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ナンバー16、2009年 目次へリンク 2009年9月30日発行
ティールーム
エビデンスとデータベース
吉村 公雄(よしむら きみお)
医学部専任講師医療政策・管理学
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 昨年度より,信濃町メディアセンターの方々と一緒に,医学部3年生向け選択授業として「Evidence-Based Medicine(EBM)入門」なる講義をしている。EBMは「根拠に基づく医療」等と訳されるが,では以前は根拠がない医療が行われていたのかというとそれは誤解である。ある病気に対してある治療法が行われる場合,生物学的メカニズムから有効だろうと類推したり,医師のそれまでの経験から効くだろうと考えたりして,治療が行われてきたのであって,根拠がなかったわけではない。しかし,それらは根拠としては質の低い根拠とされる。ヒトは極めて複雑な構造や機能を有しており,生物学的メカニズムから結果を推定しても,必ずしも推定通りになるとは限らない。また,医師の経験も,偶然に左右されたり,思い込みなど心理的メカニズムの影響を受けたりするので,必ずしも客観性があるとは限らない。つまり,目の前の患者を治療する際のよりどころとして,その治療という「技術」がどの程度有効かを科学的に評価すべく,ヒトを対象とした研究を行っていくべきだというのがEBMの根底にある考え方である。最近ではエビデンスという言葉が政策など医学以外の様々な場面でも使われているようである。
 EBMでは,最善の科学的根拠を見つける,すなわち,文献の検索が必要になる。インターネットが普及して十数年になるが,文献のデータベース化はそれ以前より進行しており,現在,文献検索は以前に比べて格段に容易になった。しかしながらキーワードの選び方や曖昧検索のやり方などのテクニカルなことを充分知らないと,必要な文献を見落としたり,逆に,関係のない文献を多数検索してしまうことになる。またインターネット上の文献データベース検索ツールも年々改良されており,メディアセンターで開催される「電子リソース活用講座」等を受講し最新情報を知っておくと,効率の良い文献検索が出来る。海外の教科書では,文献検索は可能な限り専門家に依頼すべきだとさえ書いてある。
 さて,医療に関する情報は当然のことながら文献だけではない。症例のデータベース化が科学的根拠を蓄積する上で重要である。つまり個人の症状や検査所見の経緯,投薬履歴,手術方法等とその病気の転帰をデータベース化することである。そして,統計学や人工知能等を使ってデータを解析し,有用な知識を発見することができる。これは,コンビニエンスストアがすべての店舗の購買履歴データを蓄積し,利益増に結びつく有用な知識を抽出しているのに似ている。
 疫学では従来このような情報の蓄積と解析が重要と考えられ,疾病登録と呼ばれている。残念ながら諸外国に比べて我が国では疾病登録は大きく立ち後れたままである。疾病登録だけでなく,日本の臨床医学分野の研究業績は今や中国の後塵を拝している状況である。これは基礎医学分野で世界トップクラスの業績を上げているのと対照的である。
 我が国では我が国のエビデンスを出していく必要がある。というのは,体質や環境が異なるので,外国のデータは参考にはなるもの,そのまま日本に当てはめることはできないからである。
 さて,症例データベースの登録数が約1,000例までであればエクセル等で管理できる。しかし,それ以上の症例数となったり,継続的に運用したりするとなるとまずうまくいかない。症例データベースの構築と運用には,臨床医学の知識はもちろん,疫学と情報技術の知識が不可欠で,注意深く計画しないとよい成果が得られない。さらに,今の忙しい臨床現場では臨床医がデータ管理を行うのは到底不可能なので,データ管理者を置く必要もある。そして,登録がスムーズに進むように日常の臨床業務の流れを見直す必要もある。また,電子カルテが導入されてもこのような症例データベースが自動的に出来上がる訳ではなく,臨床現場に合わせた疾病登録の機能を電子カルテの中に注意深く設計する必要がある。
 EBMはコンピューターの発達によって可能になったと言える。今後,医療関係者と情報の専門家との協同がますます重要になると思う。

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