1 はじめに 湘南藤沢メディアセンター(以下,湘南藤沢)で最初に契約制の電子ブックシステムSafari Tech Books Online(以下Safari)を導入してから,早4年が経過した。その間に電子ブックをとりまく状況は様変わりし,世間一般の認識で「電子ブック」といえば,携帯端末で読む「電子コミック」や「電子文庫」になりつつある。しかし大学図書館で扱う「電子ブック」は,パソコンを介して「検索」するコンテンツ=オンラインブックを指すものであり,大学図書館の利用者にとってはいまだ遠い存在と考えられる。この論考では,4年間の導入状況から,大学図書館における電子ブック利用動向を考える。
2 電子ブックの導入2003〜2007 湘南藤沢は,創設当初より電子リソースの導入を積極的に行ってきた経緯をもち,電子ブックに関しても他キャンパスに先駆けて導入してきた。2003年度のSafari, Oxford Reference Online(以下ORO)を皮切りに,2004年度にOCLC NetLibrary(以下NetLibrary),2005年度にGale Virtual Reference Library(以下GVRL),2006年度にSpringer eBook(以下Springer)を導入し,個別タイトルまで含めると着実に契約タイトル数を増やしている。湘南藤沢をはじめ,理工学・三田などの各メディアセンターで購入したタイトルは,医学部を抱える信濃町の契約を除き,全塾利用を可能としている。2007年7月現在,主な契約パッケージとタイトル数は図1の通りである(4500タイトル超)。
3 電子ブック増加の背景 電子ブック導入の主なメリットは,利用者に24時間365日のアクセスと,全文検索機能を提供できることである。電子ブックの契約を行うに際しては,こうした「利便性」を確保することが大前提であるが,図書館側の事情に与するところも大きい。例えばSpringer社の“Lecture Notes in Computer Science(LNCS)”シリーズは,2006年4月に電子媒体のみの契約に移行した。書架の一角を占めていた膨大な冊子群は,その膨張を停止することとなり,書庫スペースの狭隘化対策に効果を発揮している。また,買い切りモデルのタイトルは,予算調整に好適であることから,年度末の購入選択肢としても利用されてきた。総じて,現在のコレクションは「利用者にとって決して不便でない」という建前と,比較的調整しやすいという事務的な理由があいまって形成されている。 管理面でのメリットはまだいくつかある。1つ目は,利用統計の取得が容易であること。主だったベンダーはCOUNTER準拠(参考文献1)による電子ブック統計を採用してきているため,統一された項目による比較が可能となる。管理者にとっては魅力的だ。2つ目は,Webサイトや蔵書検索システムに多様なアクセスポイントが提供できること。メディアセンター本部では,2006年10月より,一部の全塾提供タイトルについて,蔵書検索システムKOSMOSII-OPAC(以下KOSMOS)による書誌情報提供を開始した。2007年7月現在ではSafari, NetLibrary, Wiley, GVRLのMARCデータをKOSMOSに搭載している。ただし,KOSMOSにデータを搭載するためには,契約タイトルのMARCデータ調達が必須である。慶應義塾大学では各ベンダーからMARC21データの供給を受けているが,ベンダーによりデータの調達方法や得られるデータの形式が異なっていたり,慶應側のシステムにあわせる作業を行う必要があったりといった部分の対応が難しい。
4 契約モデルと価格 電子ブックの購読契約モデルは,初期の電子ジャーナルと同様,まだ揺れていると考えられる。毎年購読ライセンスを更新するもの,購読権を買い切り購入できるもの,複数年の購読契約で永久アクセス権が保障されるもの,コンテンツ価格は買い切りだが,毎年プラットフォーム維持料を支払う必要のあるものなど(参考文献2),枚挙に暇がない。複数の電子ブックパッケージの契約を行うことは,すなわち複数の複雑な契約形態を同時に進行させることでもある。利用統計を睨みながら評価を行い,契約を更新あるいは買い足しを行っていくことは,合理的で正しい姿勢であるが,契約モデルも内容もプラットフォームも契約先も条件もすべてが異なるため,現場は混乱しがちである。 とはいえ,昨今の厳しい予算内でやりくりするためには,条件に応じた柔軟な価格モデルが提供されることが望ましい。あくまで希望であるが,例えば,コンテンツで使用する言語を母国語としない機関には割引価格を提供する,主題に応じた人数でFTE数を換算する,購読型モデルのみを提供している場合は買い切りモデルも同時に提供する,など。「契約が複雑」であることに文句をいっておきながら,「価格は柔軟であってほしい」というのは虫がよすぎるようだが,ベンダー側にも考慮してほしい部分である。
5 利用動向 実際に,電子ブックはどの程度利用されているのだろうか。図2は,2003年度以降4年間の利用統計である。上部は2006年度にKOSMOSまたは電子ジャーナル検索システムへタイトルデータを搭載した,下部はデータを搭載していなかったパッケージである。 上部では,2006年度におけるSafariおよびNetLibraryのアクセス数が,前年度と比較して倍増している。あと数年経たなければ細かく分析することはできないが,OPACへのタイトルデータ登録は,利用数を伸ばす有効な手段であることがわかる。一方で,アクセスポイントが少ない下部タイトルもそれなりに利用はされている。ベンダーにより集計方法が異なるため,単純に数値の合計や比較はできず,実際の利用が多いか少ないかの判断はつきにくい。しかし,パッケージ別のタイトル数とアクセス数を比較する限り,残念ながら電子ブックはそれほど利用されているとはいえないだろう。その原因としては,「日本語資料がないから」「研究分野に関するものがないから」「使いにくいから」「アクセスしにくいから」「知らないから」などが考えられる。 日本語タイトルに関しては,数年前から辞書・事典類のコンテンツ提供が始まっているが,まだ数少ない。学術的なタイトルとしては,JapanKnowledgeによる東洋文庫シリーズや,丸善による「化学書資料館」などがリリースされており,また近々NetLibraryに日本語コンテンツが登場する。そう遠くない将来,図書館が学術的な日本語の電子ブックを大量に提供できる日が来ることは予想できよう。ただし,導入できるか否かは別問題である。 分野に関しては,導入済みの電子ブックは理工学・自然科学の主題が主で,しかも英文タイトルに偏っている。NetLibraryに一部,社会科学系(ビジネス)が含まれているのみで,人文科学系にいたっては,GVRLやOROのレファレンスブックを除き皆無に近い。三田・日吉・湘南藤沢キャンパスで多数派を占める人文・社会科学系の学生にとってはあまりメリットがない。 利用プラットフォームの形態は,(1)独自システム,(2)既存の電子ジャーナルシステムに共存するもの,に大別されるが,各ベンダーによってインターフェースがかなり異なる。それぞれ全文検索機能や,「しおり」「メモ」を残す工夫などが満載だが,日本の大学生が気軽に利用できるような「かたち」には至っていないように思う。 色々挙げてはみたが,利用されない最大の要因は,学生や教員が「電子ブック」の存在を知らないことである。KOSMOSにタイトルが搭載され,データベースのリストにもリンクが載っているとはいえ,いずれもメディアセンターのWebサイトにアクセスしなければならない。そもそも図書館のサービスや電子リソースの存在すら大して知られていないのに,電子ブックまでたどり着いてくれ,というのはどだい無理な話である。図書館のアピール力の弱さを痛感させられる。 導入コンテンツの主題や言語が限られている現時点では,電子ブックを大多数の学部生に広くアピールするよりも,情報リテラシー教育の常道としてよくいわれているように,利用層のターゲットを絞ってアプローチしていくほうがよいようだ。「利用されていない」わけではないのだから,単に,ターゲットとなるべき層の認知度(参考文献3)およびニーズの発掘が足りていないとも考えられる。当面は,自然科学系分野を専攻する学部上級生,大学院生,研究者,留学生などを中心に広報していくべきであろう。
6 おわりに 湘南藤沢のレファレンスデスクでは,時折「(カレントな日本語図書の)本文から蔵書検索ができるシステムはないか」と質問されることがある。タイトルや著者名,分類番号など,特定の項目からしか検索できないKOSMOSに対しては「全文検索できないの?」と不満顔だ。彼らにしてみれば,Amazonの「なか見!検索」や,Googleブック検索日本語版(参考文献4)のように,本のなかみを検索できる時代がやってきているはずなのに,なぜKOSMOSではそれができないのか,というわけである。 現KOSMOSでテキスト本文まで検索できるに至らない理由を諄々と説明しながら,またいずれはそういったシステムが登場するだろうことは予想しながら,それでも電子ブックが紙の本に完全に取って代わることはないと思うのもまた事実である。多くの(欧米の)一般図書が電子ブック化した今日でも,その主たる用途は依然としてレファレンス的な要素,「調べる」「見つける」ことにあるように思う。正直なところ筆者個人は,現状のPCディスプレイで本を「読む」気にはあまりなれない。現在の電子ブックは,「読む」よりはむしろ,必要な部分を調べたり,あるいは研究にとって必要であるかを判断したりすることに主眼を置いている。“読むのは紙(またはケータイ?)で,引くのはPCで。”今後,大学生や研究者による「本」の利用は,目的別にはっきりと区別されていくことになるのかもしれない。紙と電子の「図書」をどのようなバランスで収集していくべきなのか,両媒体の収集が不可能な場合は,どちらのほうが利用者に求められているのか,そして利用してもらうにはどうしたらよいのか。いずれにせよ,オンラインの電子ブック利用はいまだ端緒についたばかりである。日本の大学図書館が,数々の課題をクリアして,欧米の大学図書館が歩んでいる道を亜流にたどっていくことは想像に難くない。願わくはなるべく平坦な道のりを歩んでゆきたいものである。
参考文献 1)電子ブックの利用統計に対応したCOUNTER実務コードは2006年3月にリリースされた。 COUNTER.(オンライン),入手先<http://www.projectcounter.org/>,(参照 2007-07-09).
2)青木均.“電子ブック価格モデルの現状(特集 電子ブック)”.医学図書館.vol.53, no.4, 2006, p.368-370.
3)国内大学図書館における電子ブックの認知度調査については以下が参考になる。
澤典子.“電子ブックの導入―STAT!Refをはじめとして(特集 電子ブック)”.医学図書館.vol.53, no.4, 2006, p.371.
4)2007年7月6日,Googleブック検索の図書館プロジェクトに,アジアで初めて慶應義塾図書館が参加することが発表された。電子化される対象は著作権保護期間の満了した和書約12万冊である。 Googleブック検索図書館プロジェクト.(オンライン),入手先<http://books.google.com/intl/ja/googlebooks/ library.html>,(参照 2007-07-09).
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