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ナンバー13、2006年 目次へリンク 2006年10月1日発行
海外レポート
多倫多(トロント)大学図書館探訪記
―ローカルな図書館のグローバル・スタンダード―
島田 貴史(しまだ たかし)
日吉メディアセンター係主任
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1 システム志向とサービス志向
 トロント大学図書館(University of Toronto Libraries,以下UTL)に関する筆者のイメージは「システム志向」な図書館である。一つ一つのサービスを組み立ててシステムを構成するというよりは,全体を俯瞰する視点から大枠を設定し,その中にサービスを落とし込むというスタイルである。例えば,図書利用券への電子マネー導入では,延長開館をする(大枠)1)効率的な運営のために貸出・返却業務の無人化が必要(目的)2)自動的な延滞金処理のために電子マネーの導入(手段),というように循環運動をなしている。これは,義塾図書館の1)自動貸出機は導入したが,対面での貸出も並行する 2)ポスト返却はあるが未収金の問題に悩まされる,というスタイルと大きくは異なる。つまり,義塾図書館は,初めに「サービス」ありき,といった趣である。
 この点について甲乙をつけることには意味が無い。スタイルの問題だからである。それでも,研修を終えた今,UTLのやり方を真似た方が良いと筆者は考えている。その理由は図書館自体が転換期にあるからである。
 非来館型図書館,次世代サービスという言葉を耳にする機会が増えている。現在は,閉架式書架から開架式書架に変化した頃と同じくらいの変革期かもしれない。筆者にはこの流れが面白い。閉架→開架→非来館が,図書館における利用者の自由度拡大の歴史と解釈できるからだ。すると,非来館型図書館とは,自由度の高い(いつでも,どこでも)図書館ということになる。
 システム志向の図書館の強みは「部分の交換」が容易な点である。部品(サービス)は全体(システム)の手段だからである。義塾図書館のようにサービス自体が目的化してしまうと,変更になかなかの困難を伴うのとは対照的である。
 UTLで自由度の高い図書館が出来上がりつつある背景はITと英語(コンテンツ)である。ITはConvenience(便利さ)を,英語は豊富なContentsを利用者に届ける。デジタルの世界では,世界言語である英語の方が残念ながら選択肢が多く,世界言語ゆえにライバルも多いので切磋琢磨の環境にある点も見逃せない。
 図書館の持っている基本性格や環境面でのハンディなどを考慮し,義塾図書館が何を学ぶべきかについて以下に報告したい。

2 UTLの非来館サービス
 UTLの非来館サービスの目玉は「Scholars Portal」であるが,その前にUTLの利用者に触れてみる。ITS(Information Technology Service,以下ITS)のボスであるPeter Clinton氏によると,今時のトロント大の学生気質は1)我慢しない2)時間がない3)結果をすぐに欲しがる4)自分の検索法に自信がある5)紙より電子を好む,であり,慶應の学生と似ている。「ブラウザで利用できないもの=この世に存在しない」という認識の利用者が主役になりつつある。
 この観点に寄り添う形でGoogleに負けない図書館作りに励んでいるのがITSである。ITSは90年代の財政危機(景気後退と大学Expansionによる1校あたりの予算減)の中,増え続ける電子資料への対応という形で設立された部署で,ITSが電子資料のサービスプロバイダー化することにより,外部機関から資金・設備・人材を得るというビジネスモデルである。
 ITSを支えるのがPeter Clintonの哲学である“Put yourself in patron's shoes(お客様の立場に立って考えなさい)”だ。実際,Robarts図書館7階のITS事務室入口には白くペイントされた靴のオブジェが飾られている。
 UTLの非来館型サービスの中心は「Scholars Portal」である。80以上の書誌データベースの統合検索システム(一つのインターフェースとエンジンで検索可能),3万タイトル以上の電子ジャーナル,30万冊に近づくeBookを収集・整理・提供するシステムである(参考文献1)。
 このScholars Portalには,Elsevier社の二つの実験プロジェクトが影響を与えている。Science Server Projectからは「電子的な資料を一箇所に蓄積(ローカルロード)する」というアイディアを,Endeavor Projectからは「統合検索」「リンクサービス」「書誌情報管理システム」の三つのアイディアを得ている。
 Scholars Portalの2005/2006シーズンの目玉がeBookである。Clinton氏の説明では,研究者向けの電子ジャーナルとは異なり,eBookは学生をターゲットとしている。その目的はキャンパス間ILLや教科書コーナーのように利用が短期的に集中する資料と,ティーチング・ホスピタルのような遠隔地へのデリバリーである。
 eBookプロジェクトの課題は1)価格モデルの構築2)出版社のコレクション単位(有る程度のまとまり)での購入3)統一的な提供インターフェースなどである。
 特に,電子ジャーナルの時,「Subscriptionモデル」で利益確保の妙味を知った出版社に対して「One Time Purchase(買切)モデル」を盛んに主張していた点が印象的である。ビジネスモデルを提示し,出版社・代理店と駆け引きを展開するスタイルは格好が良く,合理的である。モデルを互いに提示し合うことで,対話が成立する効果もある。
 Scholars PortalのコンテンツはEzProxyというソフトウェアを介して,いつでも・どこでものサービスを実現している。筆者も,有効期限付きのアカウントを持っており,日本から何不自由なく利用している。中国語や韓国語資料も提供されていて,日本語資料を除けば,義塾図書館のサービスを必要としないほどである。
 このことは我々にとって,実は脅威である。ドライな顧客の目で見た場合,義塾図書館以外に魅力的なプロバイダーが存在しており,そちらのサービスを使いたいという欲求もありえる。委託できない理由が日本語コンテンツの貧弱さ(言語バリア)というのは皮肉である。
 世界言語である英語の上に立つUTLは,Scholars Portalという商品を世界中に売り込むビジネスモデルを構築中である。置かれている環境の差はあるが,今後はこのような猛者たちとの競争に巻き込まれることを覚悟する必要がある。

3 New Librarian
 UTLの人の面での特徴を3つ挙げる。まず,異業種からの参入者の増加である。彼らはNew Librarianと呼ばれる人々である。
 例えば,機関リポジトリでメタデータの付与が必要ならば,データベースの専門家である「データ・ライブラリアン」。電子資料の契約ならば,法律や交渉事に強い「サイトライセンサー」。日吉で実施している情報リテラシー教育なら教育者の素養のある「インフォメーション・インストラクター」といった人々である。UTLでは,新しい業務には新しい人材を,であった。
 図書館員からの転進組も多いのだが,書店・IT企業・広告業界といった民間企業,教員・研究者から図書館が人材を受け入れている。
 その一方で,逐次刊行課やテクニカル・プロセッシング部(選書を除くテクニカル業務,受入・整理など)といった部署が,すっかり「過去の部署」になりつつあった。
 人の面での2番目の特徴が「スペシャリスト」のイメージである。当然,「専門家・専門職」を指す語であるが,そこには一芸に秀でているだけでなく,複数の領域で活躍している人々=「マルチな人々」という印象もある。
 例えば,ITSでWebページの担当者が,OPACの仕様変更という切り口から閲覧サービスの再編成を提案し,医学系図書館のレファレンス担当者が,週の半分はITSに所属してトロント大の機関リポジトリを推進するといった具合である。
 全体から見ると少数派であるが,UTLで新しい領域を担当しているスタッフの多くはこの手のLibrarianが多い。ただし,彼らは「何でも屋」ではない。一分野での専門性が確立した後に他の領域で活躍が期待される専門職である。担当部長は,ITの導入により一つの分野で専門性を身につけるのが昔より容易になった筈で,労働者にも余力があるという見方をしていた。
 人に関する3点目がUTLの人事制度である。UTLには定期的な人事異動という制度がない。ただし,全く異動のない職場の弊害も見られたし,上述した「マルチ」な人々が力を発揮する仕組みも必要である。この目的のために導入されたのが「スペシャル・プロジェクト」である。
 スペシャル・プロジェクトは部署の垣根を越えた業務やUTLが注力したい事業のために設置され,メンバは所属長の承認を得ることなく,プロジェクト主査に人事権がある。
 現在,義塾図書館でも人事制度についての議論がある。筆者は,無条件に専門職制度に舵を切ることには留保したい。UTLを見ていると,出来る人は「マルチ」というのも新しい動きだと思うからである。資料の利用に関して「館」という枠組みが揺れている現在,人についても「地区」や「部署」という枠組みに縛られる必要はないのではないかと筆者は思う。

4 UTLの来館サービス
 UTLのいわゆる「サービス」には見るべきものはあまりなかった。彼らは「システム」志向であり,細かいことは苦手である。従って,UTLの来館サービスにおいても見るべきものはコンセプト,つまり「システム」である。
 中心となるコンセプトはここでも「利用者の自由度」である。図書館を「どのように」使うかは,利用者の自由にある程度任せるという発想である。あちらで流行っている言葉で言えば「場所としての図書館」である。
 Robarts図書館の1階にあるInformation Commons(ITCのクライアント担当にあたる部署。ネットワーク管理は含まない)のボスがMichael Edmunds氏で,あのMarshall McLuhanのお弟子さんである。
 彼の説明によると,非来館サービスの普及により,基本的に利用者は図書館に来なくても十分な情報サービスを受けられるようになった。しかし,それでも図書館へ利用者は日々やって来る。それは何故か?その答えが「人はお互いに交わることを求める存在」である。人は他者と交わることを求め,そのための「場所」を必要とする。図書館のこの役割のことを「図書館の社会環境的側面」と彼は定義していた。
 「場所」という視点で見た場合,筆者は,「カフェ」が欲しい。Robarts図書館だけでなく,トロント市立レファレンスライブラリーにも図書館内に「フードコート(軽喫茶)」がある。勉強をすればお腹も空く。友人と話し込めば喉も渇く。トイレと同じく生理的な現象である。ならば,なぜ,図書館にカフェがないのか?アチラ式に洗脳された筆者には,カフェが無い図書館の方がヘンに見える。少なくともキャップ付きペットボトルの利用は,図書館でのドリンクサービスとして認知されるべきだと思う。また,カフェには「サロン(社交)」の機能もある。図書館とカフェの相性は抜群である。
 次に思うのは,図書館は24時間365日開いていて欲しい。図書館は集う場である。その場が閉まっていては何も始まらない。利用者にとって最も基本的な「サービス」は,資料の貸出でもPCの提供でも,ましてやレファレンスでもなく,図書館が開いていることにある。
 しかし,大学という場を考えた場合,最大の場所的なサービスは「学習サポート」にある。トロント大には2つの大きな郊外キャンパスがあるが,その一つMississaugaキャンパスの新図書館のコンセプトが,まさに「学び」と「図書館」の融合であった。大学において,人が集う有力な理由は「学ぶ」ためである。友達に授業やテストの情報を聞く,ディベートをする,本を読む,全て「学ぶ」ための行為である。この部分に注目し,大学の「ラーニングセンター(授業計画の立て方,記憶力の向上,プレゼンやレポートの技法などをサポートする部署)」と図書館の融合を目指す計画である。
 新図書館の主役は「学習スペース」である。書架は「全て」集密書架となっており,書架スペースで削った分を学習スペースに当てている。学習スペースは各階の窓側に配置し,個人用スペースとグループ用スペースをエリア別に分け,緩衝材として防音性の高い素材が置かれる。静かに勉強したい人も,賑やかにやりたい人も共存できる空間である。資料提供も学習スペースも相談窓口も同じフロアにおいてワンストップである。
 UTLを見ていると,来館サービスと非来館サービスの間には連続性が見られる。利用者に自由な利用のスタイルを提供する,という一点に集約されている。書架(資料)より学習机が欲しければこれを与え,レファレンスサービスより学習サポートが必要ならば役割(人材)を変える,といった転換である。資料や情報の提供から「図書館」という空間をいかにサービス化するか,場所としての図書館の課題である。

5 UTLのマネージメント・スタイル
 研修前はリーダーが強い権限を持った「トップダウン」という印象を持っていたが,実情はかなり異なっていた。まず,義塾図書館に見られるような下からの意見・提案というのがほとんど見られない。むしろ,必死にトップがモノを考え,一般スタッフに理解してもらうために日々苦闘している。「給料の高い人がモノを考える」という言い方がぴったりである。
 また,シニアスタッフには担当業務がある。IT,財務・法務,人事,寄付金,選書,閲覧,レファレンスなどの担当部長がおり,全学の業務を継続的に面倒みている。部課長の業務内容も異動で変更される義塾とは明らかに異なる。
 「改革には時間がかかる」。Moore館長から聞いた言葉である。実際,彼女は20年近くもチーフライブラリアンの地位に居て,継続的な変革をリードしている。ローマは一日にしてならず。この言によると,義塾図書館も本気で改革するつもりなら,40代のチーフライブラリアンが出てきても良いのかもしれない。
 UTLのマネージメント・スタイルについて,あと二つほど述べたい。
 一つはITSである。ITSは非来館サービスで紹介したIT部署であるが,UTL全体の戦略・企画室の機能も有している。これにはMoore館長とPeter Clinton氏の個人的な関係もあるが,ITS自体にUTLのエリート部署という位置づけがある。各部署から選抜されたLibrarianと異業種から参入してきたNew Librarianによって構成される多国籍軍がITSである。彼らがITを基盤として政策の立案を行い,Peter Clinton氏を通してMoore館長に報告され,トップダウンで指示が各部署へ降りてゆく構造である。
 もう一つはスタッフの多様性である。義塾図書館は義塾出身者が過半を占める,まとまりの良い効率的な組織である。一方,ITSだけを見ても,カナダ人・アメリカ人・ポーランド人・インド人・中国人・ルーマニア人など出身背景はバラバラである。他の部局を見ても,中国語資料は中国系,日本語資料は日系(カナダ人とブラジル人)というように「英語」という基盤があれば,柔軟な組み合わせが可能となっている。今回の研修でLibrarianはボーダレスな職業だと初めて知った。
 UTLの人々は多様な故にまとまりがない,とシニアスタッフは日々頭を抱えていた。しかし,多様性の故に変化に強く,新しいアイディアや発想がどんどん生まれて来る。また,UTLはトップ校なので人材育成をしない。ベストの人を連れてくるだけだが,その選択範囲は全世界である。

6 おわりに
 今回の研修で筆者は「黒船」を見た。Peter Clinton氏が私にとってはペリー提督である。彼は何も言わなかったが,「開国」を要求されている気分がした。ヤバいぜ!義塾図書館(日本の図書館)である。

参考文献
1)UTL. “What's new in e-Resources:An Overview”(online), available from<http://main.library.utoronto.ca/eir/EIRwhatsnew.cfm>,(accessed 2006-06-29)

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