はじめに 2002年8月はトロント大学図書館にとって重要な日付として記憶されています。トロント大学図書館と慶應義塾大学メディアセンター(以下,メディアセンター)との交換協定が結ばれたからです。トロント大学は日本の図書館とはじめて正式な交換プログラムを持ちました。 翌年の8月,メディアセンターからの最初の交換司書として,村田優美子さんがトロント大学図書館に来られました。およそ6ヶ月の研修期間中に,日本の図書館のことはほとんど知らないトロント大学図書館のスタッフに,メディアセンターや日本の図書館事情について様々なことを紹介してくれました。村田さんに続いて,岡本聖さんが2004年の8月からやはり半年間滞在され,トロント大学図書館との交流を深めてくださいました。村田さん,岡本さんのお蔭でトロント大学図書館職員の日本の図書館界に対する認識が高められました。 私は,トロント大学図書館からのはじめての交換司書として2004年9月初めから11月の終わりまで3ヶ月間,メディアセンター本部と三田メディアセンターで研修をさせていただきました。とても光栄に思っていますとともに,非常に貴重な経験をさせていただきました。
研修概要 私はトロント大学図書館で日本研究司書を勤めています。Japanese Studiesを担当するSubject specialistです。以前に何度か日本を訪れたことはありましたが,日本の大学図書館を長期間内側から見て,日々の仕事ぶりを身近に観察する機会は初めてのことでした。日本の大規模大学図書館における資料の選書と収集,レファレンスと図書館間相互協力(以下,ILL)等の業務をとても興味深く拝見し,メディアセンター全体のシステムの大きさや資料の豊かさに感激しました。 メディアセンター本部図書担当内に私の席とパソコンが用意されました。研修プログラムを特別に組んでいただき,メディアセンターが持っているほぼすべての機能について説明を受け,各部署で研修を受けることができました。本部では図書の発注・受け入れ,目録作業,雑誌受け入れ等,三田メディアセンターでは閲覧業務,ILL,レファレンス,選書,貴重書室等で研修の機会を与えられました。三田地区ばかりではなく,全地区を見学して,各地区の違いと特色を目の当たりにしました。すべての地区のメディアセンターの職員から懇切な説明を受け,またトロント大学図書館への興味や関心を示され嬉しい思いを抱きました。 いくつかの会議にも参加させていただきました。三田メディアセンターでは,レファレンスの定例会議,資料選定・評価委員会,全学的な会議体では,全塾データベース委員会等に参加しました。日本ではどのような問題について議論がなされているかをそれらの場を通じて知ることができました。決定に至る過程や予算執行のあり方等は興味深いものでした。また利用者教育user instructionの実際については,三田メディアセンターの文献探索ツアーと日吉メディアセンターの情報リテラシー入門講義に参加することができました。
共通点と相違点 トロント大学と慶應義塾大学は双方ともに大規模総合大学(医学部も含めて)です。総合大学として学部1年生から大学院まで,人文・社会・自然諸科学のあらゆる分野で幅広い研究・教育がなされています。メディアセンターとトロント大学図書館は森羅万象に及ぶ広い知識を支える資料・情報を収集し,利用者に提供しなければなりません。言うは易しですが,この基本的役割を果たすことは図書館にとって大きな挑戦です。 当然のこととして,両図書館はいくつかの共通点をもっています。両館とも規模が大きく伝統を持った図書館であるだけに,それなりの複雑な構造になっているところもあります。両者ともに電子ジャーナルやデータベースに重点を置いて,電子媒体資料の高価格に悩まされながらも,新しい時代の流れに挑んでいます。トロント大学の場合はコンソーシアムでの交渉を通じてデータベースの価格引き下げを実現し,local hostingを行ってOntario Scholar's Portalを通じて広く利用者に提供しています。同じように慶應義塾大学は日本において私立大学図書館コンソーシアムPrivate Universiy Library Consortium(PULC)の先導者の一員としてコンソーシアムの力を強める努力を続けています。 電子ジャーナルについて気が付いたことを一つ申し上げると,日本で契約され利用されている電子ジャーナルのほとんどは英語のものです。日本の出版社による日本語の電子ジャーナルも必要なのではないでしょうか。 メディアセンターから学んだことの中で印象的だったのは以下のような事柄です。
- 日本でのILLの現状と可能性:研修に参加するまでは日本の図書館から現物を借りるのは難しいのではないかと思っていました。しかし,国内外の図書館とのILL活動が盛んに行われているだけでなく,特に慶應ではグローバルILLフレームワーク(GIF)に参加して北米の図書館とのILL活動を推進していることを知って驚くとともに嬉しく思いました。
- メディアセンターの研究図書館連合Research Libraries Group,Inc.(RLG)への参加:特にRLIN21とRLG総合目録にメディアセンターの蔵書ファイルの登録が開始されたことは,北米の研究図書館において日本語資料の目録を作成する際の基本データが提供され始めたという意味で大きな国際貢献になると思います。
- 新しい技術の開発:携帯電話を使ったOPAC検索技術が開発されたということを聞いてトロント大学図書館でもやることになりました。
両国は文化も伝統も異なります。相違点を3つばかり取り上げたいと思います。
- スペースの感覚:三田メディアセンターのスペース不足に少し驚きました。トロント大学のスペースの使い方はよく言えば贅沢ですが無駄もあるのではないでしょうか。
- 予算の構造:三田メディアセンターの場合は図書予算が図書館予算と学部予算に分かれていて,学部予算にはメディアセンターの予算執行権限が及ばないこと。トロント大学の場合はいわば図書館予算だけですので,資料購入の決定権は司書にあります。
- 人事制度:日本の大学図書館では外部委託が進行し,専任職員のほかに業務委託契約に基づく委託社員が数多く働いていますが,トロント大学図書館では学生アルバイト制度はあっても,契約職員の数は少なく,職員の多くは専任(full-time permanent staff)です。専任は,司書の資格(図書館学の修士号)を持つ職員とlibrary technician/para-professionalの職員との2グループに分けられます。日本には人事異動があるというのもカナダとの大きな相違です。当館では長年同じ仕事を担当し自分の専門を持つ職員が少なくありません。部署の変更は自らの希望以外ではないでしょう。人事異動によって新しい刺激を得ることと,経験によって築いた専門知識を持つことは,我々司書にとってどちらも大切なことだと思います。
終わりに 私にとってこの交換研修はとても貴重な経験でした。日本語の資料を扱う私にとってメディアセンターのような立派な図書館で実務を体験したことによって,視野が広げられ,大いに刺激を受けました。新しい同僚と情報を交換し,永く交流を持ち続けていきたいと思います。このすばらしい研修機会を与えてくださったメディアセンターの皆様に深くお礼申し上げます。慶應義塾大学メディアセンターとトロント大学図書館の大切な絆を今後ともより一層深めるために,微力ですが努力したいと思います。
|