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ナンバー12、2005年 目次へリンク 2005年10月1日発行
スタッフルーム
ヤングリポートのはなし
岡田 孝子(おかだ たかこ)
三田メディアセンター
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 「ああ,その本聞いたことあるけど,読んだことはない。一度は読んでみたいけれど。」そんな本は,誰にでもあるはずだ。私にとっての「その本」は,ヤングリポートという名前の一本の報告書だった。
 私がヤングリポートという資料の存在を知ったのは,今から10年近く前のことだ。今日では毎日のように新聞やマスメディア上で知的財産という用語を耳にすることができるが,当時はまだまだ「特許」という言葉が新聞の一面を飾ることは少なかった。そんな時代から,現在のようにビジネス上の戦略においても特許などの知的財産を重要視するような考えが徐々に広まって行くにあたって非常に重要な役割を果たしたのが1985年のアメリカ政府の報告書である「ヤングリポート」である。
 1980年代の日本とアメリカといえば,自動車・半導体の日米貿易摩擦が起こり,アメリカは日本の安い工業製品に押されて市場でのシェアを失っていた頃である。この頃のアメリカの貿易赤字については過剰消費も根拠の一つとして挙げられているが,ともかくも対日貿易赤字にあえいでいたアメリカは,「ヤングリポート」と呼ばれる報告書において日本への対抗策の一つとして産業の活性化を目論み,知的財産の保護強化を掲げた。この報告書により開始されたのがいわゆるプロパテント(特許重視)政策である。この政策により,アメリカでは研究成果の保護のための特許の取得がすすみ,結果として投資リスクが軽減されるとともにライセンス料などによる研究開発費の確保が出来,産業界は競争力を取り戻していく。
 翻って日本の話になるが,日本では1990年代後半から,長引く不況脱出のための方策の一つとしてアメリカに倣いプロパテント政策を推進することになる。それが現在の日本の知的財産戦略のはじまりである。このような日本のプロパテント政策の中で,アメリカの不況を救ったと考えられた「ヤングリポート」はバイブル的な存在となり,多くの論稿や会議の場で繰り返し引用されることになる。
 ところがこの報告書は,通称が有名になりすぎて正式な名称があまり知られていない資料の一つだった。現在でもウェブ上で検索できる多くのサイトがこの資料について正式名称なしに通称での引用を続けているのは,実際には原典を確認していないからだと思われる。今ならばインターネットの検索エンジンで簡単にその正式名称を見つけ出すことができるが,当時はまだインターネット自体が普及途上であったし,何しろ「ヤングリポート」そのものが一部の業界でしか知られていない特殊な存在だったので,当時GoogleやYahooを用いて検索しても日本語でのヒット件数は0に近いものになったと思う。いずれにしても「ヤングリポート」は,その内容というよりは存在が日本では重要視されており,その名称を引用することが必要と思われていた資料だったように思う。
 ところで私自身は,自分でこの「ヤングリポート」を探そうとしたことはない。この資料は私にとっても,内容というよりはその存在を知っていることが重要な資料だったからである。しかし,ひょんなことからその伝説の報告書のコピー(昔ながらのタイプ打ちした資料の,コピーのコピーといった風情の情緒あふれる体裁だった)を偶然手にした時の妙な感慨を,私は今でもよく覚えている。「ああ,これがあの有名なヤングリポートか」と思い,思わず当時の業務の合間に不得手な英語を辞書を引き引き読んだほどである。
 今私がここに居るのは,その妙な「感慨」にとても愛着があるからだと思う。私は昔も今も,耳にしたことはあるけれども実際触れたことはないというものに出会えたという感動には中毒傾向があるようである。みなさんにとっての「ヤングリポート」が何であるかはわからないが,私の感じた妙な「感慨」と,それへの中毒症状については,多くの図書館員の方には,きっと共感していただけると信じている。そして,思わず「ヤングリポート」の正式名称を調べてしまった稀有な方はご一報いただけるとありがたい。同病相憐れむ。一緒にあなたにとっての「ヤングリポート」についてもお話ができればと思う。

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