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ナンバー15、2008年 目次へリンク 2008年10月1日発行
ティールーム
本との正しい別れ方
山崎 信寿(やまざき のぶとし)
理工学部教授
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 本を捨てるのは勇気がいる。恐竜の歩き方から靴や椅子などの製品開発,そして科学技術日本語教育まで,雑多な研究領域と好奇心から様々な本を買い込んできた。
 ぶらりと寄った書店の棚で,生物や物作りについてのマニアックな本に出会うと,思わず買ってしまう。物作りの基礎となる社会や文化関係の本も良く読む。書評につられて様々なジャンルの本を買い込むことも多い。日本語教育関係の本は寄贈されることが多いが,語彙や文体調査,例文作成のために,専門基礎テキストや教養書,辞典・辞書類を集めた。また,多くの企業とのつき合いから,創業何十周年という立派な本が送られてくることもあり,異分野の知人からの魅力的献本も多い。もちろん,専門の機械工学や人間工学,人間や動物の解剖書,建築や技術史の本など,大学の個室にも自宅の書斎にも,様々な本が並んでいた。
 しかも,そのほとんどの位置を覚えていたため,「どこにどんな本があるから,その著者を教えて」などという電話を掛けることもしばしばあった。それどころか,片付け好きの私は,地下室から屋根裏までのどこに何があるかわかっており,家族の質問にも,即座に的確に答えることができた。
 しかし,今やすべて過去形なのである。今年の春の研究室の大改修と,連休中から始まった自宅の省エネ化リフォームのための引っ越しを機に,それ以前の何ヶ月もかけて,本も荷物も着々と処分した。
 本を減らすにはコツがある。関連分野の方々には怒られるかも知れないが,私は以下のようにした。
 1. 貴重な本は惜しがらずに知り合いにあげる。絶版になった名著,古典的論文,歴史的図書など,段ボール5箱分ぐらいは喜んで引き取られていった。
 2. コンピューター,ロボット,人類学など,新技術・新発見が相次ぐ分野の本は,さっさと捨てる。
 3. ハウツー物も,経験的にほとんど役に立たないので捨てる。これからは,何事も安直な道などないと自分に言い聞かせ,買わないようにしよう。
 4. 明らかに発行部数が多い記念本・雑誌類なども捨てる。雑誌は,基本的に旬のネタで成り立っているので,見直すことはほとんどない。
 5. かさばる辞典・辞書類も,ありきたりのものは処分する。インターネットで検索すればほとんどわかる時代になった。
 6. 自分が書いたもの,掲載雑誌,報告書などは誰も見ないので捨てる。ついでに,賞状,記念品,アルバムなども捨てる。アルバムを捨てたというと,びっくりする人が多いが,人生の折々のベストセレクションは,悲しいことに1冊分にもならない。この達観は,両親が旅だった後の荷物を一人で整理していてしみじみ思ったことである。子供が処分に悩むような物は,親の責任として残さないようにしよう。妻も賛同し,かさばるアルバムは激減した。
 7. 大学では,これらに加えて古い講義資料や教科書,会議資料,各種報告書,パンフレット類,図書館に保存されている博士・修士論文,学会誌,文献コピー類,過去の研究資料,学会抄録などを,どばどば捨てる。ただし,個人情報には細心の注意を払う。ついでに,長年使わない計測機,器具,材料,什器なども思い切って処分する。
 こうして,私の本や荷物は半分以下になった。家族もつられてかなり頑張り,ご近所にも多くのものが引き取られていった。普段から片付けていたつもりでも,物の多さに圧倒される日々であった。そして,わかったことがもう一つ。娘や妻の本は売れるが,私の本は全く売れない。理系はその時々の真理を語るが,文系は永遠の真理を語るからであろう。
 リフォーム後は,しまってあったロッキングチェアを復活させ,スカスカの本棚を前に安心して新たな本との出会いを楽しみたい。そして,処分した過去ではなく,家族それぞれが,今とこれからに時間と空間を使えるようにしようと,人間工学の知識をフル動員してデザイナーさんを悩ましているのである。無事に迎えた還暦は家族の次の始まりでもある。

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