戯れに,“塩川雅道”をGoogleに掛けてみる。
―検索結果 約3件(0.06秒)。
“塩川 雅道”―約454件(0.16秒)。
“塩川”―約772,000件(0.04秒)。
“masamichi shiokawa”―約523件(0.33秒)。
減少した結果に一抹の空虚さを覚えつつ何気なく下へ目を遣ると, “本の歴史についてのリンク集 書物全般/書物と図書館の歴史/製本・装丁・挿絵の歴史/文字の歴史印刷技術と聖書の歴史/デジタル書物の歴史などのサイト紹介。Masamichi Shiokawa氏制作…” 見慣れぬローマ字標記の同姓同名が制作した,鏡のように私と趣味を一にするサイト。これは,私の「弁明の書」なのだろうか――。 物心ついたころから,「無限的なもの」に抗いがたく魅了されてきた。黄昏時,同じような曲がり角が幾度となく現れ,常に既視感を呼び起こす小路。あるいは高層ビル群の壁面に規則正しく穿たれた,小さな窓の群れ。いまでも時間さえ許せば,巨大スクランブル交差点を見下ろす喫茶店の窓際に腰掛け,定期的に訪れる拡散と収斂を眺めて数時間を過ごす。 やがて,この私の「無限嗜好」は,ある一つの短編作品によって図書館・書物の世界へといざなわれることになった。ホルヘ・ルイス・ボルヘス(注1)著『バベルの図書館』(参考文献1)である(原典は1944年刊行)。 “(他の者たちは図書館と呼んでいるが)宇宙は,真ん中に大きな換気孔があり,きわめて低い手すりで囲まれた,不定数の,おそらく無限数の六角形の回廊で成り立っている。どの六角形からも,それこそ際限なく,上の階と下の階が眺められる。” 摩訶不思議な描写で始まる物語は,この「バベルの図書館」をさすらう老人の独白によって,驚くべき図書館の全貌を明らかにしてゆく。 “図書館は永遠を超えて存在する” “その書棚は二十数個の記号のあらゆる可能な組み合わせ…のいっさいをふくんでいる” すなわち,「バベルの図書館」は過去・未来といった時間概念を超え,記される可能性のあるすべてのアルファベットの組み合わせを蔵書にもつ完全なる図書館なのである(たとえばaaaaaaaaaa…というようにひたすらaが続く書物も,広大な図書館のどこかに存在することになる)。やがてこの世界では,あるひとりの行為を永久に弁護するためだけに著された「弁明の書」なる書物の存在がまことしやかに信じられるようになるが,当然ながら気の遠くなるような幸運が重ならない限りそれに巡り合うことは不可能に近く,次第に世界は,「バベル」崩壊のごとき失意と困惑に覆われてしまう。 近年,Googleの躍進は目覚しく,図書館の脅威になると目されている。それはもちろん利便性の点で優れているから,ということが1つだが,もう1つの理由として,見えざる力によって瞬時に何百万件,何億件と表示される無限に近い検索結果が,人々に無意識のうちに広大なインターネットへの畏怖を抱かせているからではないか,と,見知らぬ同姓同名のサイトに偶然遭遇したことで思い至った。 限りなく「無限」を感じさせ,使い方によっては莫大な労力を節約せしめるGoogleを手に入れた,「新生バベルの図書館」とも言うべき混沌のインターネット。一方で,物理的にも経済的にも「有限」ではあるが,精緻な情報を提供する現実の図書館。 図書館の未来に関わるライブラリアンの一人として,「有限」のなかにも「無限」の可能性を秘めた次世代サービスを追求していきたい。
参考文献
1)J.L ボルヘス.“バベルの図書館”.伝奇集.東京,岩波書店,1993,p.103-117.
注 1)ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges, 1899〜1986)アルゼンチンブエノスアイレス生まれの小説家,詩人。創作の一方で,遺伝性の視力低下を患いながらも,アルゼンチン国立図書館長を務めた。代表作として『伝奇集』『幻獣辞典』など。他に「無限嗜好」的作家としては,実在しない書物の序文のみを集めた『虚数』を著した,スタニスワフ・レム(Stanislaw Lem, 1921〜2006)がいる。
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