryが加わり,約1ヶ月ごとに各部署に滞在,サービス内容についてのヒアリング,ミーティング参加,簡易実務を行う研修内容となった。

3.UTL
 トロント大学については,前派遣者の報告(参考文献1)が詳しい。お隣の巨大大国アメリカに押され気味なカナダの印象とは違い,UTLはALA(American Library Association)第3位という世界トップレベルの大学図書館である(参考文献2)。その敷居の高さに興奮と不安を覚えつつ,館長・副館長との面談から研修が始まった。地上14階の威容を誇るRobarts Libraryの2階に館長室・副館長室をはじめとするAdministrative Officeがある。以前は2階がメインゲートであったこの図書館は,入館してすぐ左に館長室,右にカフェテリアがあるという構造で,上座文化の日本では実現しえないスタイルである。利用者接近型のオフィス配置と対象的なのは,Chief Librarianと呼ばれる館長の地位と実権であった。館長在職20年の実績は,図書館内外における評価の現われともいえる。30以上の図書館やその他各部局はChief Librarianにレポートを提出する義務があり,それを集約して方針を決定し,上から下へ浸透させるトップダウン経営を行っている。大胆な意思決定を俊敏に行う経営方法として欧米流トップダウンは日本でも注目されているが,UTLでは長年この経営体制であり,ボトムアップによって集団的意志決定を重視する日本とは組織構造が異なる。館長が教員ではなく図書館員であり,館長をはじめ管理職がほとんど女性であることも日本の状況と異なる点として印象に残っている。

4.UTL(北米)と慶應(日本)の違い
 UTLの各種サービス,特にインターネット技術を使った先進的な情報環境の違いについては,幾度か発表の機会を与えていただいたので,ここでは割愛し,「ひと・もの・かね」をキーワードに全体的な違いについて触れてみたい。
 ひと:図書館は「ひと」で成り立つ。言うまでもなく利用者と図書館員であるが,ここでは紙幅の関係上,図書館員(中でもサブジェクトライブラリアン)に焦点を当てて言及する。
 日本の大学図書館員は概して,学部在学中に司書資格を得た後,大学へ就職した「職員」である。一方北米の図書館員は,修士でライブラリースクールを卒業し,ダブルマスターやドクターもめずらしくない。大学では「教員」としての地位を与えられ,そのためUTLには図書館員にサバティカルがあり,人事異動がない(参考文献3)。専門領域への知識を業務レベルではなく学術的に深めることが求められ,またそれを支える体制となっている。この状況下でサブジェクトライブラリアンは成熟する。日本ではレファレンスライブラリアンに専門性が求められがちだが,UTLのサブジェクトライブラリアンの大半は,選書および目録作成を行うテクニカルサービス(TS)担当者である。英仏バイリンガル国家,移民の多い多民族国家であることを反映して,語学力のあるサブジェクトライブラリアンが各言語にそろっている。当然レファレンスライブラリアンもサブジェクトを持っているが,TS担当者数には到底及ばない。さらに近年UTLは,約100分野をカバーする「リエゾンライブラリアン」を設置した。個人のメールアドレス,電話番号をすべてWeb上で公開し,利用者との直接的,継続的な関係を保持する体制を整えている(参考文献4)。
 日本では組織の流動化を目的とした人事異動によって多様な経験を持つ機会が与えられ,主にOJTで図書館員が育成される。個人が担当する業務の種類は非常に多く,「事務処理能力」は高い。現に優秀な先輩・上司は何足ものわらじをはいている。「少数精鋭」が日本社会におけるキーワードであるが,UTLは「多数精鋭」であり,「少数」は北米型のサブジェクトライブラリアン制度に近づくには弊害である。頻繁に行われる人事異動もこの点では足かせになっている。
 単一環境下で陥りやすい思考の硬直化,マンネリ化への懸念,さらには予算・人員削減の恒常化など多面的な問題を解決するべく形成してきた現在の状況をすべて否定することはできない。しかし,図書館としてどちらが利用者の観点から理想的であるのか,また私たちはどちらの図書館員になりたいのかについては議論の余地がある。もちろんそこには制度のみに頼らない,個々の向上意識があった上での話である。
 もの:北米の広大な国土は,図書館員でなくともうらやましい。書庫狭隘化は,蔵書数1千万冊を超えたUTLでもその兆候が見られ,保存書庫建設に着手した。しかし重複購入軽減・他館との調整に対する意識は日本の図書館に比べ低い。物理的な違いが大きいのでここで論は広げないが,書庫狭隘化については,日本は相当の努力を重ねてきている。
 慶應の2倍以上の蔵書を誇るUTLで,さらに顕著な増加を遂げているのが電子資料である。慶應は国内では有数の電子資料を提供している大学であるが,UTLの電子ジャーナル(EJ),電子ブック(EB)の契約タイトル数と比較してみると,その膨大さに驚く(表1)。
 UTLでは,1997年から自館サーバー内に主要出版社の電子ジャーナルをローカルロードしており,現在4,600タイトル以上をアーカイブとして保有している。UTL内で同一契約を結び,さらにUTLが属するオンタリオ州内の20大学が同じ電子資料を利用できる。この活動の母体は,オンタリオ州立大学全20館が参加するOCUL(The Ontario Council of University Libraries)のOntario Scholars Portal(以下,OSP)(参考文献6)であるが,UTLの人員・施設で大半が運営されており,互恵というよりはUTLのサービスがOSPに反映される体制である。電子資料の共有以外にもILL(Racer System)(参考文献7),機関レポジトリ(O-Space,現在はOZone)(参考文献8)等でも協力体制がある。「アクセスよりも所有」「個別対応より共同作業」がOSPの哲学であり,オンタリオ州全体の学術国際競争力を上げるというグローバルな視点にたった地域主義を貫いている。
 かね(外部資金):拙稿を執筆中,京都大学図書館に個人で20億円の寄付があったと報道されたが(参考文献9),北米は図書館に限らず大学に対する寄付が多い。UTLでは図書館トップページにSupport the Libraryというリンクを設け,寄付金募集を積極的に行っている。サイト上にはVirtual Donor Wallという寄付碑もある。貴重書図書館(Thomas Fisher Rare Book Library)への寄付者は「Friends」と呼ばれ,各種イベントや貴重書展示会へ招待される。貴重書図書館には予算がなく寄付・寄贈で運営されているとの話であった。
 企業からの寄付も多く,200台近いパソコンを設置しているRobarts Library内のエリアはScotiabank Information Commonsと資金提供した銀行名が冠されていた。Korean Studies担当の図書館員たちが,韓国のデータベースを新規導入するために,トロントで事業展開している韓国企業にプレゼンテーションを行って資金を得たという画期的な事例にも遭遇した。継続的資金確保の点では懸念される部分もあるが,資金獲得のためのビジネス手法は,日本の図書館に欠けている点であるとも感じられた。
 またカナダには,日本の文部科学省に相当する組織がなく,教育の自治権は各州にある。オンタリオ州立全大学に恩恵がもたらされるOSPは,オンタリオ政府からの資金を獲得しやすい体制にあるといえる。
 日本ではPULC(私立大学図書館コンソーシアム)の動きが活発化しており,電子資料購入についての新たなビジネスモデルを模索中である。大学の独自性・競争性を保持しつつ,共同購入を進める連合体と考えられ,OSPのように平等な研究環境の実現を優先させる体制を期待するのは難しい。特にカナダには大学入試制度がなく,国内競争ということについて日本ほど強固な感情がないとも考えられるので,OSPのコンセプトをPULCにそのまま応用することは難しい。

5.研修成果
 経営の三要素から見た相違を簡単に述べたが,研修当初より下からUTLを見上げていたためか,兎角相違部分が目立ち,感心するより危機感に近い感情があった。単なる図書館運営・組織の違いに要因があるのではなく,歴史,文化,国家政策,教育制度といった大学や研究環境を形成する根源的な違いがあり,どこから手をつければいいのか途方にくれることもあった。相違は当然であるが,利用者の求める情報環境,そしてそれを提供しようとする日本の図書館の状況はほぼ北米の軌跡をたどっていると思われ,UTLの現場を目の当たりしてから,目の前に高い目標が吊り下げられているのにそこに到達するまでの正確な距離が測れていない気持ちである。図書館員になって5年間,海外派遣の資格を与えるに足る中堅図書館員になることが1つの目標であった。自分を取り巻く仕事が他へどう影響するかを考え始めるのが以前の私の思考回路であったが,研修を経てから慶應はどうあるべきで,3万人を超える慶應の利用者に何が必要なのか,それについて自分が何をするのかという逆の発想が浮かぶようになってきた。UTL派遣前の研修計画書を見返すと,自分の目先の仕事からしか発想できていなかったことがよくわかり恥ずかしくなる。諸先輩方にとっては,ひどく当たり前のことであろうが,私には大きな意識改革であった。
 半年間研修をした成果がこれではと,非難を浴びるかもしれない。しかし幸か不幸か,私の前には今のところまだ35年間,図書館員生活ができる可能性がある。机の上で要塞を築く雑務に埋没することなく,意識改革から得たアイディアやビジョンを少しずつでも実現しようという誓いをたて本稿を終わることにする。

参考文献
1)村田優美子.トロント大学での半年間.MediaNet. no.11, 2004, p.62-63.
2)Holdings of University Research Libraries in U.S. and Canada, 2003-4. The Chronicle of Higher Education. vol.51, issue 37. 2005. 5. 20, p.A19.
3)“Manual of Staff Policy Academics:Librarians Contents”.(オンライン),入手先<http://www.utoronto.ca/hrhome/acman.pdf>,(参照2005-06-20).
4)リエゾンライブラリアンリスト.(オンライン),入手先<>http://link.library.utoronto.ca/library/liaison/>,(参照2005-06-20).
5)EJ・DBタイトル数(UTL).(オンライン),入手先<http://link.library.utoronto.ca/eir/EIRwhatsnew.cf
m#overview>,(参照2005-06-24).
6)Ontario Scholars Portal.(オンライン),入手先<http://www.scholarsportal.info/>,(参照2005-06-20).
7)RACER.(オンライン),入手先<http://www.scholarsportal.info/vdx/>,(参照2005-06-20).
8)OZone.(オンライン),入手先<https://ospace.scholarsportal.info/>,(参照2005-06-20).
9)京大に個人で20億円寄付.日本経済新聞.夕刊.2005. 6. 15. p.17.

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