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ナンバー13、2006年 目次へリンク 2006年10月1日発行
特集 情報ポータル
リポジトリを進める視点
―慶應義塾大学での取組みから―
入江 伸(いりえ しん)
メディアセンター本部調査役
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1 はじめに
 2002年に日本で初めて千葉大学附属図書館で取り組まれた「機関リポジトリ」は,2003年度に国立大学図書館協議会から発表された『電子図書館の新たな潮流:情報発信者と利用者を結ぶ付加価値インターフェース』(以下,「新たな潮流」)(参考文献1)において「電子図書館的機能」の最重要課題として提言された。それを契機に2004年度には,国立情報学研究所(以下,NII)と主要国立大学附属図書館の共同事業として「学術機関リポジトリ構築ソフトウェア実装実験プロジェクト」が始まり,リポジトリシステム基盤が準備された。そして,2005年度からは3年間のNIIのプロジェクトとして「次世代学術コンテンツ基盤共同構築事業(Cyber Science Infrastructure)」(以下,CSI)が開始され,今や「機関リポジトリ」は大学図書館における最大のプロジェクトとなっている。
 本稿では,「新たな潮流」の特徴と問題点をまとめ,90年代電子図書館から「機関リポジトリ」までの経緯と論点を整理し,これまでのリポジトリへの取組みの中で考えてきたことについて述べる。

2 日本における機関リポジトリ
(1)「新たな潮流」の提言
 2003年5月に国立大学図書館協議会図書館高度情報化特別委員会ワーキンググループから「新たな潮流」が発表された。これは,国立大学附属図書館として,90年代の電子図書館を評価し,2000年代に向けた新たな電子図書館への提言を行ったものである。「新たな潮流」では,「電子図書館的機能」を,「生産者と利用者を結ぶ付加価値を持ったインターフェース」と定義し,国際的に提案されている新しい電子図書館システムの機能を6つにまとめ,それぞれの日本の現状とあるべき姿を提言している(表1参照)。
(2)「新たな潮流」の問題点
 「新たな潮流」は,2000年代における国立大学附属図書館が電子図書館へ向かうための新たなフレームを提言したという点で,重要な意義を持つが,一方で,いくつかの問題をはらんでいた。この問題点とは以下の3つである。
 1)90年代電子図書館を否定的に捉えるだけで,90年代を継承し,新たに展開するための視点が抜け落ちている。
 2)提言実現のため,「競争的プロジェクト推進方式」を提案しているが,組織等の問題を多面的に捉えていない。
 3)多くの新しい機能をとりあげているにも関わらず,機関リポジトリを最重要課題として設定し,電子図書館に画一的なイメージを作り出した。
(3)90年代電子図書館の否定の姿勢
 「新たな潮流」は90年代電子図書館を評価して以下のようなコメントをしている。
 「大学図書館は,新しい電子化へのフレームを作ることができていない」,「90年代から行って来た電子図書館的機能は,一部で先駆的な例もあるが,単館単位で小規模で多くが実験レベルである」,「研究者との連携が弱い」。
 確かに,学術商業出版社が推進した電子ジャーナルや米国で進む電子図書館プロジェクトと比べれば日本の進められてきたプロジェクトは小規模で実験的なものである。しかし,問題とされるべきなのは,実験プロジェクトから運用システムへの移行を実現する戦略の不在ではなかっただろうか。そのように考えてみれば,90年代電子図書館プロジェクトの真の問題は,以下の2点にあったと考えられる。
 ア)プロジェクトが公的助成金と業者委託によって運営され,図書館に予算やスキルを蓄積できなかった。
 イ)図書館におけるシステム部門を外部組織(基盤センター等)へ移すことで,図書館内でのシステム運用能力を低下させた。
 上記の2点は,実験プロジェクトを運用システムへと進める基盤を弱めてしまったことを意味している。「新たな潮流」の提言には90年代電子図書館を政治的に否定する意味があったとしても,具体的な到達点と発展の可能性を評価・分析する必要があったのではなかろうか。
(4)プロジェクト運営方式の問題
 「競争的資金」によるプロジェクト運営は,短期間の成果の評価が重要となるため,事業(委託)採択側からプロジェクトの誘導が行いやすく,短期間で成果を生み出す可能性を持つ。しかし,その成果は実験的で研究的な傾向を持つことが多く,運用システムへ導く地道な作業が評価され難い。また,短期的に成果に結びつけようとするため,実験的な試みが難しく,確実な外部委託に頼る傾向になり,図書館へのスキル蓄積へ結びつかない可能性が強い。
 電子図書館を実用システムへ結びつけるためには,プロジェクト運営方法だけではなく,電子図書館のコンセプト,予算,スキル,組織などの問題を多面的に検討する必要がある。
(5)リポジトリを最優先(唯一の)課題とした問題
 「プロジェクト型推進」の提言では,英国が進めたeLibプログラムを模範的なモデルとして紹介している。このプログラムは,電子図書館における多様な課題を取り上げ,電子図書館の可能性を広げていることに意義があり,リポジトリに課題を絞ったプログラムではない。それ以前にその予算規模が大きいことに,電子図書館への強力な政策の存在を感じる。
 電子図書館へと向かう多様な取り組みの中で,リポジトリは課題の一つではあるが,唯一の課題ではない。リポジトリを進めなければ電子図書館が進まないという発想や,図書館の最大の問題がリポジトリであるという考え方は,多様な取り組みを否定する危険な傾向である。

3 リポジトリについて考えてきたこと
(1)リポジトリの経過
 リポジトリという用語は,この数年の間にその意味を変えながら大規模な事業となった。千葉大学がリポジトリに取り組み始めた2002年は,NIIが進めるメタデータデータベースが行き詰まっている時期であったため,機関リポジトリというよりもメタデータデータベースの分散システムとしてとらえられ,OAI-PMH(参考文献2)というメタデータ交換プロトコルが中心的に議論された。その後,SPARCと結びついた,オープンアクセスへの動きとして「機関リポジトリ」が注目されるようになり,商業出版社に対抗するためのグリーンジャーナル(参考文献3)収集が目標とされ,紀要収集はリポジトリではないとの主張もきかれる。
 一方で,国立大学の法人化の動きや,産業界・地域への大学の説明責任へ広報用システムとして,その必要性を議論されることもある。
 2005年度からCSI委託事業でリポジトリに取り組む大学図書館が増える中で,成果(登録件数)を出すために,手間のかかるグリーンジャーナルではなく,紀要が中心的なコンテンツとなることは避けられない。リポジトリは何なのかという議論は現在も続いている。
(2)筑波大学の紀要プロジェクトとリポジトリは何が違うのか
 2005年のCSI成果発表会において,筑波大学が紀要プロジェクトのコンテンツをリポジトリへ登録したため,世界最大のリポジトリになったと発表された。紀要プロジェクトとリポジトリの違いは何かという質問に,リポジトリではOAI-PMH等のインターフェースでメタデータの相互運用性が確保されることと説明がなされた。「新しい潮流」でリポジトリへのコンテンツとして否定された紀要プロジェクトとリポジトリとの違いを考察するために,リポジトリ構築ソフト(プラットホーム)である,Dspace(参考文献4)開発の目的を「DSpaceオープンソースの動的デジタルリポジトリ」(参考文献5),「スーパアーカイブは全ての研究成果を保持しうるか」(参考文献7)の2つの初期の論文から整理してみると以下のようにまとめられる。
 ア)教育・研究のコンテンツはデジタルデータとして作成されている。
 イ)ボーンデジタルのコンテンツは,既存の出版ルートには乗らないで消滅してしまう。
 ウ)ボーンデジタルの新しい出版と保存モデルとして開発する。
 上記の通り,DSpaceはそもそも紙の流通に乗っていないボーンデジタルの学術コンテンツを収集し出版・蓄積するモデルとして作られている。90年代紀要プロジェクトは紙をデジタル化しアーカイブするモデルであったが,2000年代は,学術コンテンツを生産・流通サイクルの構造変革を進め,教育・研究の手法も含めた新しいモデルを構築することにある。ここに,90年代電子図書館とのリポジトリとの取り組みの違いがあると考えられる。
(3)デジタルデータ長期保存庫としてのリポジトリ
 リポジトリは,ボーンデジタルの学術コンテンツの相互運用を可能とする学術コンテンツアーカイブであり,長期保存庫でもある。米国図書館業界は,PREMIS(参考文献6)などの,デジタルデータの長期保存(アプリケーションとしての再現可能性も含む)に関する大きなプロジェクトを進めている。
 日本の図書館は目録データなどのメタデータとしてテキストベースのシステムを運用してきた。しかし,リポジトリは,テキストだけでなく画像や動画,CG,統計データ等あらゆるデータを対象とする。これまでとは比較にならないデータを長期的に保存するために,図書館には高性能で大量のストレージが必要になる。リポジトリを始めるためには,数十万円のサーバで十分かもしれないが,それではデジタルデータを長期保存する責任を果たせない。
 近い将来,書庫問題だけではなく,大量のデジタルデータを保存するためにストレージ問題が新しく発生するだろう。これに耐えられるかどうかが電子図書館への最低限の資質となると考えられる。
(4)図書館は何を収集するのか
 CSI事業での取り組みで特徴的なのは,図書館での事業ではなく,大学の事業として取り組む所が多いことである。そこに大学の指導性は見えるが,図書館としての戦略が見えてこない。
 図書館は何を収集し,リポジトリに蓄積するべきなのだろうか。これは,この変革の時代に,新しく創造される学術コンテンツのサイクルの中で,図書館はどのような役割を果たしていくのかという問いでもある。学術コンテンツ流通のサイクルにおけるステイクホルダーには,研究者・教育者・学会・出版社・大学・図書館・書店などが挙げられる。これらの中で図書館はどのような特性を持ち,どのような役割を担うのかを考える必要があるだろう。
 これまで図書館が収集してきた学術コンテンツの特性として,学外学術コンテンツ,評価の安定したコンテンツ(公刊された図書や雑誌),多分野などが挙げられる。機関リポジトリは,学内で生産されるボーンデジタルコンテンツというこれまでとは全く異なる特性をもつ資料を収集する必要がある。これらの学内で生産されるボーンデジタルのデータは,コンテンツとして固まったものとは限らない。図書館は長期保存という重要な使命を持つため,修正可能なコンテンツを全て収集することは混乱を招く可能性がある。
 紙での流通モデルは,その時点でコンテンツを固定してしまうという重要な特性があるが,デジタルで複製や修正が容易なメディアではその信頼性の保証が重要な課題となる。
 現在,図書館では,シラバスなどの教育コンテンツは収集対象としていないし,教育のための教材を提供するサービスは行っていない。今後,eラーニングやデジタルコンテンツを使った教育が普及すると,そのための素材やその蓄積が重要になってくる。図書館がその分野に関わっていくかどうかは,大学における役割分担についての議論によるだろう。(参考文献7
 慶應におけるリポジトリでは,当面収集するコンテンツについて以下のように考えている。
 ア)出版モデル改革による学内出版物の網羅的収集
 イ)有期プロジェクトの成果の収集
 ウ)図書館でのデジタル化コンテンツの収集
 エ)新しいメディアへの対応
(5)新しいコミュニティーの形成
 リポジトリプロジェクトを進めるために,様々な学会や研究者と意見交換を行ってきたが,リポジトリは図書館にとって新しいコミュニティーを作る契機となると感じている。これまで図書館が,学会や出版会・研究者と意見交換する機会は限られていた。しかし,リポジトリ事業は,出版過程の改革でもあるため,意見交換の機会が増える。慶應のリポジトリシステムに,理化学研究所がオープンソースとして開発するXooNIps(参考文献8)を利用することになったのもそのような過程の中から生まれてきたものである。こうした取り組みからも,図書館的な固定観念から抜け出し,GoogleやAmazonなどの進める最新のサービスへの対応の必要性を強く感じている。
 インターネットが,多様なコミュニティーを作りだしているように,日本におけるリポジトリの最大の成果は,新たなコミュニティーの可能性を作りだしていることではないだろうか。

参考文献
1)国立大学図書館協議会.電子図書館の新たな潮流.(オンライン),入手先<http://www.soc.nii.ac.jp/anul/j/publications/repor
ts/74.pdf>,(参照2006-07-01).
2)国立情報学研究所メタデータ・データベース共同構築事業.OAI-PMHのNIIメタデータ・データベースへの適用について.(オンライン),入手先<http://www.nii.ac.jp/metadata/oai-pmh/>,(参照2006-07-01).
3)竹内比呂也.学術コミュニケーションの現状と改革.(オンライン),入手先<http://www.lib.kanazawa-u.ac.jp/sympo2005/01takeuchi.pdf>,(参照2006-07-01).
4)MacKenzieSmith.オープンソースの動的デジタルリポジトリ.(オンライン),入手先<http://www.nii.ac.jp/metadata/oai-pmh/dspace/>,(参照2006-07-01).
5)ジェフリー・R.・ヤング著;尾城孝一訳.“「スーパーアーカイブ」は全ての研究成果を保持しうるか”.(オンライン),入手先<http://mitizane.ll.chiba-u.jp/curator/about/superarchive.pdf>,(参照2006-07-01).
6)カレントアウェアネス-E,デジタル資料保存リポジトリの現状と戦略―PREMIS報告書.(オンライン),入手先<http://www.ndl.go.jp/jp/library/cae/2004/E-47.html#E258>,(参照2006-07-01).
7)入江伸.図書館における貴重書デジタル化について,進化するアーカイブ:慶應義塾大学デジタルアーカイブ・リサーチセンター報告書.2001-2006, p.111-114.
8)XooNIps official site.(オンライン),入手先<http://xoonips.sourceforge.jp/>,(参照2006-07-01).

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