1 基本的な考え方
慶應義塾大学日吉メディアセンター(日吉図書館)(以下,当館)では,過去数年にわたっていくつもの館内設備の改善やサービスの改善を実施してきた。それらを実施するにあたって,常に念頭においてきたのは,当館の主要なサービス対象である学部1・2年生に快適な学習環境を提供する,ということである。すなわち,a)学生の利用傾向やキャンパスで行われている授業等の動向,b)昨年(2008年)慶應義塾大学メディアセンターで実施したLibQUAL+®の結果(注1),c)長年の懸案である館内での喧噪等のマナー問題への対応,といった点に配慮し改善を進めてきた。以下に,実際に行った設備改善,サービス改善の内容をいくつか紹介する。なお,設備改善の多くは,慶應義塾で2004年度から開始された「予算管理部門内調整費」(2007年度以降は「調整予算」)制度を活用して行った。
2 改善内容
(1)セミナーコーナーの設置
当館では以前から情報リテラシー教育に力を入れている。その中でも近年,実施件数が増加しているのが,授業の時間を借りて少人数のセミナー形式で資料の探し方等を紹介する「情報リテラシーセミナー」と呼んでいるものである。そこで,2005年度に1階レファレンスデスク横の一角に,キャスター付の机・椅子を配置し,「セミナーコーナー」とした。机は円形,扇形,方形等,自由に組み合わせることができ,通常は一般の閲覧席としているが,当館職員が実施するセミナーや,教員が授業の一環として行う資料検索の説明等の場として活用している。
(2)1階出入口・ロビー付近のレイアウト等の変更
1階ロビーの中央にはこれまで低書架を設置し新着図書を展示していた。しかし背が低く資料が目立たないためか,学生が気付かずに素通りしてしまう状況であったため,2006年度に,それに代わって壁際に背の高い書架を設置し,新着図書を配置した。そのそばには,ポスターやパンフレット,図書等を複合的に掲出できる掲示板を設置した。さらに2007年度には当館の開館当初から掲示板・案内板等に使用している青を基調にした五角形の広告塔をロビー中央に設置した。これらにより,入口を入ってすぐの場所で,当館から学生等に対し,様々なメッセージを発信することが可能になった。
2007年度には老朽化により故障が多くなっていた出入口の二重ドアすべてを交換した。その際,内側のドアにはガラス部分のほとんどを覆うように目隠しのフィルムを貼った。それとともに,入口側と出口側の通路を仕切る形で,背の高い人工樹木を何本か置いた。これらの変更は,館外と館内,入口と出口を明確に仕切り,入館する学生には,これから図書館に入る(すなわち静粛にしなければならない)という意識をもってもらうことと,入館する学生と退館する学生が交錯することで発生する喧噪を防ぐことが目的である。
(3)3階雑誌室の閲覧机変更
雑誌室には,これまで4人用の円形机を設置していた。しかし,この机が一部の学生にとってはおしゃべりをするのに格好の場となっていたようで,雑誌室は常に騒がしく,苦情も出ていた。そこで2006年度に,円形机の上面を十字型の衝立で仕切り4分割したものに変更し,個々に手元ライトを設置した(写真1)。一人当たりの机上面積はかなり狭いが,隣の席を気にすることが無く,好んで使っている学生もいるようだ。また変更後は雑誌室が驚くほどの静寂を取り戻した。環境が利用行動に多大な影響を与えることを実感した。
(4)語学学習コーナーの設置
ここ2〜3年,日吉キャンパスの語学(外国語)の授業で,学生に対し外国語の多読を勧める例が見られるようになってきた。多読とは,細かな語彙や文法にはとらわれずに平易な外国語を大量に読むことによって言語を身につける手法である。当館では,おもに教員からの推薦に応じて多読用の図書を購入し,一般の図書と同じ書架に配置してきた。しかしその量が増えてきたこと,それらの図書の多くが小型で他の図書の間に紛れてしまいがちなこと,ならびに学生からの「多読用の本はどこですか」といった質問にわかりやすく対応する必要があったことから,2007年3月,3階閲覧室の一角に新たに書架を設置,多読用の図書を置いて,「多読書コーナー」とした。書架の前にはベンチを置き,小さいながらも特製の看板を設置した。
さらに2009年4月には,書架を増設し,教員から推薦があった語学の検定試験関係図書,外国語の絵本や語学の教材となりそうな図書を選び,多読書に並べて配置,コーナー名を「語学学習コーナー」に変更した(写真2)。まだ英語が中心であるが,外国語を学ぶための図書を,まとめて手に取れる場所を提供できるようになった。
(5)AVコーナーの改修
当館1階のAV(Audio Visual)コーナーはビデオやDVD, CD等を視聴する場所として,開館当初から学生に人気の場所である。しかし,映像を表示するモニターは旧式のブラウン管テレビであり,各種プレイヤーは故障するたびに個別に新しいものと交換してきたため,統一性がなく,使い勝手が悪かった。そこで,2007年9月,機器類を一斉に更新し,モニターはすべて液晶のもの,プレイヤーは機能が同じものは同一機種とした。床やソファの張り替えも行った。資料選定面でも,ビデオテープやレーザーディスクの資料を使い勝手のいいDVDに変更するとともに,映像資料の充実を図った。
(6)グループ学習室の改修
グループ学習室は館内で唯一,学生が会話を交わしながら自由に学習できる場所である。最近の授業では,グループでの討議やグループ単位での研究発表を課すことが増えてきているようだが,キャンパス内にそのような活動ができる場所がほとんど無く,グループ学習室は利用度の高い場所である。しかし話し声が隣室にもれてしまい,館内全体の静寂さを阻害する要因になっていた。そこで2008年3月,グループ学習室のドアを二重化,外側のドアを自動ドアに変更する工事を実施した。その結果,隣室への音もれは大幅に減少した。
2008年9月には,グループ学習室の内部を改修した。2階部分の床面積の半分程度をフリーアクセス化し,机の上に電源と情報コンセントを設置した。また室内の一角を透明なパネルで仕切り,ここにもパソコン用の電源と情報コンセントを設置し,大きめのテーブルとホワイトボードを置いた。やや遅れて,日吉インフォメーションテクノロジーセンターによってパソコンも4台設置された。これにより周囲を気にせず集中してグループ討議ができる場所,グループでパソコンを使った活動ができる場所を創出した(写真3)。
(7)1階廊下の張り替え
2008年8月には,1階中央廊下の床の張り替えを実施した。ここは上階に通じる階段やエレベータ,トイレがあり,通行量が非常に多い。従来の床面は堅い材質で,学生が歩く足音が響き,館内が騒々しくなる要因になっていた。そこで床を布製のカーペットに張り替えた。
(8)読書推進活動
2007年9月,日吉メディアセンター内に読書推進ワーキンググループを設置した。これは,学生が本を手にするきっかけ(仕掛け)を作り,それによって,学生に読書の楽しみを知ってもらい,図書館をより活発に使ってもらおうというものである。
まず行ったのが,新着展示書架の活用である。1階ロビーの壁際に設置した新着展示書架には,それまで単に新着図書を曜日ごとに並べていただけであったが,その前に椅子を置き,ゆっくりと座って新着図書を読めるようにした。さらにその脇の壁面には,新着図書から取り外したカバーをカラフルに展示し,学生の目を引くように工夫した。
2007年12月には文庫の選定基準を変更した。これまで文庫は「岩波文庫」,「講談社学術文庫」などの特定の文庫以外は原則として購入していなかった。しかし学生の図書利用動向を見ていると,同じ内容であれば,大きくて重い単行本より文庫を好むようである。そこで選書方針として特定の文庫に限らず,適切なものは随時購入することとした。合わせて,2階にある文庫・新書コーナーに書架を増設した。
2008年7月からは,文庫と新書に限り,カバーを付けたまま書架に並べることとした。多くの大学図書館では図書のカバーをはずして書架に並べている。しかし,カバーは読みたい図書を選ぶ際の重要な情報源であり,見た目にもきれいで,利用する側からみればカバーははずしてほしくないものである。すべての蔵書をカバー付のまま並べるのは手間や経費の面で困難であるが,文庫・新書のカバーは情報源としてばかりではなく,資料を保護する役割が大きいと判断し,限定的にカバー付で並べることにした。
2008年9月には,読書推進活動のためのスペースとして,入口脇にあったインターネットエリア(PC設置エリア)のPCを半分程度,別の場所に移し,その代わりにゆったりとしたソファと,変形の目立つ書架,掲示用パネルを設置し,「ラウンジ」と改称した(写真4)。このスペースを使って最初に行ったのが,貸出ベスト図書の展示である。2007年度に貸出回数の多かった図書を一覧表とともに分野別に展示した。つづいて2008年12月からは,教員個人から図書を何点か推薦してもらい,推薦文とともに図書を展示した。今後は書評掲載雑誌との連携や,学生の推薦図書の展示等も行う予定である。
(9)漫画の購入
読書推進活動の一環として教員に図書の推薦を依頼したところ,ある教員から提出された推薦図書すべてがマンガだった。職員の間ではこれを機会にマンガを蔵書とすることに対する否定的な意見は少なかった。しかし,マンガなら何でもいいとすることはできず,選定基準をめぐり推薦した教員から直接意見を聞くなど,数か月間の検討が続いた。そして2009年2月,蔵書としてマンガを受け入れることを決定した。購入したマンガは教員から推薦があったものばかりではなく,職員の意見も取り入れ,“教養としてのマンガ”という観点で選定し,いわゆるマンガ喫茶等でいつでも読めるようなものは除外した。
(10)飲食ルールの改定
「館内では飲食厳禁」。国内の多くの大学図書館では利用ルールにこの一項目を入れていることと思う。当館も同様であった。その理由としては資料や設備の汚損防止や,特に「食」については音や匂いの問題がある。しかし,近年のペットボトルや小型水筒等の密閉できる容器の普及により,少なくとも「飲」については,資料や設備の汚損にあまり神経質にならずとも済むようになってきている。米国等の海外の大学図書館ではペットボトル等で飲み物を飲むことを認めている図書館は少なくない。当館では館内各階に冷水器を設置しているが,水道水を飲まない学生も多く,大部分の学生はキャンパス内で何らかの飲み物を持ち歩いており,それをそのまま館内に持ち込んでいるという実態がある。館内に飲み物を持ち込むだけで,ルールを守り,館内では飲まないという学生もいるが,ルールを守らない学生の数は非常に多かった。このような状況で,「館内では何も飲むな」と言い続けることには,困難さを感じていた。一方,慶應義塾大学のメディアセンターのうち,湘南藤沢メディアセンターでは2004年からエリアを限定した上で,館内で密閉できる容器から飲み物を飲むことを認めている。さらに理工学メディアセンターと信濃町メディアセンターでも,最近になりほぼ同様のルールを適用していた。
そこで当館でも2009年7月から,PC設置場所等の一部エリアを除き,密閉できる容器に入った飲料を飲むことを認めることとした。
3 成果と今後の展望
以上のような設備・サービス改善を実施した結果,いくつかの成果が表れている。
もっとも顕著なのは,貸出冊数の増加である。ここ数年,当館の貸出冊数は減少を続けていたが,2008年度には増加に転じ,一気に開館以来最高の貸出冊数を記録した。AVコーナーの改修によりAV資料の利用件数も増えており,改修前の2006年度と比較し,2008年度には約1.2倍に増加している。入館者数も減少傾向にあったが,2008年度には増加に転じた。
また,以前と比べ館内が静かになってきていると感じている。雑誌室の変化は顕著な例だが,その他の場所でも,おしゃべりは皆無ではないが少なくなってきており,声が小さくなっているようだ。学生は,まわりが静かなら自分も静かにしようとするのだろう。先日,ある教員から「最近,図書館が静かになったね」との感想をいただいた。
飲食ルールの改定に関しても,別のある教員から「館内で飲めるようになって助かるよ」との言葉をいただいた。これまでルールを守り館内で飲み物を飲んでいなかった学生も同様に感じているだろう。
設備の改善に関しては,図書館をよく利用しているある学生が「このところ,(夏や春の)長期休暇が明けるたびに図書館の中が変わってますね。次の休み明けにどうなっているか楽しみです」と言っていた。ほかの学生も変化に気づいており,それを期待しているのではないかと思う。
今後も,できる限り必要な改善を進めて行くつもりである。現在,予定しているのは今年(2009年)9月の,閲覧席の一部の個別席(キャレルデスク)化である。LibQUAL+®の結果を見ると,学生はひとりで学習・研究するための静かな空間を求めていることがわかった。この求めに応じたものである。
ただし,学生が望むことを何でもかんでも実現するべきではない。最初に述べた基本的な考え方に従い,学生に媚びるのではなく,大学図書館としての気品を保つことを忘れてはならないと考えている。
注 1)LibQUAL+®の結果は,以下のWebサイトで公開されている. http://project.lib.keio.ac.jp/libqual/report.html, (参照2009-07-10).
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