1 はじめに 慶應義塾で利用できる電子ジャーナルの総数は,2000年以降急速に増え続け,2005年には,のべ30,000タイトルを越え,信濃町,矢上キャンパスにおいては冊子に代わりつつある中心的な存在となった。一方メディアセンター図書予算のうち,電子資料への支払額は全体の約四分の一を占める割合に至っている。電子ジャーナルのタイトル数と契約額の増大は,図書館業務を行なう上で管理面においてもサービス面においても大きな変化をもたらしてきた。また,近年この変化を受けてデータベースプロバイダーや図書館システムベンダーが電子資源関連のシステムを次々と提供し始め,私たちの選択肢は徐々に広がりを見せている。 本稿では電子ジャーナル管理の現状について,これまで整備してきた共通基盤によって何が可能になったか,それぞれの課題は何か,2005〜2006年の進捗を中心に報告する。さらに,導入に向けて検討を開始した電子資源管理システム(以下ERMS)は,現在私たちが抱えた課題を一挙に解決してくれるのか,という点についても考えてみたい。
2 電子ジャーナルサービスにおける全塾共通基盤 メディアセンターでは2004年より電子ジャーナルの全塾一元管理をめざし,その第1歩としてEBSCO AtoZ(以下AtoZ)サービスを導入した。毎月安定的にデータを更新できるよう軌道に乗るまで約1年を要したが,2005年以降AtoZ登録データを利用して,KOSMOS-OPACへの書誌データの搭載,ナビゲーションリンクと新たなサービスへと展開することができた。
(1)電子ジャーナル検索(EJ-OPAC)
EJ-OPACは慶應義塾大学が提供している電子ジャーナルリストであり,データ作成の面から言えばタイトル管理の柱となる存在である。外部サービス機関(EBSCO社)のデータを取り込んでEJ-OPACにロードしている。AtoZデータを利用することにより登録作業の手間を軽減し,代わりに更新頻度をあげ,登録対象タイトルを増やしてきた(注1)。
メディアセンターではAtoZが用意したインターフェイスを用いずに,独自に作成した画面を用いている。その主な理由は,独自画面であれば各キャンパスの異なる契約状況を1画面上に表示できることや,日本語の電子ジャーナルも掲載することが可能なためである。毎月のロード作業時には多少手間がかかるが,自館の必要に応じた自由な画面設計,機能追加を可能にしている。2005年には,検索,一覧表示に加えて主題一覧,出版社一覧,Embargo(最新号の購読不可期間)表示を追加した。また,毎月のロード結果をもとに,キャンパス別,パッケージ別タイトル数を自動集計するプログラムを整備し,メディアセンター標準統計の基礎数字として利用している。EBSCOが提供するタイトル情報は,更新頻度,パッケージタイトルの管理などの精度を次第に上げており,データの信頼性は高まってきた。また当初より課題となっている日本語データに関しても2006年にはユニコード対応が実装される予定となり,別途Excelシートを用いて管理する手間が軽減することを期待している。
(2)KOSMOS(慶應義塾大学図書館システム)
電子ジャーナルタイトル情報のKOSMOSへの搭載は,AtoZへの登録データを利用することにより2005年9月にようやく実現した。電子ジャーナルの存在をより多くの人に知ってもらい冊子から電子へと利用を誘導するには,既存のOPACへの掲載により多くの目に触れることが,もっとも効果的であると考えている。 データ登録は,書誌情報をMARC形式でEBSCOから取得しKOSMOSへロードする,という方法で毎月全データを入れ替える。調達すべき書誌情報は,毎月AtoZに登録したタイトル情報が元になっているため,AtoZへの1回の登録作業で一石二鳥の感を味わうことができる。 課題としては,現在KOSMOSに載っているのは全塾利用できるタイトルに限られ,各キャンパスが個別に契約しているタイトルは未掲載という点である。AtoZではキャンパス毎にアカウントが別管理(=別契約)のためキャンパス個別契約のデータも載せるためには,5つのアカウントが必要で5倍の費用を要することになる。
(3)ナビゲーションリンク
二次情報データベースを使って論文を特定した後,どのような手順で電子ジャーナルを探し目的の論文の全文にたどりつけばよいか。この疑問を解決するため,利用者を誘導するのがナビゲーションリンクである。一つ一つの論文を識別するDOI,やOpen URLが整備されてきたことによってデータベース検索結果と電子ジャーナルの本文を直接つなぐことが可能になった。メディアセンターでは「リンクリゾルバ」(図1.参照)と呼ばれるこの機能をサービスとして提供するLinkSource(EBSCO社)を導入,テスト運用し,今年度より本格的に利用開始した。 データベース検索によって探し出した論文を,出版社提供の有料電子ジャーナル,アグリゲータ提供の有料電子ジャーナル,無料提供誌,KOSMOS検索,WebcatPlus検索…と利用者が入手する際の優先順位に沿って画面に表示する。画面を通じてレファレンスカウンターの利用指導を受けるようなイメージだ。 リンク元となるデータベースとリンク先となるターゲットは,各図書館が独自に指定することができる。リンク元となるデータベースにはOpenURLが整備されたWeb of Knowledge, EBSCOhost, CSA Illumina, Compendexを設定している。またターゲット側にはOpenURL対応の電子ジャーナルの他にKOSMOS, WebCatPlus, PubMedを当面の対象として選んだ。 LinkSourceが本稼動に至るまでにはいくつもの課題があった。もっとも懸念した点はインターフェースの完成度で,メディアセンターでは,データベース側にひと目でわかるリンクアイコンを示すこと,ナビゲーション画面の並び順をメディアセンタースタッフが決められること,説明語句を日本語で表示できることの3点を利用者へ提供開始するための必須条件と考えていた。LinkSourceを提供することは,利用者に対しては求める論文までのクリック回数をあえて1回増やし,判断を強いることになる。誘導する意図が明確に伝わらなければむしろ逆効果になりかねない。2006年に入り,EBSCO側の機能拡張によってこれらの課題がある程度解決された。 2つめの課題はリンクの精度であった。リンクリゾルバの機能を活かすには,データベース側とターゲット側との双方に正確な識別子が用意されていなければならない。識別子の設定に不備が多いとリンク表示されず,逆に利用者を迷わせる結果となってしまう。テストを開始した2005年当初と比較すると,各出版社の整備状況は格段に進んできた。 3つめは電子ジャーナルが入手不可の場合のKOSMOS等の再検索,ILLサービスへのナビゲーション機能である。KOSMOS, WebcatPlus, PubMedへのリンクは問題なく用意できた。ILL窓口へのリンクは,認証システムを含めたキャンパス間の運用調整が必要であり,今なお検討中である。
3 電子ジャーナル契約管理の全塾共通基盤 電子ジャーナルの契約は,購入契約だけでなく,利用許諾契約も含まれ,内容が複雑多岐に渡る。近年,契約内容を把握しておくことが図書館の重要な業務となってきた。特に,図書館コンソーシアム活動が本格化してからは,出版社ごとに全タイトルを慶應全体で1契約とするケースが増え,各地区の支払額の調整がより日常化し,全塾における情報の共有は切実なものになった。しかし契約管理を冊子中心の雑誌管理システム(以下,KOHEI)の中で管理することは難しい。そこでKOHEIでは支払処理のみ行なうにとどめ,現在全塾の情報共有はExcel表をベースに行ない徐々に項目を整理している。以下に紹介する「EJ/DB契約一覧」と「EJ契約管理票」はERMS導入を検討する上での元になるデータと言うことができる。
(1)EJ/DB契約一覧
全塾電子リソース委員会を中心に,電子ジャーナル,データベース,電子ブックの契約を一覧することができる表を年度ごとに作成している。キャンパス間の支払分担額を把握することを主な目的としたリストであったが,電子媒体の支払金額を,さまざまな角度で捉えておく必要性が増し,年々項目を追加してきた。選定の検討材料としてはもとより,PULC(公私立大学図書館コンソーシアム;Private and Public University Libraries Consortium)交渉の基礎数値,電子化の状況把握,補助金申請,各機関からのアンケートの資料作成にも欠かせない。2005年度からはメディアセンター標準統計(電子媒体資料)の基礎数字としても利用している。 電子ジャーナルの支払処理は,KOHEIによって行なっているが,KOHEIはキャンパスを越えた一覧,集計する機能を持たない。また支払データの性質上利用者を限定しておく必要がある。メディアセンターの特徴とも言える,キャンパス独自の契約,キャンパスからの拠出による支払分担を,今後も維持していくならば,支払に関する情報共有は,引き続き大きな課題となる。
(2)電子ジャーナル契約管理票
急にアクセスできなくなったタイトルがあるが契約が切れたのか? 他館からILL依頼を受けたが提供してよいのか? 冊子のキャンセルを検討しているが電子分を負担する義務はあるのか? こうした電子ジャーナルに関する日常的な疑問を解決するための最終的なよりどころは契約書である。契約書に記された内容は,選書担当,予算管理担当,雑誌担当,レファレンス担当,ILL担当など多くの担当者の業務に関わりを持つ。 そこで,契約上重要な項目を整理した「EJ契約管理票」を用意し,契約単位で記入する試みを始めた。しかし契約書を読みこなすことは手間のかかる仕事であり3年目を迎えた現在でもまだ軌道には乗っていない。
(3)雑誌管理システム(KOHEI)
新たに電子ジャーナルを契約する際,必ず検討することの1つが冊子を継続するかどうか,という点である。最近の冊子の管理はキャンセル,書店変更,電子ジャーナル化が頻繁である。さらにコンソーシアム契約では,特定の出版社の冊子キャンセル額を調整したり,冊子の購読規模を前年の支払額で算出したりという,新たな観点が加わった。このような電子化による変化に対応すべく,KOHEIの機能拡張を予定している。リニューアルリスト管理機能の追加,出版社系列コードの追加,電子ジャーナルとの関連がわかる価格体系コードなどを追加することを現在検討中である。
4 ERMS(電子資源管理システム)への期待 ERMSは,電子ジャーナルだけでなく,データベース,電子ブックを含めた電子リソースを包括的に管理することができるシステムのことを意味する。(図2.参照) ERMSは,2000年代に入って米国の大学図書館やシステムベンダーがそれぞれ独自に開発を始めたことに端を発する。その後,米国の研究図書館が集まるDigital Library Federation(DLF)によって各図書館で独自開発したERMSを持ち寄りERMS開発に必要な機能要件をまとめ,2004年8月にElectronic Resource Management Initiative(ERMI)という報告書にまとめた(注2)。各ベンダーはERMIに基づいたERMSの製品化を手がけ,2005年後半には図書館トータルシステムの一部として,ERMIの要件を満たすERMSが相次いで製品化された。 メディアセンターでは,2008年予定の次期図書館システム(KOSMOS III)リプレースへ向けての検討材料の1つとして,Endeavor社のMeridianのデモ,ExLibris社のVerdeのトライアルの機会を得た。それらの主な特徴としては,発見,トライアル,選定,購入,アクセス,見直し,契約更新という電子資源管理の業務フローに沿って,そのすべてを含む構成であること,タイトル,パッケージ,契約のデータの整合性を重視していること,統計やタイトルリストなど,データのインポート,エクスポート機能を持つこと,利用権限の細かい設定が可能なこと,などが挙げられる。ERMIに基づいて作られたERMSは完成度が高く,さらに2社ともリリース半年後の機能拡張も終え,リリース時には見送られていたユニコード対応,OPAC連携,障害レポートなどの機能を追加している。 メディアセンターが電子資源管理のシステム化を考える直接の動機となったのは,契約情報の管理であるが,それをはるかに上回る機能を持つ。デモやトライアルからは,ERMIによって定義づけられているERMSには決定的な差異はない,という印象を持った。ERMIの繰り返しになるが,これまで電子ジャーナルを管理してきた経験からERMS選定にあたって考慮したい点は,電子リソースそのものの形態や価格体系などがまだ確立していないため,今後の変化に柔軟に対応できるシステムであることがもっとも重要である。また本稿の前半で述べた電子ジャーナルタイトル管理システムとは,ナレッジベースを共有し得る,いう点でもっとも密接な関連があるため連携のよさに十分配慮したい。その他,既存の雑誌システムとの関連では,タイトル情報の連携,支払処理の流れなどが重要なポイントになると思われる。 ERMSは,雑誌や契約担当のスタッフのみならず,選書,総務,目録,レファレンス,ILLなど多くのスタッフにとってのポータルとして,今後の図書館業務システムの柱の一つになることは間違いない。管理面においては,契約情報の共通基盤としてはもとより冊子から電子への移行期の現状分析,戦略立案に役立つことが期待される。また,サービス面においても,利用者への利用条件を確認するツールとして情報共有することができる。さらには,出版社,サービス提供会社などの機関とのコミュニティ・ポータルとしての発展性も期待できる。 次期システムにおいて,ERMSは中心的な位置に存在し,他の図書館システムとの親和性を保ちながら機能を拡大していく,そのような役割を担うシステムになるであろう。
5 おわりに 今年6月に行なわれたALAのAnnual Conferenceの中のALCTSのプログラムを,ウェブ上でたまたま目にしたところ,ERMSのセッションがあり,その議題に「トラを飼いならし中?」と記されているのに目を見はった(注3)。電子ジャーナル管理にはどこの図書館も手を焼いているということか,といたく共感を覚えた。が,それと同時に米国で「トラ」と共通認識されている電子リソースとは,襲いかかってくるほどの手ごわい存在なのか,と空恐ろしくなった。少しでも早く檻に閉じ込めたい気持ちが増している。
参考文献
1)伊藤裕之.電子情報資源管理システム(ERMS).情報の科学と技術.vol.55,no.6,2005,6,p.271-275.
2)尾城孝一.電子情報資源管理システム―DLF/ERMIの取り組みを中心として―.情報管理.vol.47,no.8,2004,11,p.519-527.
3)MariaCollins.Electronic Resource Management Systems:Understanding the Players and How to Make the Right Choice for Your Library.Serials Review.vol.31,2005,4,p.125-140.
注
1)山田雅子.電子ジャーナル管理―2004年の動き―.MediaNet. no.11, 2004, p.12-15.
2)Electronic Resource Management. Report of the DLF Initiative(2004. 8).(online), available from<http://www.library.cornell.edu/elicensestudy/dlfde
liverables/home.htm>,(accessed 2006-07-09).
3)ALCTS Preconference and Programs in New Orleans. ERMS Implementations:Are We Taming the Electronic Tiger?(online), available from<http://www.ala.org/ala/alcts/alctsconted/alctsceev
ents/alctspreconf/ermsimplementations.htm>,(accessed 2006-07-09).
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