1 はじめに
(1)なぜ,今図書館広報を考えるのか メディアセンターでは,ホームページやメディアセンターニュース,館内掲示といった種々の媒体を通じて利用者への広報を行なっている。しかし,大学の一組織として将来的にサービスを発展させていくためには,こうした既存の利用者を対象とした広報のみならず,広く学内一般を対象としたPRを行う必要があるのではないだろうか。教員や職員のメディアセンターへの理解を深め,その存在意義を効果的にアピールするにはどうしたらよいか,今後の図書館における広報の方向性について,事例の検討を通して考えてみたい。
(2)図書館と大学の現状 図書館と大学の現状は決して楽観できるものではない。電子ジャーナルやデータベースの価格高騰が図書館予算を圧迫していることは言うまでもないが,それだけでなく,資料を十分に提供するために必要なコストは上昇する一方である。大学間の競争は激化しており,多くの大学は財政の更なる緊縮化を検討している。このような状況下で図書館予算の大幅な増加を望むことは難しい。 他方,利用者の図書館に対する認識も十分であるとはいえない。インターネットやGoogleがあれば図書館は不要であるという意見は根強く存在する(参考文献1)。図書館のサービスは利用者に十分に知られておらず,価値のある情報には対価が必要であるということが認知されていないのである。 また,図書館員自身の認識不足もある。従来“図書館員はより良いサービスとコレクションの提供に専念していれば良い”(参考文献2)という考えが主流であったが,図書館と大学をめぐる環境が変化している現状では,積極的に図書館の存在をアピールしていく必要がある。
2 広報のあるべき姿
(1)図書館広報の定義と現状 このような現状をふまえ,図書館における広報活動について再考するにあたり,まずは図書館関係の団体による定義を確認したい。『図書館情報学用語辞典』によると,広報活動とは“図書館のPR活動の一つで,サービス対象者に対し,まず図書館の存在を知らせ,図書館の概要,規模,蔵書,サービス内容などをアピールする活動”(参考文献3)であると定義されている。また,『図書館ハンドブック』には,広報とは“事業内容や商品などを,さまざまな媒体を通じて人々に広く知らせること(略),知らせることによって人々に理解されること(略),理解されることを通じて社会的な関係を築いていくこと”(参考文献4)であると説明されている。 しかし現状の広報は,図書館に直接来館する利用者を対象とした,サービスそのもののPRがメインとなっている。図書館の「存在を知らせ,アピール」はしているものの,「理解され,社会的な関係を築いていく」という点においては不十分ではないだろうか。“広報=存在を知らせる活動(宣伝活動)”という認識に囚われることなく,さらに一歩先の「理解され,関係を築く」段階を目指すためには,広報活動そのものの捉え直しが必要である。
(2)ステークホルダーを対象とした広報 「人々との社会的な関係を築く」,つまり図書館のプレゼンスの向上を図るためには,学生を中心とした既存の利用者のみを広報の対象とするのでは不十分である。そこで,広報活動そのものを捉え直すにあたって,ステークホルダー(stakeholder)という概念を導入したい。ステークホルダーは利害関係者という意味であり,企業においては株主,従業員,顧客,地域社会などが含まれる。図書館におけるステークホルダーは,学生だけではなく,教員や職員,卒業生も含んでいるといえる。ステークホルダーを対象として積極的な広報を行うことにより,図書館の様々な試みを理解してくれるサポーターを増やすことが可能となるのである。 ステークホルダーの中でも職員は重要な存在である。図書館は「金食い虫」であり,しばしば大学における非採算部門とみなされることがあるが,“図書館の充実”=“学術情報基盤の充実”である。学術コミュニケーションの変貌に乗り遅れないために,つまり大学が今後も競争力を維持していくために,図書館は不可欠の存在なのである。この認識を大学における共通のものとするためには,図書館と大学の他部署との乖離を無くす必要がある。そのためには,多くの大学で策定しているミッション(中期計画,将来構想)と図書館のミッションとを関連付けることが有効である。大学のミッションと関連付けながら図書館の価値および費用対効果を明らかにし,どんな人的・財政資源が必要なのか,短長期的なコストを考えつつ図書館のミッションを策定していくのである。目標は図書館のプレゼンスの向上であり,図書館は(コストはかかるが)役に立つ存在であるというアピールである。このような広報の過程は戦略的に行わなければならない。この“戦略”に不可欠な要素について検討していきたい。
(3)広報に不可欠な要素とは
a マーケティングという概念 それでは,戦略的に広報活動を行なっていくためにはどうしたらよいのだろうか。種々の文献を検討する中で浮かび上がってきたのは「マーケティング」という概念である。規模も立地も異なる様々な図書館が,このマーケティングという概念を導入することでプレゼンス向上の糸口を見つけていることが分かった。従来の広報活動が“存在を知らせる”という段階で留まっていたのは,この概念が欠落していたからに他ならない。新たなターゲットを視野に入れ,戦略的に広報活動を行なっていくためには,マーケティング概念の導入が必至であると言える。
b マーケティングに対する誤解 このように必要不可欠ともいえる概念が,これまでの広報から抜け落ちてしまっていたのは何故か。それは「マーケティング=販売(セールス)」というイメージが強いせいであると考えられる。マーケティングとは「顧客のニーズに応えるための一連の活動」を指し,調査・分析,戦略設計・企画,宣伝・広報,営業,販促といった活動を含む。つまりマーケティングとは,広報において不可欠な要素というより,むしろ,広報そのものがマーケティング活動の一部であり,マーケティングに包括されるものであるといえる。「理解され,社会的な関係を築いていく」ための広報は,「顧客のニーズに応えていくための一連の活動」に含まれるのである。 しかし,このように広報とマーケティングとは不可分な関係にあるにも関わらず,図書館員自身もその販売/セールスのイメージによって,図書館とマーケティングとは無関係である,と誤解してきてしまった。物同様,サービスもまたマーケティングの対象である(参考文献5)という認識が希薄であり,自分達がセールスパーソンであるという意識を持たない者がほとんど(参考文献6)である。このようなマーケティングに対する無関心や苦手意識を打破しない限り,効果的な広報活動は望めないだろう。ステークホルダーのニーズに応え,図書館に対する理解を得るために,具体的な事例について検討していきたい。
3 事例の検討
(1)大学図書館における事例 「理解され,社会的な関係を築く」ことで目指すのは,認知(visibility)と支援(support)の獲得である。この目的を実現するために,他の大学がどのようにターゲットを明確にし,戦略的に意思決定を行なっているか,事例を通じて見ていきたい。 学生向けとしては図書館グッズの配布や学生向けのイベントの実施(参考文献7)といった試みがアメリカで多く報告されており,日本でも徐々に取り組みがはじまっている。卒業生向けとしては,マサチューセッツ工科大学の事例(参考文献8)のように,目的を図書館に限定した寄付の呼びかけが行われる場合が多い。しかし,ステークホルダーとして重要な存在である職員を対象とした広報の事例は,現時点では非常に少なく,発展途上である。日本では,東邦大学メディアセンターにおいて,図書館主催で学部合同の学術集会を実施し,学校法人に図書館の存在を印象付けて効果が見られたという報告がある(参考文献9)。アメリカではGeorge Washington Universityにおいて,ネットワークの導入期に図書館スタッフが各部署に出張し,図書館サービスのデモを実施したという例が見られる(参考文献10)。マーケティングの視点に立ち,ターゲットを明確にし,戦略的に職員に向けて図書館サービスをアピールした例としては,University of Michigan at Dearbornの事例(参考文献11)が興味深い。この取り組みはパイロットプロジェクトとして,大学の調査部門の職員を対象として実施された。この部門の主な業務は統計データや情報収集であり,この点で図書館の協力が効果的であると考えられた。まず,ニーズ分析のために,アンケート調査とインタビューを実施し,仕事の内容や目的,有効と考えられる情報源の把握を行った。その結果,冊子体よりもインターネット上の情報が好まれることが分かった。図書館職員は無料・有料の情報源を収集・評価し,オリジナルなポータルを作成した。このポータルに基づき,調査部門に出向いてデモを行い,一定のフィードバックを得た。一連の取組みのメリットとして,直接の話し合いによって図書館職員と調査部門の職員との関係が深まったことが挙げられている。また,彼らのフィードバックが良好であったため,他の部署も興味を示すこととなった。デメリットとしては,通常業務と兼ね合いながらポータルを維持していくことの負担が挙げられている。「やったらやりっぱなし」では不十分であり,継続とフィードバックが重要なのである。
(2)米国大学図書館協会(ACRL)の事例
a 戦略的マーケティングの導入 次に,図書館のプレゼンス向上のための活動が国全体を挙げて行なわれている事例として,米国図書館協会(以下,ALA)によって展開されている,「@your libraryキャンペーン」(参考文献12)を紹介したい。これは,ALAが最優先課題として掲げる「図書館に対する認識と支援の向上」のために,2002年より行なわれている活動である。ターゲットと目的を明確に設定し,かつメッセージを伝える手段としてロゴやキャッチフレーズを効果的に利用していることから,戦略的意思決定に基づいた広報活動が行なわれていることが伺える。この全米キャンペーンのなかで,さらに館種や対象ユーザーごとにターゲットを絞ったキャンペーンが,それぞれの関連団体とのコラボレーションにより展開されている。その中から,米国大学研究図書館協会(以下,ACRL)の例を取り上げる。 ACRL内に設立された@your libraryタスクフォースは,活動の実施にあたって手引書(参考文献13)を作成しているが,ここでもやはりターゲットと目的が明確に打ち出されている。大学図書館という点で既にターゲットは絞られているが,さらに細かくターゲットを設定しており,一次ターゲットである学生や教職員といった大学の構成員を主とした層に加え,二次ターゲットとして卒業生や保護者,寄付者,理事・役員,政策立案者,さらには地域一般,およびメディアまでもその視野に入れている。キャンペーン全体で使われている「awareness」(認識)と「advocacy」(擁護)という言葉に呼応し,ACRLでは上記のステークホルダーの図書館に対する「visibility」(認知)と「support」(支援)の獲得を目的として掲げている。以上の点からも明らかであるが,手引書,およびその他各種資料を作成するにあたって,タスクフォースは「戦略的マーケティング」の導入を強く意識したと明言している(参考文献14)。計画・広報・評価といったこれまで個別に行なわれていた活動をマーケティングの一連のプロセスとして互いに関連付けて捉えることで,戦略的に,ステークホルダーからの理解と支援の獲得を目指すのである。まずは市場調査を行ない利用者のニーズを把握する。次にその結果を基に戦略的計画を立て,実行に移す。その後はやりっぱなしにするのではなく,その効果をレビューする。さらにレビュー結果と利用者ニーズとを組み合わせて,新たな計画を練っていく…継続的な支援の獲得には,このサイクルの繰り返しが必須である。
b 具体的実践例 手引書には,各ターゲット別に具体例が挙げられているが,そのなかから幾つかを紹介する(参考文献15)。
(a)他部署との連携 図書館が大学の一部であること,図書館の努力=大学の努力であることをアピールするため,積極的に大学行事へ参加する。図書館行事への参加も他部署に呼びかけ,visibility(認知)の向上を目指す。
(b)Good Story(ちょっといい話) 学生や研究者らにとって,いかに図書館が有用であったか,例えば,“賞を取った研究者がこの図書館を利用して研究を行なっていた”といった,相手が心惹かれるような“ちょっといい話”を用意する。図書館と関わりたい,と思わせるようなエピソードをアピールに役立てる。
(c)グッズの配布 マグカップやポストイットといった,日常的に目に触れるものをメッセージの伝達手段のひとつとして捉え,ロゴやキャッチフレーズを載せることで,認知度アップを狙う。
(d)個人的な接触 「他部署のスタッフとのランチ」,つまり,インフォーマルなコミュニケーションの場を設ける。こういった場は,図書館を知ってもらうだけでなく,相手のことを理解するチャンスでもある。つまり,互いのvisibilityを上げる貴重な場であると言える。
4 まとめ
(1)コミュニケーションの重要性 戦略的な広報の実施にあたって,まず必要なのは良好なコミュニケーションであることがわかった。職員に向けて図書館のプレゼンスの向上を図るために,具体的には,他部署の職員との交流会を行う,同期とのつながりを大事にする,入学試験やオープンキャンパスといった大学のイベントに積極的に参加する,新人研修に図書館の案内を組み込む,といった方法が考えられる。図書館は入りづらい場所であるという印象を払拭するために,職員向けにメールで広報したり,業務に役立つデータベースの紹介を行うことも有用だろう。また,職員だけでなく,教員とも日頃から良好な関係を保つことで,図書館の「味方」になってもらうことが出来る。
(2)図書館員の認識 次に重要なのが,広報活動を行なう図書館員の認識である。自分達の扱うサービスが,マーケティングの対象となり得るものであり,認知度向上のためには,人的接触も重要であるということを考えると,いつまでもマーケティングに対して不得手意識を持ち続けてはいられない。図書館サービスにおいては,サービス提供者,つまり図書館員がサービスそのものと認識される側面がある(参考文献16)。つまり,カウンターで利用者と接する機会があるかどうか,大学当局に働きかける立場にあるかどうか,といった立場に関わらず,図書館員一人ひとりが広報媒体である,という意識を持つことが必要なのである。 コミュニケーションの重要性,そして意識の持ち方に加え,大学の中の一組織としての図書館が,大学のミッション遂行のために貢献できることを常に考えることが,図書館のプレゼンスを上げるためのより良い広報活動に繋がっていくのである。
参考文献
1)杉田いずみ.“大学図書館を取り巻く環境変化と図書館の広報戦略”.館灯.vol.45.2007,p.1-7.
2)Spalding Helen H., Wang Jian. “The challenges and opportunities of marketing academic libraries in the USA”. Library Management. vol.27.no.5.2006,p.494-504.
3)日本図書館情報学会. 図書館情報学用語辞典.第3版.東京,丸善,2007,p.69.
4)岸本岳文.“5 図書館の広報活動”.図書館ハンドブック.第6版.東京,図書館ハンドブック編集委員会,2005,p.126.
5)Siess Judith A. “2 Doing the ground work:Marketing”. The visible librarian. Chicago, ALA. 2003,p.15-51.
6)Osif Bonnie A. “Branding, marketing, and fundraising”. Library Administration and Management.vol.20.no.1.p.39-43.
7)Siess Judith A. “The visible librarian”. Annals of Library and Information Studies.vol.51.no.1.2004,p.42.
8)呑海沙織.マサチューセッツ工科大学の図書館運営.vol.95.no.2.2001,p.120-122.
9)山口直比古.“東邦大学メディアセンターにおけるアイデンティティ創り”.情報の科学と技術.vol. 56.no. 2.2006,p.58-61.
10)Stebelman S., Siggins J., Nutty D., Long C. “Improving library relations with the faculty and university administrators”. College and Research Libraries. vol.60.no.2.1999,p.121-130.
11)Wang J.“Promoting library services to campus administrative officers”. College and Research Libraries News.vol.62.no.2.p.193-197.
12)ALA. “Campaingn for America's Libraries”.(online),available from <http://www.ala.org/ala/issuesadvocacy/advocacy/publicawareness/campaign@yourlibrary/index.cfm>,
(accessed 2009-01-08).
13)ALA. “Academic and Research Library Campaign”.(online), available from <http://www.ala.org/ala/issuesadvocacy/advocacy/publicawareness/campaign@yourlibrary/academicresearch/academicresearch.cfm> ,(accessed 2008-06-10).
14)Marks K.“Engaging patrons through strategic marketing”.Library Connect, vol.1.no.3.2003,p.4.
15)13)に同じ.
16)Adeyoyin Samuel O. “Strategic planning for marketing library services”. Library Management.Vol.26.no.8/9.p.494-507.
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