1 はじめに
2008年10月6日〜11月1日に慶應義塾大学(以下,慶應)全6キャンパス8つのメディアセンターおよび図書館の利用者を対象に実施した,利用者調査LibQUAL+®による図書館サービス評価の結果と分析の概要を述べる。まず,回答者と代表性の確認,続いてLibQUAL+®結果分析の視点について簡単にふれた後,スコア分析を中心に結果を報告し,今後の分析計画についても最後にふれる。
2 回答者と代表性の確認
電子メールによって調査依頼をしたのは34,575人である。終了しなかったり,不正とされたりした回答も含めた,入力されたままのローデータは10,704件だったが,最後まで回答した者は5,905件,うち5,600件が有効回答であった。依頼に対する回答率は,それぞれ17.1%と16.2%となる。また,コメントは3,442件あり,回答中の58.3%であった。LibQUAL+®のマニュアルによると,回答率はWeb調査では一般的に低く10〜20%程度とあるので,まずまずの回答率と言える。また,コメントは通常約40%とあるので,慶應はその割合を大きく上回っていることになる。LibQUAL+®では調査依頼の際,利用者のサンプリングをする図書館も多く,それまでの回答数の最高はやはり悉皆調査を実施した香港の大学の6,000件余りだった。慶應の回答数はこれに迫る数だったため,北米研究図書館協会(Association of Research Libraries,以下ARL)から回答が多かった要因の確認が来たほどである。調査を担当した利用者調査ワーキンググループ(以下,WG)では,広報や全員への参加賞が効果的だったことや,学内の説明の機会が多かったためと考え,その旨を返答した。
回答者の内訳は図1のとおりで,利用者グループ別では学部生(61.6%)が最も多く,次いで大学院生(24.6%),教員(9.8%),職員(3.3%),図書館スタッフ(0.7%)の順であった。この順番は母集団と変わらないが,学部生は母集団よりその割合は低く(70.0%に対し61.6%),大学院生は高い(11.7%に対し24.6%)(表1)。また,よく使う図書館別では,三田メディアセンターが28.9%で,以下,日吉,理工学,湘南藤沢の各メディアセンターが約20%ずつを占め,次いで信濃町メディアセンター(8.6%)の順である(図2)。小規模な薬学メディアセンターや,看護医療学,協生館の各図書室をよく使う回答者は2%以下の割合であった。各メディアセンターや図書館の利用者数は正確には出せないので,その所在地をもとに,回答者を6つのキャンパス別に算出し,母集団となるキャンパスごとの構成員数の割合と比較した(表2)。理工学メディアセンターのある矢上と湘南藤沢キャンパスの回答者の割合がそれぞれ9.8%,7.7%多くなっている。
回答者の図書館の利用状況は,足を運ぶ頻度は週1回くらいが半数である(49.9%)。毎日から月1回くらいまでの累積割合で96.6%となる。図書館のウェブページから電子資源にアクセスする頻度でも,週1回くらいが多く(39.9%),月1回くらいまでで77.3%の累積割合となる。この結果から,少なくとも来館して実際に図書館のサービスを利用している人が回答者の多数を占めていることがわかる(図3)。
3 結果分析
(1)分析の視点
LibQUAL+®の結果分析は,スコアによる量的分析とコメントによる質的分析に大別される。まず,スコア分析であるが,ここでは「比較」が重要な視点となる。LibQUAL+®で付されるスコアは絶対的な評点ではなく,相対的なものだからだ。比較にはいくつかの次元がある。基本となるのは許容範囲に実際のレベルがおさまっているかを確認する,ギャップ分析である。望ましいレベルで高い評点を得た項目は,期待の高いサービスとして注目すべきだ。個々の設問だけでなく,コア設問でとりあげられている三つの側面の平均値で結果を比較することも,重点領域を見極めるのに有効である。特定利用者にターゲットを絞るには,利用者グループ,専門分野など回答者のプロフィル別の比較も必要となる。戦略的な目標設定には,ベンチマークとして同僚に相当する機関との比較が効果的である。さらに,PDCA(Plan, Do, Check, Act)サイクルの中で改善や目標達成を確認するには,経年変化をみる必要がある。
慶應では,前述の通り,回答者の代表性には母集団とのずれがあるため,利用者グループ別の分析や,よく使う図書館別の分析も重視している。誌面の都合で,ここでは全図書館のごく一部の結果について,スコア分析の結果から述べる。
(2)スコア分析の結果
a 許容範囲と実際のレベル
まず,許容範囲と実際のレベルの比較を,22問のコア設問の結果を示すレーダーチャート(図4)で確認する。このチャートではそれぞれの設問について,許容範囲(最低限〜望ましい)と実際のレベルの関係で差分の区域が色分けされている。青は実際のレベルが最低限を上回っていることを,黄色は実際のレベルが望ましいレベルよりは低いことを示している。前者の青色の幅は適切性,後者の黄色の幅は卓越性と呼ばれ,そのギャップ値が報告書に記載されている。図は慶應の回答者のうち図書館スタッフを除く全体の結果であるが,ここではこの2種類の色しかなく,すべての設問において実際のレベルが許容範囲の中にある。ただし,中には適切性の小さなサービス,つまり望ましいレベルと実際のレベルに差がある黄色の割合が大きい項目もある。利用者グループ別などに分け,検討する必要がありそうだ。
次に三つの側面それぞれの平均値を示したバーチャートで結果を確認する(図5)。許容範囲がグレーの帯,最低限から実際のレベルまでの適切性の幅が内側に細いオレンジの帯で示されている。バーチャートでは視覚的に三つの側面を横並びに比較することもできる。たとえば,上端の望ましいレベルを比較すると,「情報の管理」のスコアが最も高いことがわかる。報告書の表で確認すると7.77の値である。これは,蔵書や電子情報資源など「資料」への期待が最も大きな側面であることをあらわしている。
b 負のギャップ
実際のレベルが許容範囲を下回る負のギャップは,レーダーチャートでは赤色で示される。全体の結果では認められないが,二つの利用者グループ別の結果で初めてみられた。ひとつは182名が回答した「職員」の結果で,設問は「自宅または研究室からデータベースや電子ジャーナルなどの電子資源にアクセスできる(IC1)」(適切性-0.20)と「グループ学習や共同研究のためのスペースが整っている(LP5)」(適切性-0.22)の2項目である。標準偏差がそれぞれ2.49,2.16と大きいので,評価に幅があることがわかる。また,このグループの「よく使う図書館」をみると,大学病院のある信濃町メディアセンターの利用者が多い(114名,62.6%)。研究活動も行う医療の専門家による指摘と推定されるが,それ以上の具体的な問題点の把握には,別の調査が必要と思われる。もう一つは図書館スタッフで,「図書館のウェブサイトは,利用者が自力で情報を見つけられるように作られている(IC2)」(適切性-0.42)である。図書館スタッフの回答は,一利用者として回答しているか,あるいは図書館員として客観的に図書館を評価したものなのかはわからない。後者だとすると「ウェブサイトの使い勝手は利用者の満足いくものではない」という自己評価なのかもしれない。
c 期待の高いサービス
望ましいレベルは期待の高さを表しているといわれている。このスコアが高い順に上位5位までを見てみよう(表3)。全体では,「情報の管理」すなわち「資料」に関する項目が3件と「場としての図書館」が2件である。残るもうひとつの側面,「サービス」は,22問中9項目を占めているが,一つも入っていない。期待するサービスはもちろん,利用者グループによって異なる。また,三側面はもともとの設問数が異なるので,厳密な比較には調整が必要である。そこで,逆数による重みづけ調整を行い,利用者グループ別に上位5位までの項目数をスコア化してみた(図6)。この図からは,学部生が「場所」に大きな期待を持ち,これと対照的に大学院生や職員はまず「資料」に,次に「場所」に期待していることがわかる。教員は「資料」の項目のみで5位までを占める。一方,図書館スタッフは,「サービス」に高いスコアを付しており,ユニークな傾向が見て取れる。
d 他機関との比較
北米でベンチマークとしてよく利用されるARL加盟の大学図書館との比較を試みた。同じ2008年セッションIに参加した21館の平均値との比較である(図7)。バーチャート右側のARL図書館は全体にスコアが高く,許容範囲が平均1.43と狭い(慶應2.22)。三側面の中で「資料」への期待が最も高いことは,慶應と同様である。しかし,そのスコアは平均8.18(慶應7.77)と突出している。また,「サービス」(7.77)や「場所」(7.76)が同じ程度の高スコアを得ている点が異なる。さらに,期待の高い「資料」の適切性は0.41,許容範囲の29%(慶應0.86,許容範囲の38%)と厳しい評価を得ている。許容範囲の狭さ,高い期待,厳しい評価という傾向はARL加盟館で顕著のようだが,北米の大学図書館の平均結果でも見られる。一方,日本から参加した他の大学では,許容範囲の幅や期待の程度,実際のレベルによる相対評価については,慶應に近い傾向がみられた。したがって,これらを日本と北米の高等教育における図書館の位置づけの違いや,評価の文化の違いととらえることもできるのかもしれない。今後,日本の参加館が増えてから,また議論をしたい。
(3)コメント分析
コメントについては現在も分析作業中のため,まだ結果を示すことができない。ここでは「よく使う図書館」別の件数と有効回答数に対するコメントの割合の報告にとどめ(表4),以下にLibQUAL+®におけるコメント分析の位置づけについて述べる。
LibQUAL+®の設問の大部分は量的なスコア分析の対象である。しかし,最後に1問だけ設けられた「図書館サービスについてのご意見」に入力されたコメントも重要なインプットである。これらの自由記述データには,スコアには現れない具体的な改善の提案が込められている。顕在的なニーズを把握して,改善をしたり,満足へつなげる手掛かりとしたりすることができる可能性があるからだ。
しかしながら,LibQUAL+®においてコメント分析はオプションである。表面的なカテゴリ化や恣意的にいくつかを取り上げることは比較的容易だが,本格的な質的分析には,人や時間など多くの資源投入が必要なためだ。一般的なテキスト分析のツールを使うこともできる。また,LibQUAL+®のコメント分析の事例報告の集積も多少はあるが,ARLからツールやマニュアルが提供されたり,標準的な手法が確立していたりするわけでもない。したがって,参加図書館によってその扱いは異なる。
慶應ではコメントの扱いを二段階に分けることとした。まず「よく使う図書館」別に分けただけのコメントを各メディアセンターと図書館の責任者へ送付し,現場ですぐに対応可能なサービス改善に役立ててもらえるよう託した。コメントは表層的な事象だけとらえても,当面の改善へつなげることは可能だ。迅速な回答者への対応はサービスの姿勢としても重要だからだ。そして,WGによる分析は別途じっくり取り組むこととした。今後「よく使う図書館」別に,エクセルを使って複数内容を含むコメントの切片化,コーディング,カテゴリ化,カテゴリ間の関係づけと,作業を進めていく予定である。
4 今後の分析計画
前述のとおり,LibQUAL+®の結果を細やかなサービスの発展につなげるには,特徴の異なる利用者グループ別,よく使う図書館別の分析も欠かせない。実際のレベルが許容範囲内にあっても,適切性の小さな要注意の個別のサービスも検討が必要である。そのために,「よく使う図書館」ごとの利用者グループ別のスコア分析も,コメント分析と並行して進めている。2009年8月にはそれらのスコア分析の基礎データをWGのウェブサイト(参考文献1)に公開予定である。コメント分析とあわせ,調査から1年後の初冬に完成目標としている最終報告書に,分析結果のまとめとして掲載する予定である。
The authors grant the Association of Research Libraries (ARL) the non-exclusive right to reproduce, distribute, post on the Web, and disseminate for educational use any articles published in scholarly and other commercial journals as long as the source, author, issue, and page are acknowledged.
参考文献 1)慶應義塾大学メディアセンター利用者調査ワーキンググループ.(オンライン),入手先<http://project.lib.keio.ac.jp/assess-wg/>,(参照 2009-07-23).
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