1 はじめに 「30年後の図書館は一体どうなっているのだろうか?」「われわれの子供や孫はどのように図書館を使うのか?」 この問いは,トロント大学図書館(以下,UTL)が現在開発中のDiscovery systemを検討するワーキンググループの会合の初回に,そのメンバーに対して投げかけられたものである。2007年9月から2008年2月までの半年間の研修の中で,最も考えさせられた印象的な問いであった。 30年後には図書館はもう存在しないだろうと答える人もいるかもしれないし,図書館という名前ではなく,別の名前で存続すると考える人もいるかもしれない。どちらにしても,今のままで30年後を迎えられると考える人は少ないのではないだろうか。この問いに答えるためには,図書館とはそもそも何か?を考える必要があるように思われる。例えば,根本は,図書館とはコレクションがあり,何らかの形で公開されていて,複製された情報を扱うものであると定義している(参考文献1)。この定義を広くとれば,Googleなどに代表される検索エンジンも含まれるだろう。だからこそ,今,図書館は何をするものかが余計に問われるのではないか。図書館はその名の通り,主には図書をコレクションしてきたが,それは,図書という形態に収められた知識・情報をコレクションしてきたのだと捉えることもできる。知識や情報がデジタルな形で流通することが,当たり前となった今,これらを集め,保存する仕組みがどこかに必要である。図書館がその役割を果たすのか,それとも,また別の機関が新たに現れるのか。個人的には,図書館がこの役割を果たすべきだと考えている。そして,その基盤の上で,情報と情報,情報と人との橋渡しを担うべきではないだろうか。
2 UTLの方向性 実際にUTLが目指していた方向とはどんなものだったのか。これをまとめてみたのが,以下の5つである。 方向1:Scholars PortalにおけるE-Bookの提供 方向2:Discovery systemの開発・実装 方向3:書籍の大量デジタル化 方向4:場としての図書館の追求 方向5:Faculty liaisonの推進 これらは,一つ一つは異なるプロジェクトだが,まとめて見ると図書館全体としての大きな方向性を示すものとして捉えられるのではないかと思う。つまり,資料自体のデジタル化を積極的に進めつつ,これらを含め所蔵する資料を一つにまとめて簡単に分かりやすく検索・利用することができる環境を作り,図書館の建物そのものは,利用者の滞在・学習スペースとしての機能を強め,さらに利用者である各教員や院生との関係を分野ごとにきめ細かく構築し,図書館の学内での存在感を維持・強化するということである。
(1)電子ジャーナルの次は電子ブック UTLの「Scholars Portal」は,オンタリオ州のコンソーシアムであるOCULに対してサービスを展開するものである。複数のベンダーの電子ジャーナルや抄録・索引データベースをローカルロードし,それらを一括提供する他,ILLサービス,SFXやRefworks,Verdeなどのツール提供なども行なっている。 このScholars portalの次のターゲットはE-bookということで,ちょうどその新しいプラットフォームの選定が行なわれていた。既に,パイロットプロジェクトとして,MyiLibraryのサイトでサービスが行なわれていたが,結果として選ばれたのはebraryの方であった。このプロジェクトのポイントは,対象となる電子ブックが様々な出版社から今現在出版されているものであり,これらを一つの窓口から利用できるという点である。パイロットプロジェクトの際の調査によれば,電子ブックの利用は着実に伸びており,図書館開館時間外の利用が15%を占めている。利用された図書のトップ10は,様々なジャンルに渡っており,UTLが印刷体を1冊も所蔵していないものも含まれていた。
(2)大学図書館版Google Discovery Systemプロジェクトは,利用者が図書館の情報システムを利用し理解するのに困難を感じているという調査結果に基づき,現在ばらばらに提供されている様々な情報システムを利用者に分かりやすく,使い易いものにするべく進められている。UTL以外でも,カリフォルニア大学が次世代総合目録にOCLCのWorldcat localを採用することを決めたり,アイオワ大学やボストン大学はPrimoを入れたりと,各大学で様々なアプローチがとられている。UTLは,様々なベンダーを検討した上で,独自開発の道を選び,最終的に既に図書館での実装実績のあったEndeca社をパートナーとすることを決めた。 システムの実装イメージは図1の通りで,左端にある既存のOPACを拡張するというアプローチをとるのではなく,OPACや,その他のDB,電子ジャーナル類,ウェブ資源等を並べた上に,Discovery systemのための新たな層を形成して,全てを一括して検索させる仕組みとなっている。 彼らは,Scholars portalによって電子ジャーナルの記事全文も,抄録・索引データベースも自分のサーバにロードしている。これらとOPAC,更にはウェブ資源も合わせた形で,全てが一度に検索できるシステム,つまりGoogleの大学図書館版とも言えるようなものを目指している。ユーザーインタフェースに関する要件として挙げられているのも,既に検索エンジンなどで提供されているような機能が多い。将来的には利用者のプロフィールや好みに合わせて,検索結果を出力できるようなものを想定しており,全ての利用者をターゲットにしているということであった。
(3)日々進む,デジタル化 慶應は2007年7月からGoogleのプロジェクトに参加しているが,UTLはMicrosoftのプロジェクトに参加しており,Internet Archiveと協力してデジタル化を行っている。Information Technology Service(ITS)の一角に作業場があり,23台のデジタル化のための機械が並び,総勢54名もの人が働いている。朝の8時半から夜の11時半まで1日14時間,2交代制で稼働しており,1時間に一人500ページ,1週間にだいたい2,000冊の本がデジタル化できる。2004年からこれまでの間に8万冊の本がデジタル化されている。 Internet Archiveはデジタル化した資料をすべて無料で全世界に公開しているが,この作業を行う資金がどこから来ているかといえば,主にはMicrosoftからである。Internet Archiveは,デジタル化の経費を,Microsoftはデジタル化した資料のインデクスを,図書館はデジタル化したファイルをそれぞれ手に入れることができるという構図になっている。 デジタル化された資料は,Internet archiveのサイトで公開されているほか,Scholars portalのE-Book platformに収録され,有料のE-Bookとともに利用に供される予定である。このほかに,オンデマンドプリントなども行なっているということだった。
(4)人のためのスペースへ 4つ目は場としての図書館である。UTLのメインキャンパスであるSt. Georgeキャンパスから車で30分くらいのところにあるMississaugaキャンパスの新図書館は,おととしオープンしたばかりだが,ここのコンセプトは「コレクションのためのスペースから,人のためのスペースへ」である。基本的には研究者用ではなく,学部学生用の図書館ということで,書架は移動式集密書架になっており,利用者のためのスペースを最大化している。24時間開館・飲み物持込可,グループ学習室はウェブから予約でき,30台のラップトップコンピュータの貸し出しも行われている。図書館の中にはAcademic Skills Centre,Technology Centreなどが入っており,利用者教育のための組織が一箇所に集められて,利便性を高めている。利用者にとって申し分のない環境の図書館のように思えるが,利用者サービス調査によれば,騒音についての不満が多いそうで,エリアのあちこちに,「静かにしてください。」という紙が張ってあった。
(5)図書館とファカルティをつなぐ架け橋 5つ目はFaculty liaisonであるが,これは新しいサービスではない。UTLで導入されたのは4〜5年前ということである。ファカルティリエゾンとは図書館とファカルティの間に立って,両者をつなぐものという位置づけであり,レファレンス担当者だけでなく,目録や選書の担当者にも何人かリエゾンライブラリアンがいる。全員が担当分野の学位をもっているわけではなく,この制度を導入した際,それぞれのライブラリアンに興味のある分野について質問し,それに基づいて決めたそうである。特に学位を持っていなくても,興味があれば,それに基づいて専門性を追求することは可能だろうと判断したということだった。この仕事がどれだけ機能するかは,その人のやる気や,環境,分野によるといった印象を受けた。この制度は現在も力をいれられているもののようで,今年のレファレンス部門のTop Priorityにあげられている。この中で,「図書館の成功のためには,ライブラリアンが,ファカルティにつながること,つまりファカルティが,彼らが連絡すべきライブラリアンの顔と名前を知り,覚えてもらうこと,が不可欠である。図書館は,大学全体につながらずにそれ単体で成功することはできない。」と述べられている。
3 あなたは変化を好むか,否か? Information Technology Service(ITS)という部署での研修中,「我々は常に変化を求め,行動し前進する。そのため,我々を嫌う人もいるし,逆に好む人もいる。君は変化を好むか?」と聞かれたことがあった。1990年当時,ITSにはLibrarianが2人にTechnicianが3人だけだったそうだが,今や,総勢40名以上の大所帯である。その代わりに,目録や選書などの部署では,退職した人員の補充が行なわれないという形で人員が削減されている。この辺りにも否応なしに変化せざるをえない図書館の現実が表れている。
4 未来への道標 30年後の図書館がどうなっているか,という問いに対して,絶対の正解というのはありえない。各図書館が,独自のビジョンを持って,前に進んでいくしかない。これまでの様々なプロジェクトの成功と失敗の中から,そして,日々の業務の積み重ねと,新しい技術との組み合わせから,答えは自ずと見えてくるのだろうと思う。 必要以上に過去にとらわれず,未来の「可能性」を探ること。未来への選択肢を仮説としてもちつつ,常に新たな可能性が生み出される余地を残しておくようなアプローチが必要である。学術情報流通という大きな図の中に図書館を位置づけ,常に利用者のために行動しつつ,出来る限り多面的,立体的に未来を捉えたいと思う。帰国して4ヶ月たった今,私がUTLで得たものは,おそらくそうした道標のようなものであったように感じている。 最後に,忙しい中,今回の研修に快く送り出してくださり,折々に励ましてくださった皆様に,心より感謝申し上げます。本当にどうもありがとうございました。
参考文献
1)根本彰.“Digital Libraryは図書館か:ある図書館研究者のインターネット体験”.ディジタル図書館.Vol.2,1994,p.15-32.
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