1 はじめに
(1)本特集にあたって
特集“図書館サービス評価LibQUAL+®”にあたり,本稿では慶應義塾大学におけるLibQUAL+®(ライブカル)の選定から調査,結果の受領までの経緯を中心にまとめた。
(2)中期計画と利用者調査WG
利用者調査ワーキンググループ(以下,WG)では,2006年に策定された「メディアセンター中期計画2006〜2010」に基づき利用者調査の活動を進めてきた。2007年7月には,学部1・2年生を対象に質的調査であるフォーカスグループインタビューを実施し,学習支援におけるサービス拡充のための潜在的ニーズを掘り起こすための分析を行った(参考文献1)。2008年10月には,現行サービスの検証を主眼とした全般的な評価を目的として,大規模な量的調査であるLibQUAL+®を実施した。WGでは異なる調査手法を相互補完的に組み合わせることにより,多面的な利用者によるサービス評価とその活用を目指している。
2 LibQUAL+®の選定
(1)LibQUAL+®とは
LibQUAL+®とは,SERVQUALというサービス全般を対象とした品質調査を図書館用に改良したもので,利用者が図書館サービスについて評価を行うウェブ調査パッケージである。北米研究図書館協会(Association of Research Libraries,以下,ARL)とテキサスA&M大学が共同開発し2000年からテスト運用を開始し,これまでに北米を中心に世界で累計1,000館以上が利用している。
LibQUAL+®は,コア設問(22問),追加設問(11問),フェースシート(5問),任意のコメント欄から構成されている。コア設問の内訳は,「サービスの姿勢」9問,「情報の管理」8問,「場としての図書館」5問である。ここでは各設問で提示されているサービスの評価事項について,「許容できる最低限のレベル」,「望ましいレベル」,「実際のレベル」の3種類のレベルをそれぞれ9点満点で点数づけをしてもらう(図1)。
追加設問は,コア設問には含まれない「情報リテラシーアウトカム」,「全般的な満足度」,「図書館の利用頻度」を利用者に問う選択設問となっている。フェースシートは,回答者の属性を確認する選択設問で,コメントのみ回答者の自由記述領域となっている。
(2)LibQUAL+®の特長
まず,LibQUAL+®を選定した大きな理由として,既にウェブによる図書館利用者調査システムとして完成されたパッケージであることが挙げられる。運営側に登録料(2008年は3,000ドル)を支払えば,作りこまれたウェブシステムを一定期間使用することができる。また,分析結果としてPDF報告書とCSV形式(カンマ区切りファイル)の生データを,調査締め切り後2週間前後で入手することが出来る。仮に独自でウェブシステムの構築や質問内容の検討,結果集計をした場合,膨大な時間と労力が必要となると言えよう。また,同じシステムを使うことによって,実施館同士の比較が可能であることも大きな利点として挙げられる。
3 ワークショップの開催
LibQUAL+®は,多くの参加館と結果を共有し比較することで互いのサービスを高めていける特性がある。LibQUAL+®側からの提案もあり,実際の調査に先立ち,LibQUAL+®に関する理解を深め,日本国内での認知度を高めるためのワークショップを企画し,実行することにした。2008年2月慶應義塾大学で開催された国際ワークショップ「図書館利用者を知る:LibQUAL+®によるサービス評価」である。講師にはARL側からLibQUAL+®部門長Martha Kyrillidou氏,開発者でテキサスA&M大学図書館長のColleen Cook氏,国内から佐藤義則東北学院大学教授,岸田和明慶應義塾大学教授を迎え,LibQUAL+®の解説,活用法,ケーススタディを盛り込んだ内容で,77名の参加者を集めた。参加者からは,具体的な実践例や経営への活かし方など,充実した講演内容と全員が参加したケーススタディ等へ好評をいただいた。また同時に,資料の日本語版を求める声や,タイトなスケジュールが残念であったなどのご意見も寄せられた。なお,関西地区での開催も希望していたところ,やはりLibQUAL+®実施を検討していた大阪大学附属図書館に主催いただき,類似内容のシンポジウムを続きの日程で開催していただくことができた(図2)。
4 日本でのLibQUAL+®実施に向けて
(1)日本語版の共同開発
LibQUAL+®の実施を検討し始めた当初,調査用言語として提供されていたのは,ヨーロッパ言語を中心とする11カ国語版のみであった。そのため,慶應義塾大学がARLと共同で日本語版の開発を行った。翻訳版の作成は,以下の手順で行われた。
1)ARLから送付されたアメリカ英語版の設問および画面用語一覧を,すべて日本語に翻訳。
2)日本語版をARLが再度英語に逆翻訳し,オリジナル版との食い違いがないかどうかを確認。
3)ARLからのコメントを元に再検討し,ARLと意見交換をしつつ日本語版を確定。
4)調査画面への実装。最終確認。
こうして完成した日本語版は,前述のワークショップでも設問一覧が配布された。
(2)調査登録
調査の時期について当初は6月を予定していたが,LibQUAL+®が設定する年2回の調査期間(セッションIは1〜5月,IIは7〜11月)から外れてしまうことがわかった。再検討の結果,秋学期が始まり,11月に予定されていた慶應義塾創立150年記念行事より前に終了するよう,2008年セッションIIの10月に行うことに決定した。メディアセンターによる悉皆調査は初めての試みであったため,事前準備や広報に十分な時間が必要であると判断し,登録は5月上旬に行った。
LibQUAL+®調査の申込は,すべてウェブで行うことができる。画面の指示に従って,実施セッション,責任者,機関名,館種,支払情報を入力すると登録が完了する。この時点で支払義務が発生するため,その後の取り消しや返金,次年度以降への参加費の繰越等は一切認められない。
実施に向けての具体的な設定は,すべてLibQUAL+®のウェブサイト(参考文献2)に用意されている「マネジメントセンター」から行える。使用言語,調査の開始/終了日,謝礼抽選用メールアドレス入力欄の有無,問い合わせ先アドレス,調査画面に表示する機関のロゴマーク等の登録が済むと,次に調査画面を自分の機関仕様にカスタマイズすることが可能となる。
まず,回答者が自身の専門分野について回答する項目の選択肢は,各機関が独自に設定できるようになっている。同時期に調査を実施した大阪大学および金沢大学は,それぞれの設置学科・研究科名を採用したようであったが,慶應義塾大学ではオリジナル版の学問分野一覧をそのまま採用することにした。ひとつの学科に複数の学問分野が含まれる学際分野の課程が多いからである。なお,独自に選択肢を設定した場合でも,調査結果報告書ではこのオリジナル版の学問分野一覧にマッピングされる。これは,機関間での比較を容易にするためである。
また,コア設問にはローカルクエスチョンとして設問を5つ追加することもできる。100以上の既存のオプション設問から自由に選べるほか,コンソーシアムでの参加の場合は独自に作成することも可能である。今回は初めての実施ということもあり,回答者の負担を考慮し,設問の追加は見送った。
各種設定を一通り終えると実際の調査画面が表示される。内容や動作の確認のため,これに本番同様の方法で最低1回,回答を完了させると初めて設定完了となる。この段階ではまだ調査画面は確定されていないので,必要に応じ自由に設定変更が行える。設定を確定させると調査サイトの本番用URLが発行され,以後変更は加えられない。
(3)日本語版の見直し,差し替え
LibQUAL+®への登録を終え,調査サイトの準備が整ったところで,学内の関係各所への説明を開始した。説明会では実際の調査画面のサンプルも配布したのだが,日本語が不自然に感じられるとの意見が多く寄せられた。そこで,すでに日本語版を確定していたARLに差し替えを打診した。学内からの意見とあわせ,オリジナル版との整合性を重視したいことや,回答率にも影響しかねないことを伝えた。
改訂版の作成にあたっては,確定済みの日本語版とは別に,英語版を元にまた一から翻訳をし直した。これを旧版と比較するため,図書館スタッフ10名を無作為に抽出し,新版に先に取り組む5名と,旧版に先に取り組む5名との二群に分け,各人に2度ずつ回答してもらった。回答直後にどちらの版がより理解しやすかったかを確認したところ,10名中9名が,新旧問わず後に取り組んだ版のほうが理解しやすかったと答える結果となった。この結果と各人へのインタビューから,日本語としての理解のしやすさとは別に,LibQUAL+®の回答形式そのものや,質問内容が日本では一般的ではなく,違和感があるのではないかということが,留意点として浮かび上がってきた。
改訂版はその後,WGメンバー全員で対訳を見直し,ARLへ送付した。旧版と同じ工程を経て,最終的には慶應義塾大学の調査時期に間に合うように差し替えが行われた。本来ならば,変更は年が変わるタイミングでしか行えないはずであったところ,柔軟かつ迅速に対応してくださったARLに感謝したい。
5 慶應義塾大学でのLibQUAL+®の実施
日本語版を共同開発し,5月上旬の調査登録を経て,慶應義塾大学メディアセンターでは10月〜11月にLibQUAL+®を実施した。
(1)調査概要
調査は10月6日(月)から11月1日(土)までの約1ヶ月間行った。対象は,全学部の正科生と教職員を基本とした各メディアセンターの主なサービス対象者で,実際は依頼を行うメールアドレスの登録がある利用者である。調査開始2週間前の9月22日に34,575人に対し,複数登録を含む36,548件のアドレスに向けて最初の予告メールを送信した。メール送信はその後,依頼と2回のリマインドとあわせ合計4回実施した。回答は5,905件(うち有効回答数は5,600件)が寄せられ,うち58.3%にあたる3,442件のコメントが得られた。
(2)実施準備
調査の実施にあたり,夏休み前からスタッフへの周知,依頼メールの送信に向けたメールアドレスの収集や手順の確認,関係部署との調整,広報,回答補助ガイドの作成,謝礼の用意など念入りに準備を行った。これらはLibQUAL+®が同ウェブサイトに用意している実施マニュアルを参考にした。
まず,メディアセンタースタッフのLibQUAL+®に対する理解を深めるため,7月にWGメンバーが各メディアセンターを訪問して説明会を行った。説明会時の質疑応答は,利用者向けのQ&Aや図書館員・運営者向けのQ&Aに反映させた。
依頼に使用するメールアドレスの収集や送信手順の確認については,メディアセンター本部システム担当の協力を得,関連部署との打ち合わせも行った。メールアドレスは個人情報保護の観点などから,図書館システム登録のものを使用できることを確認し,ここから収集した。調査のウェブフォームは携帯電話に対応していないことから,携帯のメールアドレスは除外した。また無効ドメインのチェックも事前に行い除外した。システム担当によるメール送信時のエラーや送信状況の監視もあり,4回に及ぶ大量送信を無事に行うことができた。なお,1回平均36,541件のメールを送付するのに3時間半から4時間半を要している。
広報は夏休み中に準備を行い,秋学期の授業開始直前の9月22日から開始した。各メディアセンターとキャンパス内において,なるべく多くの利用者の目に触れるように,ポスターの掲示(図3)やちらしの配布,テーブルテンツと呼ばれる広報用三角柱の設置を中心に,学内向けの各種広報誌にもお知らせを掲載した。
教職員向けにはイントラシステムの掲示板に,メールと同時期に協力依頼を掲載した。また,メディアセンター内外のディスプレイに広告を出し,利用者用Q&Aページに掲載している回答方法を案内するアニメーションガイドも上映した。このガイドは,日本語版開発の際に判明した,LibQUAL+®の回答形式に対する利用者の違和感を少しでも解消できれば,という目的で作成した。
謝礼は回答率をあげる重要な要素の一つである。そこで,抽選であたる謝礼とは別に,先着でもらえる参加賞も準備することにした。抽選であたる謝礼は,一万円相当の選べるカードを5名分,千円の図書カードを45名分用意した。参加賞は,学内の行事で提供している慶應グッズや各メディアセンターで作成しているクリアファイルなどを,調査対象者の約10%にあたる3,000人分準備した。
(3)実施中の利用者対応
調査開始後は,回答状況をマネジメントセンターでチェックしながら広報を継続し,利用者からの質問等の対応や参加賞の配布を行った。
調査期間中は,各メディアセンターの窓口や問い合わせ用のメールアドレスへ,利用者からの質問や依頼メールの送信停止希望,メールアドレスの登録希望等がきた。窓口にきた質問は各メディアセンターのWGメンバーができるだけ対応し,不在の場合には連絡先が書いてある名刺サイズのカードを渡した。メールでの問い合わせについては,基本的に利用者の所属キャンパスのWGメンバーが回答した。メールアドレスの新規登録,削除,変更依頼についてはWGメンバーの一人が対応・記録し,次のメール送信時にシステム担当に送信先変更の依頼をした。
また,参加賞を受け取りにくる利用者の対応も日々行った。利用者には各メディアセンターの窓口に終了画面をプリントアウトして持参してもらい,参加賞と引き換えた。11月4日に配布を終了した時点で,参加賞を受け取りにきた人は全メディアセンターあわせて891人(回答者の15.1%)であった。
(4)調査終了後の作業
調査終了の直前には,LibQUAL+®に代表性の確認のために,学生の学年別や教職員の身分別の母集団の数を入力した。専門分野別の人数は複雑で把握できないので入力しなかった。調査終了後は,セッションII終了の12月半ばまでにLibQUAL+®側へのフィードバックを行い,LibQUAL+®のサービス全般を評価するアンケート,さらに送信したメールの件数や回数,謝礼に関するアンケートに回答した。
学内の作業としては,広報の撤収と抽選謝礼の対応をした。調査が終了するとLibQUAL+®は自動的に抽選を行い,マネジメントセンターに50名分の当選メールアドレス一覧を表示してくれる。ここから当選連絡をして,受取りを希望するメディアセンターを指定してもらい,当選連絡メールのプリントアウトと引き換えに用意した謝礼を渡した(図4)。
(5)結果の受領
LibQUAL+®の結果は,予告どおり終了後2週間以内の11月14日にできあがった。PDFの報告書はWeb上に置かれ,いつでもダウンロード可能である。CSVの生データとコメントについては,通常はダウンロード配布である。今回は,文字コードが化けてしまう問題があり,先方で処理した後,添付メールで納品された。なお,別料金で発注した「よく使う図書館」ごとの報告書はやや遅れて12月10日に納品された。さらに,希望館にのみ配布されるSPSSデータは,セッション終了後2カ月と予告されていたとおり,3月1日に納品された。残念ながら,こちらも文字コードの問題があり,対応を依頼中である。
6 まとめ
慶應義塾大学にとって,今回のような規模が大きく,日本で実施例のない方法による調査は初めての試みであった。しかしながら,滞りなく実施することができたのは,LibQUAL+®の特長である,登録から結果の受け取りまでをウェブで行える手軽さと,詳細な実施マニュアルやARLのきめ細やかなサポートがあったおかげである。準備には想像以上の労力と時間を要したが,このノウハウを次回以降の調査活動に役立てていきたい。
また,LibQUAL+®の費用については当学の図書館予算として申請し支出をしたが,WGの活動に対して私立大学図書館協会の研究助成を受けた。したがって本学の利用者調査活動は広くほかの図書館へも共有していきたい。本稿は誌面にあわせ概要報告としたが,他誌での報告(参考文献3)や,WGのサイト(参考文献4)での依頼メールや広報など資料の公開も行っている。詳細なWG活動報告書も追ってまとめる予定である。
参考文献 1)上岡真紀子.“慶應義塾大学における利用者調査の事例”.情報の科学と技術.vol.58, no.6, 2008, p.278-284. 2)Association of Research Libraries. LibQUAL+®.(online),available from <http://www.libqual.org/>,(accessed 2009-07-07). 3)市古みどり.“LibQUAL+の実施に向けて”.薬学図書館.vol.53, no.3(201), 2008, p.266-270. 4)慶應義塾大学メディアセンター利用者調査ワーキンググループ.(オンライン),入手先<http://project.lib.keio.ac.jp/assess-wg/>,(参照 2009-07-07).
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