1 なぜLibQUAL+®か?
高等教育やその環境の変化は,少子化,大学設置基準の大綱化,認証評価,グローバル化といった事柄に関連して語られるが,大学図書館もまたその変化の中にあって,その存在理由を妥当な方法をもって説明できなくては組織として安定した運営が難しい。大学図書館の顕著な変化は,科学・技術・生命科学分野の図書館を中心に,教員や研究者が図書館を訪れる回数が減少していることや,研究者に限らず資料はネットを通して入手することが一般的になっている状況に現れている。
慶應義塾大学メディアセンター(以下,メディアセンター)の図書予算は過去4年間ほぼ同額で推移している。この間,電子資源の契約更新のための費用の捻出,資料へのアクセスを向上させるための図書館システムの更新,一方増え続ける資料の保管場所の確保など,メディアセンターは常に解決しなければならない問題に直面し,その時点で最も適切な方法を選択しつつ対応してきた。しかし,経営サイドからは常に「図書館は金食い虫」といわれ,大学の使命である,学習・教育・研究・医療を支えるインフラともいえる情報資源を収集し整理し提供し続ける図書館の重要性を十分に説明できないでいるのは事実である。その一つの理由は,大学の使命に呼応する大学図書館の貢献を明確な方法で説明する方法が確立されていないからであろう。
組織は顧客を満足させることによって支持を得られ,永続的に存在し発展するといわれる。メディアセンターを利用した学生らが,自らの大学図書館を素晴らしいと認識すれば,彼らは卒業後も図書館もしくは大学の支持者となり,さらに,彼らがそれを他者や家族に伝達することで大学は常に多様な学生を集めることができる。大学は学生を満足させる努力を重ね,人材を社会に供給するという使命を全うするために常に最善をつくす。こうした循環に図書館が寄与するためには,図書館員が自覚をもって働き続けられるよう,さまざまな環境整備も必要となる。労働意欲が喚起され,大学図書館員としてのアイデンティティが確立されることで,それぞれの図書館員は図書館をよりよくしようという思いが働くはずである。
メディアセンター中期計画策定においてLibQUAL+®の実施を主張した第一の理由は,大きく情報環境が変化しつつある中で,直接利用者に聞くという方法で利用者の全体像を把握し,ニーズを明らかにしたいと考えたからである。利用者に直接聞くことの重要性は「顧客がなにを望んでいるかは,顧客に尋ねねばならない」という言葉に代表されるように(参考文献1),メディアセンターにおける図書館次期システム移行の議論が始まった2005年ごろから,「利用者志向」が一つのキーワードとなっていた。
第二の理由は,LibQUAL+®は比較的安価でしかも世界的に実績を上げているツールであったため,大学図書館運営の根拠として用いることができると判断できたことによる。コストについては,調査の開発を一から組み立て分析する時間と能力,サーバの維持管理とセキュリティなどを考えると十分に説明のつく金額であった。
2 LibQUAL+®の読み方
LibQUAL+®が応用したSERVQUALを開発したParasuraman,Zeithaml,Berryの3人は,まずフォーカスグループインタビューなどによりサービスの質およびその質に影響する要因を5つのギャップモデルとして表した(参考文献2)。このうち「ギャップ1」は,顧客の期待と,経営側による顧客の期待の認知のギャップである。また,「ギャップ5」は顧客が期待するサービスと,提供されるサービスの実際に対する顧客の認知のギャップというもので,LibQUAL+®の基本となっている。
LibQUAL+®の調査項目の中核は,スタッフの「サービスの姿勢」,資料と組織化を表す「情報管理」,そして「場としての図書館」の3つを軸とする22の設問から成る。それぞれの項目について,「許容できる最低限のレベル」,「望ましいレベル」,「実際のレベル」を最高9ポイントで利用者に点数づけをしてもらう。望ましいレベル,すなわち期待と最低限のレベルの幅である許容範囲と,現状レベルのギャップからサービスの品質を評価しようとするものである。
Kyrillidouは,結果を理解するために次のような分析の切り口を列挙している。(1)期待の高いサービス上位5つ,(2)レーダーチャートで赤色を示した部分,(3)利用者グループごと,あるいは,利用者の研究領域別の分析,(4)ピア機関との比較,(5)経年変化などである(参考文献3)。期待の高いサービスはまさにニーズの強さの現れで改善の優先順位を上げる項目となろう。また,現状レベルから期待のレベルまでのギャップが大きいところ,あるいは,最低限のレベルに届いていない部分も優先順位を上げるべきであろう。一般的な傾向として,回答者が重要と考える設問については厳しい評価が行われるためギャップは大きくなり,重要性が低いと感じている設問ではギャップは小さいといわれる。学部生,大学院生,教員といった身分別や研究領域によっても期待は異なるため,注意深く結果を読まなくてはならない。
LibQUAL+®には中核をなす22問とは別に,図書館の全般的な満足度を問う質問や,日ごろの情報利用行動を問う設問がある。全般的な満足度は,サービスがどのように受け取られているかを大枠で捉えるために設けられているが,この結果がサービスの改善に直接つながるものではなく,多くの調査でこういった質問に対して「満足」と答える傾向があることは知られている。このため,9ポイント中7ポイント以下であればそこには改善の余地があると考えるべきで,その不満の原因を探る作業が必要となる(参考文献4)。
3 LibQUAL+®を活かす
LibQUAL+®実施の最大の目標は次期中期計画策定の材料を提供することであった。まず,ニーズを確認し,ニーズを満たす改善点に優先順位をつけ,それを実現するための戦略を考え業務に落とし込むことになる。短期的に達成できる目標と中長期的な取り組みに整理する必要もあろうし,さらに調査が必要となるかもしれない。
LibQUAL+®の開発大学であるテキサスA&M大学では,開館時間延長,グループ学習室の増設,より快適で安全な図書館,デジタル資料へのアクセスといったニーズを根拠に資金獲得をしたことなどが国際ワークショップで披露された。さらに,コメント分析や利用者の観察を経年的に行い情報利用行動の変化を確認した。その結果,バーチャルレファレンスおよびウェブ機能を強化し,電子資源の受け入れを進め,対面サービスはより密接な関係性を持つようにしたという。このほかにも,相互貸借文献の24時間以内の電子的転送,レファレンスデスクの集中化,グループ学習室の増設とパソコンの設置,個人ブースの設置などを行った実績がある(参考文献5)。
ここで筆者の所属する理工学メディアセンターを例に,どのように活かすことが可能か考えてみたい。理工学メディアセンターでは,外国雑誌の電子化が進むにつれ来館する教員は減少し,購読を中止した雑誌が整然と書架に並べられたままの状況が目立ち始めた。このため,平成20年度から3年計画で図書館の環境整備を進めている。事業計画策定の段階では,この事業が適切であるかに関する根拠は感覚的なものでしかなかったため,方向性確認の必要性を感じていた。理工学メディアセンターの学部学生,大学院生,教員の図書館利用およびウェブの利用は図1,図2,図3のとおりである。毎日来館する学生は38%,週1回の学生も49%に達していたが,大学院生は毎日が10%,週1回が約57%,教員では毎日は0%,週1回が51%,月に1回が41%という結果であった。検索エンジンを毎日使う学生は85%,大学院生および教員は90%を超えている。図書館のウェブページを毎日利用する学生は16%,大学院生では30%,教員は44%であった。
また,学部生のもっとも強い期待は本や雑誌(8.08ポイント)と一人の空間(8.01ポイント)で,現状の評価はそれぞれ6.63ポイント,6.56ポイント,現状と期待とのギャップは1.46,1.45で最も高い値を示していた。
研究者にはウェブから情報を得られることが最も好まれ,場所に対する期待は低かった。学部生が図書館の中で何をしたいのか,何をしているのかは別の調査が必要であるが,学生のための図書館空間のデザインという方向性の正しさをLibQUAL+®によって確認できた。さらに,研究者には電子化を進めることが研究環境にとって最適であると結論づけることができれば,資料を館内に置くことの必要性や電子化された雑誌の保存について,慶應内の一本化に限らず近隣大学との共同利用という提案に繋げることができるかもしれない。
4 LibQUAL+®実施の評価
LibQUAL+®のツールとしての信頼性や妥当性については研究者に任せるとして,ここでは実施について振り返りたい。メディアセンターでは,数々の利用者調査が行われてきたが,全学を対象とした大規模利用者調査は長い間実施されていない。近年は利用者を取り巻く情報環境が著しく変化し,利用者のコミュニケーションや学習・研究活動への影響を念頭におきつつ,今後のサービス展開において利用者がどのように図書館サービスを捉えているかを確認するための調査が必要な時期であった。利用者調査ワーキンググループ(以下,WG)が2007年度に実施した学部1,2年生を対象とした学習者の潜在的ニーズを探るためのフォーカスグループインタビューも利用者を知るための調査であったが,LibQUAL+®は慶應義塾大学全体の利用者を調査対象としたため,より広い角度からサービスの問題点を浮き彫りにしてくれた。
期待の高い項目に関する分析結果において特に印象深かったことは,図書館に期待されていることはやはり資料であったことである。資料が物理的にそこになくてはならないのか,あるいは資料を入手できればよいのかといった理解のための追加調査は必要だが,資料が準備されていてこそ図書館であることは疑う余地がない。このことは,コメントの分析からも読み取ることができた。これに対し図書館員は,利用者の期待が資料に集中していたにもかかわらず,電子資源の契約やウェブサイトの整備といった近視眼的な部分に注力し,資料全般へのニーズを見失っていたことがうかがえ,「ギャップ1」の存在を目の当たりにした。「ただコレクションだけに基づく図書館の品質評価は古臭くなった」(参考文献6)というNiteckiの言葉がある。これはインプット・アウトプットの評価から,新しい評価の必要性を強調したものであろう。しかし,図書館の原点に戻り,コレクションに常に注意を払い,コレクションの弱点やアクセス方法の強化,選書ができる人材の確保と育成,分担収集や相互貸借サービスを有効に機能させることで期待に近づけることを目標にすることはあながち間違いではないように思われる。
LibQUAL+®のような調査を一から組み立て実施することは,時間,経費ともに多大なものが必要となるが,LibQUAL+®を利用することで,翻訳の必要性はあったものの,メディアセンター全体として3,000ドル,各館分析のために1館あたり500ドルの経費負担と,約1年の準備期間で実施できたことは,学内で毎年行われている学生調査と比しても安価で効果的であったと思われる。
WGの設置により,調査を計画し実施できる人材が育ち,プロジェクト業務の経験やマネージメントの機会を得ることができたこと,日本におけるLibQUAL+®の普及に貢献できたことも大きな収穫であった。
5 今後の課題
LibQUAL+®はツールとしては汎用的であるが,アセスメントはローカルが基本である。分析を継続し,次期中期計画のための材料をメディアセンター内部に提出することはもちろんであるが,調査は協力者があって成り立つ。コメントの分析は困難を極めるが,結果は可能な限り恣意的でなくありのままを報告することで互いの信頼関係を築き,協調して図書館の改善を続けていけるようにしなくてはならない。
調査後のステップとして,結果を活かし各地区メディアセンターおよびメディアセンター全体としての改善目標を立てる。しかし,短期の目標を細分化すればするほど簡単な改善のみにとどまり,組織目標達成のための根本的な問題が見失われがちになる。将来に向けての必要な変革を見越した短期・中期目標と組織目標達成のための経営方針についての議論を十分に行う必要があろう。
日本におけるLibQUAL+®の普及は,図書館同志が互いに切磋琢磨するために期待されるところであるが,当面の問題として日本語翻訳をより洗練されたものにするために,あるいは,経験を共有するためのコミュニティ作りが望まれる。
しかしながら最も難しいことは,メディアセンター内において,なぜアセスメントが必要であるのかという意識を共有することである。「組織の文化」に変化をもたらすことは最も難しい。実証に基づく「アセスメントの文化」作りが最大の課題である。
6 おわりに
「マーケティングは組織の目標達成のための補助的手段であるが,組織ではなく,顧客を中心として戦略を考えるときに,最も成果を発揮する」といわれる(参考文献7)。このマーケティングの考え方を借り,メディアセンターの使命を達成するためにLibQUAL+®を実施した。常に利用者の声を聞くことから「始める」,これが「組織の文化」になれば図書館は大学の一組織として重要な役割を担い続けるに違いない。
参考文献 1)Smith, Susan.“How to create a plan to deliver great customer service”.Best practices in customer service. Zemke, Ron ; Woods, John A., eds.AMACOM, 1955, p.55-66.
2)Parasuraman, A ; Zeithaml, Valarie A ; Berry, Leonard L.“A conceptual model of service quality and its implications for future research”.Journal of Marketing.vol.49, Fall, 1985, p.41-45.
3)Kyrillidou, Martha.“LibQUAL+® Survey results ”.American Library Association Midwinter Meeting, Denver, CO, January 26, 2009.(online),available from<http://www.libqual.org/Publications/all.cfm?PubTyp e=2>,(accessed 2009-07-10).
4)Hernon, Peter ; Whitman, John R.図書館の評価を高める:顧客満足とサービス品質.丸善, 2002, p.121-126.
5)Cook, Colleen.“LibQUAL+®: using the result for library management”.「図書館利用者を知る:LibQUAL+®によるサービス評価」国際ワークショップ&シンポジウム,慶應義塾大学,2008年2月.(オンライン),入手先<http://project.lib.keio.ac.jp/assess-wg/archive/wo rkshop/cook.pdf>,(参照2009-07-10).
6)Nitecki, Daunuta A.“Changing the concept and measure of service quality in academic libraries”.Journal of Academic Librarianship, vol.22, no.3, 1996, p.181-190.
7)Kotler, Philip ; Andreasen, Alan.非営利組織のマーケティング戦略.第6版.第一法規, 2005, p.85.
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