1 KOARA構築の目的と運用体制 (1)KOARA構築の目的 KOARA(KeiO Academic Resource Archive)は,慶應義塾大学の知の発信と保存を目的として,学内で生産・保有する学術的資産を電子的な形態で収集・蓄積し,国内外の誰もがアクセスし利用できるようにウェブ上で公開するものである。機関リポジトリには,学術コミュニケーションシステムの変革を目指す側面と,機関の「電子アーカイブ」としての側面があると考えられる(参考文献1)が,KOARAは,この両面を持ち合わせたものを志向しているといえる。 機関リポジトリは図書館のためではなく,研究者をはじめとした利用者のために構築されるべきものであるが,図書館がこれを構築,運用することにより,学内外に対して図書館の新たな役割を表明することにもなる。すなわち,学内における資料のボーンデジタル化とその収集・保存・公開のための業務工程を整備する役割,紀要など電子出版化された学内出版物のウェブ上の提供の場としての役割,スムーズな学術情報流通を推進し,サポートする役割などがそれにあたる。機関リポジトリ一つで上記の役割が果たせるわけではなく,内外の様々な既存のサービスやシステムとの連携を図り,高度化していくことによって,実現を目指していくことになる。
(2)KOARAの運用体制 a 全塾的な実施体制 KOARAは,国立情報学研究所(以下,NII)で行われている次世代学術コンテンツ基盤構築事業(以下,CSI委託事業)(参考文献2)の委託助成を受けて構築が進められている。現在のところ,運用実務はメディアセンターで行われているが,実施体制は全学的な構成(図1)となっている。慶應義塾総合研究推進機構会議の下に,担当常任理事,メディアセンター所長,ITC所長,デジタルメディアコンテンツ統合研究機構運営委員会委員からなる,全学的な政策決定のための学術コンテンツ基盤構築タスクフォースが置かれており,その下に各メディアセンターのメンバーによって構成され,実際の計画やプロジェクト管理を行う学術コンテンツ基盤構築WGがある。2007年2月には第1回WGが開催されており,ここで各種の検討が進められている。
b 運用規則の整備と著作権 KOARAの運用規則については,これまで,上述の学術コンテンツ基盤構築WGを中心に,収録するコンテンツの内容,登録・削除の条件,著作権の取り扱いなどについて検討を重ねてきており,早急に公開するべく整備を進めているところである。 KOARA上で電子データを公開するには,著作権法における「公衆送信権」と「複製権」の許諾を得ることが必要である。今後KOARAで公開される予定のデータに関しては,投稿規程の改訂により許諾を前もって得ておくようにすることができるが,紀要などを過去に遡って網羅的に収集・公開しようとした場合,個別に許諾を得ることは難しく,またそのために掛かるコストも大きくなる。学術的な著作は,広く一般に公開されることにその意味があると考えられるが,現状の著作権法では,基本的には著作権者の許諾を得ずにウェブ上で公開することはできない。文化庁の「著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」の委員を迎えて行われた著作権法改正に関する懇談会において,プロバイダ責任制限法(参考文献3)第三条の2におけるいわゆるnotice and take downや米国著作権法のフェア・ユースの概念を取り入れ,著作権者の許諾を得ずにウェブで公開する方策が議論されていたが,現時点では判例もなく,日本国内での適用は難しいようである。著作権はウェブにおける学術情報流通を考える上で,非常に重要な問題であり,政策面からも検討していく必要があるだろう。
c コンテンツとコンテンツ収集体制 平成19年5月時点で,KOARAに収録しているコンテンツ数は,論文本体が3,560点,写真が1,562点,貴重書が9点となっている。CSI委託事業に参加している大学の収集しているコンテンツは様々であるが,慶應の場合,論文については,現在,学会誌や紀要といった学内出版物を中心に収集している。電子化が遅れている学内の学会誌や紀要のボーンデジタル化を推進するため,学会,出版社,印刷との連携を図り,出版からKOARAへの登録までの工程を合理化して,今後も継続運用が可能となる一連の流れ(図2)を構築している。この一連の流れの構築が慶應の取り組みの一つの特色であるといえる。 この他に,学内で所蔵している貴重資料のデジタルデータを作成し,それらをKOARAに登録している。図書館には,デジタルギャラリーという貴重資料のデジタルデータを公開しているサイトがあるが,こちらはどちらかといえば作品を見て楽しむためのものとして位置づけ,KOARAは,検索と保存のためのアーカイブとして位置づけている。 KOARAへのコンテンツの登録は,図2の流れに基づいて,全てメディアセンターで行っているが,今後は個々の研究者の論文をアーカイブする流れの構築を進めていくことも考えている。上記のコンテンツ以外に,授業映像や音声などマルチメディア・データの,取り扱いに関する照会が増えてきているが,それらをどのように扱っていくのかについては,今後更なる検討が必要である。
2 KOARA構築の流れと進捗
(1)NIIのCSI委託事業 NIIによるCSI委託事業に採択されて以降,コンテンツやメタデータ,運用ラインの構築を初めとして様々な検討を行いつつ,継続的なシステム開発・改修を行いながら現在に至っている。このうち,KOARAのシステムとメタデータについては,既に「大学図書館研究」の79号で報告したものがあるので,詳しくはそちらをご覧いただきたい(参考文献4)。
これまでのKOARA構築の進捗をまとめると表1のようになる。平成17年10月に他18大学と共にCSI委託事業に採択されたことを受けて(内訳は国立大学17,私立大学2),KOARAの構築は始まった。平成18年5月にKOARAを試験公開し,同年7月に,前年度に引き続き,平成18年度CSI委託事業に採択された。この年には他に新規採択された大学が39あり,合計で57大学(内訳は国立大学47,私立大学10)が採択され,リポジトリの構築を行っている。平成18年度のCSI委託事業は,機関リポジトリの構築と運用(領域1)と先端的な研究・開発(領域2)という2つの領域で公募されており,慶應は両方の領域で採択された。領域1ではKOARAに搭載するコンテンツの拡充や全塾的な体制の確立,運用規定の策定を行い,領域2では,XooNIps-Libraryモジュールの開発,機関リポジトリの基本システムとしてのXooNIpsの評価,XooNIpsと外部システムとの連携実験を行うこととした。この領域2に対する取り組みは,NIIより平成18年度の優良事例の1つとして選定されている。
(2)XooNIps-Libraryモジュールの開発
慶應が平成17年度CSI委託事業に採択された当時,既に開発中・運用中だった機関リポジトリの基本システムにおいては,その前年度にNIIで行われたプロジェクト(参考文献5)にて検証されたDSpaceの採用例が多かった。しかし,調査を進めるとその他の基本システムの採用や独自開発パッケージなど,様々なケースもあることが分かった。慶應では,DSpaceを含め,他の機関が利用している基本システムはもちろん,機関リポジトリの基盤としての裾野を広げるためにも広く情報収集を行い,利用実験などの検証を行った結果,KOARAの基本システムとして理化学研究所脳科学総合研究センターが開発したXooNIpsを採用することとした。 XooNIps採用を決め,試験運用しているうちに挙がった機能要望は,開発元である理化学研究所に対して利用者からの要望という形であげている。しかし,XooNIpsが研究者の視点から開発されていることもあって,図書館に特化したメタデータの扱いなど,共通理解を得難い部分もあり,小回りの利かないジレンマがあった。そこで,より柔軟に図書館の意見を取り入れるため,理化学研究所の協力を得てアイテムタイプ(注1)という機能を一つ新規に開発することにした。名称はXooNIps-Libraryモジュールとし,XooNIps本体同様にオープン・ソース・ソフトウェア(以下,OSS)として広く一般からも利用可能な形式での開発を目指した。その成果として平成18年11月にはOSSとして,XooNIps-Libraryモジュールのversion 1.0の公開に至っている。この公開に当たって,報告会を開催し,多数の機関からの参加があった。version1.0の公開以降,XooNIps-Libraryモジュールを利用・検証している主な機関としては慶應の他に,埼玉大学,旭川医科大学,農林水産研究情報センターなどがある。また,近畿大学農学部図書館,奈良県立図書情報館などでも導入を検討中であり,ユーザ機関は徐々に増加している。 XooNIps-Libraryモジュールには,XooNIpsが持ち得なかったMetadata Object Description Schema(以下,MODS)を基盤とした詳細なメタデータ項目が設定されている。論文データ以外にも,貴重書や写真などのマルチメディアコンテンツなどの登録を考慮し,メタデータの項目もそれに合わせたものとなっている。MODSはMARC21のサブセットであり,従来の目録データとの関係を理解しやすく,相互運用も比較的容易である。実際のメタデータの記述についても,慶應の目録作業との齟齬が少なくなるように行っている。
XooNIps-Libraryモジュールにより,ある程度,図書館として独自に修正や機能拡張を行えるようになったが,事業を進める内にXooNIps本体に改造が必要,かつ短期間に実現したい機能が出てきた。そのため,次の段階として,慶應側でXooNIps本体のプログラムに独自の修正を行い,理化学研究所に修正した部分のプログラムをフィードバックするという作業を試みることにした。この試みは,欲しい機能を独自に実装・検証してフィードバックし,皆が使えるようにするというOSS開発の正しい流れに沿ったものである。実際に作業を始めてみると,開発委託の契約やライセンスの所在など,いくつか困難な問題に直面したが,開発元である理化学研究所とうまく連携が取れたこともあり,最後まで無事に進めることができた。このXooNIps本体への改造によって,KOARAにおいて1)JuNii2形式でのOAI-PMH出力機能,2)OAI-PMH set検索対応機能,3)登録データの詳細画面URI(Uniform Resource Identifier)固定機能,4)登録済みデータの一括削除機能,5)公開済みデータの一括取り下げ機能の5つが実現された。これらの機能はKOARAへの実装,検証の後に理化学研究所へフィードバックされており,7月に予定されているXooNIpsの次期更新版に組み込まれ,公開される予定である。
(3)学術論文編(KOARA)と学術資料編(KOARA-A(仮称))の分離
平成18年4月にKOARAを試験公開した際には,論文や貴重書データなどが混在した状態であったが,今後さらに増えていくと思われるマルチメディア・データの取り扱いとその役割について検討が行われ,純粋な論文データとマルチメディア・データを分けて取り扱うことで,利用者に対する利便性を高めることができるとの結論に至り,純粋な論文データのみを搭載するKOARAと,それ以外のマルチメディア・データを搭載するKOARA-A(仮称)とを分離することにした。平成19年5月から,分離作業に取りかかり,平成19年6月時点でKOARAは公開済み,KOARA-A(仮称)は公開準備中である。
(4)外部システムとの連携
KOARAは単独でサービスを行うことができるように構築されているが,利用者の視点から言えば,機関リポジトリを個別に利用するよりも,様々なリポジトリの論文を同時に利用できること,どこをとりかかりに検索しても最終的に目的とする論文本体にたどりつけることの方が重要であろう。このため,KOARAでは積極的に外部のシステムと連携を行い,利用の可能性を広げる取り組みを行っている。現在,慶應の研究者情報データベース(K-RIS),電子ジャーナル検索システム(EJ-OPAC),リンクリゾルバとの連携について検討・実証実験を行っている。
a K-RISとの連携
KOARAに搭載されている研究者情報とK-RISの研究者情報を相互的にリンクする機能を現在開発中である。この機能により慶應の研究者情報を調査している際にKOARAへリンクすることでその研究者の研究成果そのものを読むことができるようになる。また,KOARAで参照しているデータから,その研究者についての詳細な情報を知ることができるようにもなる。両システムで互いに管理するデータを切り分けることで重複管理という無駄を省き,相互にリンクすることで各々のシステムに不足しているサービスを補完し合う効果が期待できる。
b EJ-OPACとの連携
KOARAでは,学会誌や紀要などをタイトル毎に収集している。そのため,EJ-OPACからリンクすることで,KOARAに搭載されているタイトルがあたかも電子ジャーナル・タイトルであるかの様にアクセスできるようになり,KOARAの可視性を向上させる効果が期待できる。
c リンクリゾルバとの連携
学術情報ハブとして利用されるリンクリゾルバとの連携によって,KOARAに搭載されている研究成果への的確なアクセス経路を構築することができる。これによりKOARAの利用を促進することができ,搭載コンテンツの可視性も上がる。また,リンクリゾルバを介してOPACなど他検索システムから全文へのリンクアウトを提供できる可能性が上がり,利用者に対する利便性の向上という相乗効果を期待することもできる。当面の連携実験はEx Libris社のMetalib/SFXをターゲットとしている。
3 KOARA今後の展開 平成19年度はCSI委託事業の最終年度となるため,KOARAが今後も継続的に運用できる体制を作り上げる必要がある。具体的には,運用規則の早期公開,メディアセンター内部での組織の運用体制や予算の確立,収集・保存を行うデジタルコンテンツの種類や形式の明確な規定を行うことなどが挙げられる。また今後,コンテンツを充実させていくため,パンフレットの作成などKOARAの広報活動にも力を入れていく予定である。XooNIpsの開発も継続して行う予定であり,XooNIpsの利用者と開発者の情報交換の場としてXooNIps研究会を立ち上げ,7月にワークショップを開催する予定となっている。
参考文献 1)倉田敬子.“機関リポジトリとは何か”.MediaNet.no.13, 2006, p.14-17. 2)国立情報学研究所.“次世代学術コンテンツ基盤共同構築事業”.(オンライン),入手先<http://www.nii.ac.jp/irp/index.html>,(参照 2007-06-29). 3)プロバイダ責任制限法対応事業者協議会.“プロバイダ責任制限法関連情報Webサイト”.(オンライン),入手先<http://www.isplaw.jp/>,(参照 2007-06-29). 4)酒見佳世,五十嵐健一.“慶應義塾大学機関リポジトリ(KOARA)のシステムとメタデータ”.大学図書館研究.no.79, 2007, p.27-34. 5)学術機関リポジトリ構築ソフトウェア実装実験プロジェクト.(オンライン),入手先<http://www.nii.ac.jp/metadata/irp/>,(参照 2007-06-29).
注 1)XooNIpsのシステムは総合管理的な機能を持つXooNIps本体とメタデータ形式や画面表示部分などデータごとに詳細を定義するアイテムタイプと呼ばれる複数の追加モジュールから構成されている。
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