1 大学組織の特性と評価
大学図書館の評価を考えるにあたっては,まず大学組織自体の評価をみておく必要があろう。
政府や自治体,あるいは病院や学校など利潤追求を第一義的な目標としない「非営利組織」であってもひとつの経営体として効果的かつ効率的な経営管理が不可欠であることは言を俟たない。営利目的の事業活動をしないことは組織の正当性(存立理由)を営利以外の目的に求めなければならない。大学はその目的(使命)として「教育」,「研究」,「社会貢献」をあげるのが一般的である。大学の性格によってはさらに「国際連携」や「医療」といった他の目的が加えられることがある。このような目的(使命)はだれもが反対できないような抽象的表現をとっていることが多いが,組織の目的が複数の場合,当然,そこには優先順位をめぐって考え方の相違や競合が生じる。これは大学の基本的な性格をどのように位置づけるかという価値認識を大学内外の利害関係者(ステークホルダー)が必ずしも共有していないことに由来する。
大学の目的を達成するためにはその下に様々な下位目的がつらなることになり,それぞれがまた競合するという状況が生じる。営利組織と違ってひとつの基本目的に集約することが難しく,絶えず目的の競合が生じるのが非営利組織そのものであるという点に,この種の組織における評価の最大の問題点が潜んでいる。つまり少ない費用で最大の便益を達成するという「組織の合理性」の実現が難しいことを意味する。したがって,このような組織では目的の優先順位やそれに基づく資源配分などについて「合理的な意思決定」よりも「合意」の形成(ポリティックス)が重視される。そのため意思決定に時間がかかり,一見,無駄とも思えるコストがかかるが,このプロセスが大学そのものの特性であると言えなくもない。
ただ大学を取り巻く環境の変化が早く,しかも経済情勢が厳しい時代にあって,大学といえどもかつてのような余裕が失われ,より効果的・効率的な経営が強く要請されている。このような傾向は日本の高等教育システムを牽引してきた国立大学が2004年に法人に移行し,独自の経営が求められる状況を迎えて,加速度的に強まっている。すなわち高等教育政策が「事前規制」から「事後評価」に大きな転換が図られたのである。
「規制から評価」への転換は国立大学法人化に先立つ1991年の大学設置基準の大綱化からすでに始まっており,自己点検評価と外部(第三者)評価が導入され,それが「努力義務」から「実施義務」へと変わり,2002年には認証評価機関による認証評価が制度化された(参考文献1)。このような動きの背景には,“大学・高等教育機関自体が,知識社会・情報化社会の中核的な組織体のひとつとして,いわば「知の経営体」として,企業組織と同様にPDCA,つまり,プラン・ドウ・チェック・アクションのサイクルにしたがった,「チェック(評価)」をその一部に組み込んだ大学運営を求められるようになった。”ことが指摘されている(参考文献2)。大学図書館の評価もこのような大学の評価(アセスメント)と説明責任(アカウンタビリティ)という広いコンテクストを踏まえて検討する視点が求められる。
2 大学図書館における評価の試み
言うまでもなく図書館は大学の一部門であり,その役割は大学の目的(使命)の実現に貢献することである。したがって,研究重点の大学(いわゆる研究大学)か,学部教育(近年,学士課程教育とも呼ばれている)を重視する大学かといった大学の性格によって図書館の役割やサービスの重点の置き処が異なってこよう。また大規模な大学になると研究も教育も重視することになり,状況は複雑になる。さらに複数キャンパスをもつ大学は地理的な条件も加味されてくるので各キャンパスの教育・研究分野によって同じ大学といっても図書館サービスの重点が異なってくる。さらには社会貢献となると国公私立といった設置主体の違いや大都市圏の大学とそれ以外の地域にある大学という立地条件などが図書館の役割やサービスにも影響を及ぼす。要するに大学の教育・研究支援部門の中核として位置づけられる図書館の役割やサービスは,個々の大学の規模や多様性によって大きく影響を受ける。
大学図書館の置かれた環境を踏まえて学生の学習活動,教員の教育・研究活動,さらには研究員や職員などその他の大学構成員の活動に図書館がどのように,どの程度貢献しているかを測ることはそう簡単なことではない。大学の構成員は図書館の「重要性」や「価値」に関して漠然とではあるがポジティブなイメージをもっていることは間違いないと思われるが,さて具体的にその「重要性」や「価値」を提示できるかとなると常にある種の困難さがつきまとう。そこには図書館の提供するサービスから得られる成果(インパクト)は直接的かつ短期的に明らかに出来ない場合が多く,また長期的に見ても漠然として捉えがたいという事情が絡んでくる。
図書館の貢献が見えにくいとはいえ,教育・研究活動の中核的な支援部門として資料購入費や電子化費用などかなりの資金が毎年投入されていることは事実である。当然,大学経営の担当者は投資に見合った成果が上がっているのか把握したいし,他方,サービスを提供する図書館では成果を提示して,図書館の存在意義(価値)をアピールし,ひいては予算の減少傾向に歯止めをかけ,サービスの質を向上させたいという思惑があるであろう。ここに評価に対する関心が生まれる。
図書館評価の文献でよく引用されるのはOrrの評価モデル「資源(インプット測定)→能力(プロセス測定)→利用(アウトプット測定)→影響あるいは効果(アウトカム測定)」である(参考文献3)。大学図書館の評価を考察する場合,このOrrモデルに図書館,利用者(顧客),大学組織いずれの立場からの評価なのかという「評価の視点」要素を加えた枠組みが有効に思える。
「図書館からの視点」は,我が国でも1990年代から大学評価の動きに呼応して,多くの大学で行われてきた自己点検・評価でよく用いられてきた評価であり,インプット(図書館経費,年間増加冊数など),プロセス(整理冊数,開館時間など),アウトプット(貸出冊数,レファレンス件数など)の統計的な測定データを通して,図書館のパフォーマンスを評価するものである(参考文献4)。
「利用者(顧客)からの視点」は図書館サービスの質と効用を利用者に評価してもらうものであり,利用者(顧客)の満足度を測ることでサービスの改善に役立てようとする評価である。この視点による評価は広義に解釈すればアウトカム評価に分類できる。図書館サービスに対する利用者(顧客)の意識(認知)は単純化すれば次の式で表現できよう。顧客満足(≒サービスの質)=パフォーマンス−期待。米国の研究図書館協会(ARL)が開発した図書館サービスの質を評価するLibQUAL+®は,基本的にはこのギャップ理論に基づくものである(参考文献5)。
最後の「大学組織からの視点」は,学生の学習成果,教員の教育・研究成果に図書館がどのような貢献をしているかを評価するものである。つまり大学の教育成果や学術生産性といったアウトカムに図書館がいかなる貢献をしているのかを明らかにすること(アカウンタビリティ)であるが,三つの視点による評価の中で一番難しいといえるかもしれない。この評価ではまず大学が求めるアウトカムが明確になっていなければならない。学術生産性に関しては教員の発表論文や刊行図書,あるいは競争的資金の獲得や各種受賞などが指標とみなされ,研究面での評価は同僚評価を中心に従来から機能している。しかし学習・教育成果(アウトカム)の評価は学業成績,人格形成,職業能力形成など何をアウトカムとみるか必ずしも合意があるわけでもなく,把握しがたい要素(知識,スキル,態度,行動の変化)を含み,図書館の貢献を明らかにするデータ(たとえば学業成績と図書館利用の相関)をどのように測定するかが難しい課題になる。しかし困難さを伴うとはいえ,図書館評価の焦点がインプット,アウトプット測定といったどちらかと言うと内部志向の評価から学習・教育・研究活動,とくに「学習効果」への影響・効果(アウトカム)といった顧客志向の評価に移ってきているということはまちがいない。
3 図書館評価のサイクル
大学図書館が評価を実施するにあたって,評価活動の全体的なサイクル(あるいは枠組み)を認識しておくことが肝要であろう。Joseph R. Matthewsは次のような枠組み(図1)を提示している(参考文献6)。
出発点である計画策定の段階では大学の使命・目的を十分に理解して,図書館の使命・目的がそれに適切に対応しているかを確認することが前提になる。もし大学の主たる焦点が教育にあるならば,図書館の使命は講義科目内容の改善,学生の学業向上に関して教員や学生を支援するサービスに重点を置くことになろう。大学自身が評価の計画を持っている場合は,その評価計画を図書館評価計画の基礎として用いることができる。大学の評価計画に学生の学習行動や学業到達度,教員の研究活動や学術生産性についてのデータ収集が含まれているならば,それらのデータは図書館の評価にとっても役立つものになる。また毎年あるいは隔年で学生の生活実態調査を実施している大学では,その調査項目に図書館関係の項目を加えることで,図書館のデータ収集コストの削減や図書館評価の補完的な情報となり得る。学生の学習成果と教員の研究活動への図書館の貢献を評価する顧客中心のアウトカム評価を重視する方向に移行している状況では,長期にわたってデータを求めることができるように一貫性のある評価項目・方法が重要になる。というのは評価の目標は最終到達点に図書館が達したことを示すのではなく,絶えざる改善にあるからである。
次の評価実施の段階では,まず適切な評価尺度の選択が重要になる。インプット(資源),プロセス(生産性),アウトプット(利用)の尺度は,他の類似の大学図書館との比較にも用いられてきたが,こうした評価尺度による比較は図書館評価計画の一部にすぎず,評価計画はもっと広い視野によるアウトカム志向のものでなければならない。適切な評価尺度の選定のあとは,そのためのデータ収集と分析の方法および担当者を慎重に選ばなければならない。ここで留意すべき点は,評価で適切な結果を得るためには様々なスキルが求められるが,それには図書館員がそのようなスキルを習得できる機会を設ける必要がある。
データの収集・分析がなされたら,評価の段階では図書館は評価計画,データ収集活動,データの表示と分析,結論と提言を記述した報告を作成する。この報告に基づいてデータの収集方法はアウトカムを適切に反映しているか,確かな統計分析を保証するに足る回答数が得られているかなどの検討を行う。
調査報告書を通して分析結果を図書館員,大学管理者,その他の関係者が共有できるようにする。また評価結果を他の大学図書館との比較や対比に用いることもできる。国際比較を含め他図書館との比較においてはLibQUAL+®のような標準的な評価ツールが有効であるが,その解釈には制度や歴史の違いなどを考慮して慎重でなければならない。
評価は到達目標ではなく過程であることに留意すべきである。目標は学生や教員に対する図書館サービスの質の向上をはかり,大学管理者への説明責任を高めていくことにあるので,評価は一回限りのものではなく継続的なプロセスである。評価計画の結果を公表し,様々な関係者からのフィードバックやコメントを受けた後,評価計画をさらにより適切なものにしていく努力は不可欠である。
最後に評価活動に関わるものは次のような問いを常に念頭に置いて取り組むべきであろう。
(1)評価の「目的」は?
(2)評価の「対象レベル」は?
(3)評価の「焦点」は?
(4)評価に利用できる「資源」は?
4 「評価の文化」はなぜ重要か
上述の評価サイクルの中心に「評価の文化」が置かれている。評価が適切に計画され,実行に移され,結果が受入れられ,改善が図られるためには,当該組織において「評価の文化」が根付いていなければならない。そうでなければ評価の試みは一時的なもので継続的なプロセスとして担保されないであろう。また評価結果をサービスの改善や資源配分の変更に利用されることも期待できないであろう。図書館は直感や経験だけではなく事実,調査,分析に基づく意思決定が行われる組織環境,顧客や利害関係者への成果(アウトカム)や効果(インパクト)を最大化するようなサービスの計画・提供がなされる組織環境を作らなければならない。このような組織環境つまり「評価の文化」は図書館のスタッフが自分たちのサービスや活動がどのような結果を生み出しているのか,その結果が顧客の期待とどのように関係しているのかを知ることに関心を持つ組織において育まれる。これまでこのような「評価の文化」はサービス効果測定の難しさ,大学内での理解不足,現状維持のメンタリティーなどの理由から図書館にはなかなか浸透してこなかった。そこで「評価の文化」を浸透させるための方策としてMatthewsが挙げている以下のような点が参考になろう(参考文献7)。
・顧客の情報ニーズ支援を重点に据え,図書館の使命,計画,方針に明示する。
・パフォーマンス測定を図書館の計画文書に含める。パフォーマンス測定の目標を達成するための工程表を明確にする。
・図書館の管理者は評価の試みを支援し,各レベルのスタッフの参加を促し,評価を正規業務の一部に組み入れる。
・ニーズ評価,高品質アウトカム,満足度測定を通して顧客と継続的なコミュニケーションを維持する。
・あらゆるプログラム,サービス,プロダクトを質と効果の面から評価する。評価がスタッフ個人の評価ではなくプロセス,手順,サービスにあることを理解させる。
・評価の試みを積極的に奨励し,それが報いられるものにする仕組みを考える。
図書館だけでなく大学全体に「評価の文化」が醸成されることによって,評価に基づく図書館サービスの充実と進化が期待できる土台が形成される。我が国の高等教育政策が「規制から評価」へと大きく方向転換をしつつある現在,このチャンスをどのように生かすか図書館の力量が試されているときでもある。
参考文献
1)山野井敦徳,清水一彦編著.大学評価の展開.(講座「21世紀の大学・高等教育を考える」第2巻).東京,東信堂,2004, p.298.
2)天野郁夫.“認証評価の現段階”.IDE=現代の高等教育.vol.504, 2008, p.9.
3)Matthews,Joseph R..Library assessment in higher education.Westport,Libraries Unlimited,2007, p.19.
4)永田治樹.“大学図書館の経営計画と「顧客評価」”.図書館の経営:パフォーマンス指標による新たな図書館評価の可能性.東京,勉誠出版,2003, p.29-47.
5)Cook,Coolen,Heath Fred M.“User's perception of library service quality:a LibQUAL+® qualitative study”.Library trends.vol.49, no.4, 2001, p.548-584.
6)Matthews,Joseph R..Library assessment in higher education.Westport,Libraries Unlimited,2007, p.121.
7)Matthews,Joseph R..Library assessment in higher education.Westport,Libraries Unlimited,2007, p.7.
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