1 はじめに 三田キャンパスに南館図書室がオープンして1年が過ぎ去った。全学生向けの図書室というものの,その実態は7月,1月の試験期を除いて,法務研究科大学院生の利用が4割近く,他の研究科大学院生を入れると大学院生の利用が5割近くを占めている(注1)。法曹を目指す彼らの研究姿勢を間近に感じながら,PC利用を重んじる学部生の学習スタイルも見えてくる。研究支援と教育・学習支援の狭間の中で,我々がどのようなサービス提供を行ってきたか振り返ってみたい。
2 運用体制の確立 2005年4月1日から現在に至るまでの間に,1階図書室には法務研究科用リザーブブック,法律関連の和・洋雑誌,レファレンス資料など,基本的には貸出しができない資料群を揃えることにした。ITスペースのPCは年度途中に6台を法務研究科専用自習室へ移動し,現在は40台が利用できる。また,ネットワーク対応プリンター(Ridoc)は三田キャンパス内で一番利用が多かったことから,1台増設し,2台になった。
(1)スタッフ
開室当初は専任4名,事務嘱託2名の計6名であったが,その年の6月から専任3名,事務嘱託2名,外部委託1名となり,現在も同じ体制が続いている。夜間及び短縮土曜,日曜開館については図書館新館・旧館同様,外部委託に任せている。
(2)業務内容とカウンター体制
1階図書室カウンターではレファレンス業務,地下3階図書室カウンターでは図書の貸出・返却など閲覧業務全般とレファレンス業務を行っている。スタッフは当番制で時間帯(8:30〜11:30,11:30〜12:30,12:30〜14:30,14:30〜16:30,16:30〜18:30)に応じ,1日1回〜2回はどちらかのカウンターに入るようにしている。また,専任は図書館予算で購入する学部生用図書の選定以外に,法務研究科の図書予算で購入する法務研究科大学院生用図書の選定も行い,なるべく早く購入するために,指定出版社を設け,生協より見計らいで取り寄せている。
(3)課題担当者制の導入
南館には法務研究科の講義が開催される教室や模擬裁判室があり,ほとんど全ての科目において,毎回課題が出されている。そのため,課題にあがっている重要文献,参考文献をチェックした後には,資料を手配する必要性が生じる。対応をスムーズに行うことと,担当教員との連絡を密にするために,スタッフに必修科目(「憲法総合」,「行政法」などの法律基本科目と「法曹倫理」などの法律実務基本科目)と選択科目(企業法務などのワークショッププログラムなど)をそれぞれ割り振っている。また,法科大学院教育研究支援システム(LL:ロー・ライブラリー,以下,LLシステム)に掲載される課題についても毎日数回チェックし,メイリングリストで連絡し課題担当者が各自対応している(注2)
3 統計に見る利用状況 学部生も利用できることが浸透した現在,1年間の利用状況は以下のようになっている。
(1)入室者数
三田メディアセンター2005年度標準統計の「10-2 入館者数」によると,三田地区では図書館新館,旧館,南館を合わせた数は1,116,006名で,そのうち,南館図書室は194,778名と全体の17.4%を占めている。通常開館時の平均利用者数は,1階図書室793名,地下3階図書室194名となり,8対2で圧倒的に1階図書室の利用が多い。利用の目的は,法務研究科大学院生は資料の閲覧,複写,PCの利用となっているが,学部生においてはそのほとんどがAV編集コーナー以外,PCの利用に限定されていると言っても過言ではない。地下3階図書室は,資料の閲覧・貸出・返却という目的で利用されている。大学院生と学部生の比率は,先に述べたように法務研究科大学院生:他研究科大学院生:学部生他は4:1:5となっており,資料とPCを併用する大学院生,PCのみを利用する学部生の二極化が進んでいる。
(2)貸出冊数
旧館にあった政治学の専門書(請求記号:PL,以下PL),経営学の専門書(請求記号:BC,以下BC),法律の専門書(請求記号:JR,以下JR),東別館にあった法務研究科予算で購入した専門書(請求記号:LSA,LSB,以下LS)の2004年度と2005年度の貸出冊数は図1のとおりである。 南館図書室へ移動した後は全分野で貸出冊数が増加している。特に,LSは前年度比6.5倍近くと驚異的な数字が示され,南館図書室の開室に伴う利用者の増加が顕著に見て取れる。利用者の内訳については,データ上解析できない点があり今回は割愛した。
(3)レファレンスサービス
年間3,389件。うち利用指導3,132件(大学院生1,532件,学部生1,098件,教職員294件,塾外208件),文献所在調査182件(大学院生99件,学部生26件,教職員50件,塾外7件),事項調査30件(大学院生12件,学部生4件,教職員12件,塾外2件),その他45件(大学院生17件,学部生15件,教職員10件,塾外3件)となり,9割以上が利用指導である。身分別では大学院生が全てトップを占めている。図書館新館では学部生がトップとなっているから利用者層に違いが出ていることがわかる(注3)。
4 サービスの改善と他部署との連携
(1)講義支援
提供する資料の生命線ともいえる法務研究科のリザーブブックは1,000冊を超え,他学部・研究科に比べかなり多い。2005年7月より「リザーブブックオンラインリクエスト」を実装し現在に至っている。また,今年度はシラバスに掲載されている指定教科書について春季休暇中に所蔵調査を行い,資料がないものについては教員へ連絡をとり,学期初めにリザーブブックとして揃えるようにした。当初5冊購入していたリザーブブックは利用状況を見て2冊へと減らし,その分他のリザーブブックを購入することができた(注4)。目録情報についてはExcelで作成したものをホームページ上で提供していたが,利用者にわかりづらかったことと検索機能が不十分だったことから,2006年2月よりOPACでの検索を可能にした。以後,リザーブブックに関する問い合わせは減少したが,カウンターからはより多くの利用者が利用するようになった様子が一目でわかる。課題の資料に掲載された雑誌論文については,当初,新館図書館3階レファレンス担当に全ての資料の取り置きを依頼し負担をかけていたが,どの科目で何人が資料を使うのかをリサーチし取り置いてもらうようにした。
(2)学部生への開放
旧館にあったJRを閲覧する時は,従来,学部生は入室手続きが必要であったが,南館へ移動後,しばらく継続したものの法学部図書委員会の了承を得て,手続きが不要となった。そのことが3(2)で示されたように貸出冊数の増加へとつながった。
(3)電子化への取り組み
法務研究科が編集し,慶應義塾大学出版会が発行している『慶應法学』は著作権を全てクリアし,慶應義塾大学のリポジトリにより電子化での提供が可能となった(注5)。仲介役として働きかけ,メディアセンター本部担当者からの機関リポジトリへの参加の呼びかけも手伝い実現に至ったといえる。
(4)広報
入学前の説明会での新入生全員に対するオリエンテーションの実施や文献探索ツアー,データベース体験講座などについては,学事センターに協力を仰ぎながら,広報の徹底化を心がけている。自習室への掲示はその一例であり,LLシステムへの搭載と講義中での紹介については教員にお願いしている。
5 スタッフの資質向上を目指して 利用者サービスの要は我々図書館員である。南館図書室では可能性を探りながら,以下のようなことを試みている。
(1)コンテンツシートの回覧
南館図書室で受け入れている新着雑誌,和雑誌53タイトル,洋雑誌33タイトルについて電子ジャーナルの有無を示し,最新号の目次を回覧し,判例や話題性の高い事件などをインプットしている(注6)。
(2)勉強会の開催
有志がお昼休みに集まって,Beck Online(ドイツ法律関連データベース)など法律情報に関する勉強会を開催している。
(3)他大学図書室の見学 昨年9月以降,土曜休暇を利用して参加希望者だけで法務研究科のある他大学の図書室を見学している。今までに訪問した法科大学院は上智,法政,中央,大宮,筑波で,今後予定しているのは専修,学習院である。発足間もない法科大学院図書室の現状を探ると同時に,同じ主題を持つ図書館員との交流を深めるためにも継続してゆきたいと思っている。
6 最後に 昨年の『MediaNet』No.12(2005)の原稿を読み返し,この1年間でどれくらい課題をクリアしたかチェックした。教員に対するリザーブブック申し込みの簡便化と教材作成への誘導などについては,4(1)で述べたように改善され,業務は以前よりスムーズに流れるようになったと思う。データベース提供については,利用の実態がわかってきたので,予算面で図書館,学部との協力体制を整えることを考えながらも,今後は利用促進に力を注ぎたい。施設関係についてはアトリウムにネットが貼られ安全性の確保ができ,不具合があれば即座に関係部署へ連絡している。スタッフについては長期的にかつ安定的に確保することをあげたが,今後もそのことを望みつつ,主題知識の蓄積とその成果を大学・図書館・法律などの関連団体が発行する出版物に発表できるような「場」を提供したい。 この1年間を振り返って一番嬉しかったことは,今年2月に法務研究科修了の一期生有志22名からペナント(感謝状)(写真1)をもらったことである。利用者サービスを最終目標としている我々にとっては初めての経験であり,嬉しい限りであった。今後の励みにもなり,これを継続できるような力を持ち続けたいと思っている。法律の専門知識は自己研鑽しなければならないが,法律を学んだスタッフに貪欲に聞きながら,時には大学院生や教員の力を借りて蓄積してゆきたい。2年目を迎え,利用者動向も見えてきた。新任者の教育や書庫スペースなどの問題を抱えながらも,南館図書室として何を目標としていくのか,早急にコンセプト作りをしなくてはならない。
参考文献 1)梁瀬三千代.南館図書室の運用.MeidaNet.no.12,2005,p.64-68. 2)三田メディアセンター2005年度標準統計.2006.
注 1)南館入館ゲートシステム統計データより算出 2)2005年10月より南館図書室用にID,パスワードを発行してもらい,課題チェックが可能となった。
3)三田メディアセンター2005年度標準統計「14-1レファレンスサービス利用件数」参照
4)ただし,教員から3冊の指定があった場合はこの限りではない。
5)KOARA(仮称).(オンライン),入手先<http://koara.keio.ac.jp/>,(参照2006-07-28).
6)2006年6月21日現在
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