MediaNet メディアネット
ホームへリンク
最新号へリンク
バックナンバーへリンク
執筆要項へリンク
編集員へリンク
用語集へリンク
慶應義塾大学メディアセンター
メディアセンター本部へリンク
三田メディアセンターへリンク
日吉メディアセンターへリンク
理工学メディアセンターへリンク
信濃町メディアセンターへリンク
湘南藤沢メディアセンターへリンク
薬学メディアセンターへリンク
ナンバー16、2009年 目次へリンク 2009年9月30日発行
 
学習のための新エリアの企画
―FGIとLibQUAL+®の調査結果を活用して―
上岡 真紀子(うえおか まきこ)
理工学メディアセンター
全文PDF
全文PDFへリンク 345K

1 はじめに
 理工学メディアセンター(以下,当センター)では,慶應義塾大学メディアセンター中期計画(2006〜2010)に基づき,2008年度より3年計画として学習支援強化のための館内資料および閲覧席の再配置を行っている。昨年度はその1年目として,主として個人用学習スペースの改編を行った。本稿では,計画初年度の戦略とコンセプトの立案,それらに基づく新エリアの設置について報告する。

2 学習支援強化のための3年計画の背景
 当センターが所属する矢上キャンパスは,理工学部の学部3年生以上が所属するキャンパスである。理工学部では,学生は学部4年生から研究室に所属する。各研究室における学習・研究環境は研究室ごとに異なるが,一般に学部生用の個人席を完備している研究室は多くない。理論研究室など人数の多い研究室では,修士の学生であっても個人用の席がない場合もある。そのため,当センターは,キャンパス内における学部生や大学院生のための学習の場として重要な役割を果たしている。
 学習の場としての当センターの質の向上に関連する最近の取り組みとしては,2006年度のPCエリアの新設,レファレンスカウンターの什器入れ替え,全館無線LAN対応,古くなった個人用キャレルの入れ替え,館内の床のカーペットへの変更などがあげられる。しかし,いずれの取り組みも個別のエリアや事案への対応として独立して企画・実施されており,個別には最適化が図られていたものの,全体としての一貫性や視点を持つものではなかった。すなわち,数年後の当センターが,学習のためのどのようなサービスを提供する場として,どのように活用される場であることを目指すのかといった全館的視野に立った目的志向的な企画立案には至っていなかった。
 こうした状況を踏まえ,2008年度からの3年計画では,学習の場の質的な向上のために次の2つを意識している。一つ目は,当センター全館を通じての資料の再配置と閲覧席の再配置をも視野に入れ,ゾーニングによって新たなエリアを創造していくことを目指すこと,二つ目は,その際,それぞれのエリアのコンセプトを明確なものにすることである。それぞれを言い換えるならば,一つ目は,できる限りこれまでのあり方に縛られることなく全館を自由にレイアウトするという視点で見直すこと,二つ目は,それぞれのエリアで提供する便益を明確にし,そうした場へのニーズに確実に対応していくことを目指すということである。
 このような議論が可能になった背景には,これまで当センター内で多くの場所を占めていた冊子の雑誌の購読中止によるスペースの出現,山中資料センターへの資料移動に伴うスペースの出現といった当センターの内的な環境変化と,学生のための予算である学内の調整予算の存在,加えて,最近の「場としての図書館」の議論を具現化した他大学における参考となる事例の出現といった外的な環境要因がある。そして何より,新たなエリアの創出についての戦略とコンセプト立案において,利用者のニーズに対応するというアプローチを可能にしたのは,利用者調査ワーキンググループ(以下,利用者調査WG)が実施した学生の現在のニーズやウォンツを調査した2つの利用者調査の結果の存在である。

3 3年計画のための戦略とコンセプト立案

(1)フォーカスグループインタビューの結果から
 2007年度に利用者調査WGが実施した,学習支援のためのニーズを探るフォーカスグループインタビュー(以下,FGI)での焦点は,学習のための場所の条件,学習のために必要な道具,学習のために必要な支援を行う人へのニーズを探ることにあった。インタビューの結果,抽出された概念で今回の計画に関連するものを整理すると以下になる。
 ・場所:一人で勉強する場合の静かに集中できる場所と,友達と相談したり教えあったりして勉強するときのための仕切られた空間の両方が必要。お互いが干渉しないよう適度な距離があけられていることも条件となる。勉強の合間にリラックスして休むことのできるエリアも欲しい。
 ・道具:教科書や参考書などの単行書・雑誌資料と授業のノート,オフィスなどのソフトウェアが入っているインターネットに接続したPCが必須。
 ・人的支援:ITのサポート,学習内容のサポート,情報入手のサポートが必要。学生が聞きやすく知識を持っている人の配置。
 抽出された概念の中で,特に人的支援を統合的に提供する場のイメージは,最近国内でも事例がみられるようになったラーニング・コモンズのあり方に近い。利用者調査,あるいは根拠に基づく実践への意識が高い欧米に見られるラーニング・コモンズ設置の方向性を追認する結果である。
 当センターにおいても,もちろん,人的支援までを視野に入れた場の創造が理想である。しかしながら,限られた資源(内的にも,外的にも)と期間で少しでもニーズに対応していくとすれば,どの便益を優先して資金を投入するかの戦略を決める必要があった。

(2)LibQUAL+®の結果から
 2008年度に実施されたLibQUAL+®は,基本的に経営改善のための数値を提供するものである。したがって,LibQUAL+®の結果は,今後の図書館のおおまかな方向性は示すものの,そのまま現場レベルの改善を示すものではない。一方,LibQUAL+®の自由記述から得られるコメント部分は,ローカルな現場レベルの改善のための根拠となる非常にリッチなデータをもたらしてくれた。被験者も,2007年度のFGIの対象が学部1,2年生だったのに対し,LibQUAL+®では当センターを最もよく利用する利用者となっており,この点も今後の企画のための根拠としては最適のものであった。
 以下は,当センターを最もよく利用する利用者の,「場としての図書館」に関するコメントの典型例である。
 
 「もう少し一人用のスペースを増やしてほしい。」
 「一人で勉強するための環境としてパソコン及び机が十分に揃っていない。」
 「一人ひとりの座席のスペースをもう少し広げて,知らない人のとなりにも座りやすくしてほしいと思います。」
 「グループ学習と自習の場との分離などの空間計画が必要と思う。」
 「少人数でのディスカッションや,グループ学習ができる空間が欲しい。」
 「地下の勉強ブースや多少話しても大丈夫なスペース(グループディスカッションができるような)がもう少し多いと良いと思います。」
 
 こうしたコメントの内,「場としての図書館」に関連するもので数の多かったものを順にあげると以下のようになる。
 ・グループのための部屋の設置
 ・わかりやすい資料配置とサインの充実,私語対策
 ・個人用のブース席の充実,開館時間の延長
 これらのコメントが,当センターにおける学習のための新しいエリア創造における独自の戦略,どのニーズに焦点をあて対応していくかの優先順位を決定する際の根拠となった。

(3)3年計画の戦略と新エリアのコンセプト
 2つの利用者調査の結果を踏まえ,3年計画では,まずはコメントで要望の高かったものについて実現を目指すことになった。
 コメントで最も要望の高かったグループ学習室の設置については,グループ同士が干渉しあわない個室の設置が,初年度のレイアウト変更だけでは難しいことから,2年目以降の検討とされた。次点である,わかりやすい資料配置とサインの設置については,2009年度の夏以降に計画されている雑誌の山中資料センターへの移動後に対応することになった。こうして2008年度での対応可能性を検討した結果,初年度は個人用のブース席の充実に焦点をあてることとなった。
 新たに設置する個人用のブース席について,利用者のニーズに応えるどのような便益を提供しなければならないのかについては,FGIで抽出された学習環境へのニーズをもとに,それらのすべてを満たす場を作ることを目指した。つまり,静かで集中できる,学習活動に必須のPCがある,持ち込みのPCも利用できる,館内の資料もノートも広げることができるといった機能的な便益と,お互いに気を使わなくても良いだけの十分な間隔,学習に集中できる快適なスペースといった情緒的な便益,これらの便益のすべてを束で提供する場の具現化である。

4 学習のための新エリア
 こうした検討を経て,2008年度末に新たに設置されたのが,「総合的な学習を可能にする個人ブース」を設置した「静かエリア」である(写真1)。
 
 このエリアは,当センターの本館南側の窓沿いに位置し,既存のPCエリアとの間に設置されている仕切りと雑誌書架によってかろうじてゾーニングされたエリアである。設置した家具は,机は幅160センチのもので,この幅が個人用のスペースのサイズとなる。各ブースにはPCとヘッドフォンを設置し,持ち込みのPCも利用可能なように電源とLANを設置した。各机には,集中して学習できるように視線を遮る高さの仕切りが設けられている。さらに,個人ブースのコンセプトにかなった学習環境を維持するために,このエリアは当センターでは初となる,私語と携帯電話を控えてもらう「静かエリア」として運用を開始した。
 さらに,3のLibQUAL+®のコメントで数が多かったものの3番目に上がっている開館時間の延長へのニーズに対応するために,24時間開館に対応している創想館地下1階閲覧席を20席増設し収容人数を増やした。創想館地下1階は,電源とLANに対応したコンパクトな席のみを配置し,さらにエリアの名称も「自習室」と改称することで,試験勉強のための24時間対応の自習室というコンセプトをさらに明確にしている(写真2)。
 
 この2つのエリアが出現したことで,館内全体として,PC設置席は27席増加し,全体では51席,創想館地下1階で運用されている24時間対応の席は20席増加し,全部で62席となった。これらのエリアの設置による館内全体の座席数の減少はない。
 現在,静かエリアは常に満席となっており,自習室も試験期には確実に連日満席になることが予想される。しかしながら,これらのエリアもさらなる利用者からの声によって改善されていく必要があろう。そのための利用者からの評価を得る機会も今後企画されることになるだろう。

5 サービス開発と利用者調査
 今回の新エリアの設置は,2つの利用者調査の結果を根拠として物理的な場を改編したにすぎない。3で触れた,FGIで抽出された学習のためのニーズのうち,場所と道具には対応したものの,人的支援へのニーズには対応していない。
 3で述べたように,人的支援を統合したサービスモデルのイメージは,海外に先行事例が見られるラーニング・コモンズのサービスモデルに近い。ここでラーニング・コモンズの概念について少し整理しておく。
 ラーニング・コモンズの概念について共通認識がもたらされたのは,2005年の米国大学図書館協会の全国会議での「インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ」というパネル(参考文献1)においてである。このパネルでは,ラーニング・コモンズの概念,定義について議論するとともに,5つの大学が事例発表を行っている。ここでの議論の下敷きになったのが,「From Information Commons to Learning Commons」の枠組み(参考文献2)である。この枠組みは,ラーニング・コモンズへの変化を以下の4象限で表す。著者は,第2象限と第3象限の間にインフォメーション・コモンズとラーニング・コモンズの境界があるとしている。
 ・第1象限 適応:電子資源へのアクセスとともに,プロダクティビティ・ソフトウェア(マイクロソフトオフィス)が備わった,図書館内のコンピュータラボ。
 ・第2象限 単独での変化:同じラボであるが,プレゼンテーションや出版のために図書館員の支援が得られるようになり,図書館はそのサービス展開の形を大学全体の変化しつつある優先課題に適合させて,図書館内の以前は別々だったものを連動させていく。ただし,未だ図書館中心のものである。
 ・第3象限 広範囲の変化:上記の働きに加えて,ファカルティ・ディベロップメント・センターやティーチング・センターなど他の部門と協調するだけでなく,キャンパスのコースマネジメントシステムと図書館の電子資源やバーチャルレファレンスなどがリンクするなど,サービスが図書館内でなく,図書館の範囲を超えて協働したものになる。
 ・第4象限 転換:大学全体の指針やコアカリキュラムの改訂などの改革の枠組みの中で,上記のことが実施されるようになる(参考文献3)。
 この枠組みに従えば,当センターにおける今回の改編は,第一段階である物理的整備を実施したことになる。ここで,当センターについて,今後電子ジャーナルへの移行が加速することにより冊子体の雑誌が徐々に姿を消した後,利用者にとってのどのような場を目指すのかについて,ラーニング・コモンズを目指すものとして議論したというわけではない。しかし,FGIで抽出された学習のためのニーズに対応するための一つの方向性として参照可能だろう。もちろん,3で述べたニーズ調査の結果の3番目にあった,ITのサポート,学習内容のサポート,情報入手のサポートを統合した人的支援の提供など,サービス統合のレベルがあがるごとに,組織内のより高いレベルでの判断と行動が必要になる。
 続けて北米研究図書館協会(Association of Research Libraries, ARL)は,2008年に『学習スペースのための事前計画ツールキット』(参考文献4)を出版している。これは大学図書館における学習環境を設定するためのマニュアルとされているが,その内容は,企画のために必要な学生や教員のニーズを探るための評価手法を書いたものである。このマニュアルに書かれている,「新たなサービスを展開することは,利用者を深く理解することと,そのための評価活動から始まる」という呼びかけは,図書館における今後のサービスモデル開発と,その根拠としての利用者調査の在り方について示唆的である。

参考文献
1)“From Information Commons to Learning Commons:Voices from the Frontline”.(online),available from <http://library.uncc.edu/infocommons/conference/min
neapolis2005/
>,(accessed 2009-06-02).
2)Donald Beagle.“From Information Commons to Learning Commons”.(online),available from <http://www.usc.edu/libraries/locations/leavey/news
/conference/presentations/presentations_9-16/Beagle_Information_Commons_to_Learning.pdf
>,(accessed 2009-06-02).
3)枠組みの日本語訳は,以下を参照・加筆した.
永田治樹.“大学図書館における新しい「場」インフォメーション・コモンズとラーニング・コモンズ”.名古屋大学付属図書館研究年報.第7号(2008年度).2009,
4)Crit, Stuart.“ARL Learning Space Pre-Programming Tool Kit”.Association of Research Libraries.2008.(online),available from <http://www.arl.org/bm~doc/planning-a-learning-spac
e-tool-kit.pdf
>,(accessed 2009-06-02).

図表
拡大画像へ
リンクします
写真1
拡大画面を表示
写真2
拡大画面を表示
 PDFを閲覧するためにはAdobe Readerが必要です このページのトップへ戻る
メインナビゲーションへ戻る
Copyright © 2009 慶應義塾大学メディアセンター All rights reserved.