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ナンバー17、2010年 目次へリンク 2010年11月30日発行
 
三田文学ライブラリー45年の経緯
谷藤 優美子(たにふじ ゆみこ)
三田メディアセンター係主任
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1 はじめに
 森鴎外,久保田万太郎,佐藤春夫,水上滝太郎…。慶應義塾にゆかりのある著名な文筆家は数多い。主に『三田文学』誌上で活躍したこうした作家たちの初版本や貴重な自筆原稿,書簡などを集めたのが,慶應義塾図書館の特殊文庫「三田文学ライブラリー」である。しかしその経緯やコレクションの内容は,スタッフにもあまり知られていない。このたび30年ぶりに『三田文学ライブラリー目録』を発行したことを機に,あらためて本ライブラリーについて書き記しておきたい。

2 発足の経緯
 慶應義塾図書館には,戦前から,作家の水上滝太郎や,英文学者・随筆家の戸川秋骨,馬場孤蝶らの蔵書が寄贈されていた。また,『三田文学』にゆかりのある泉鏡花の蔵書や原稿,遺品も,昭和16(1941)年と17(1942)年の二度にわたり寄贈を受けていた。このように,三田文学ライブラリーのベースとなりうる資料は,当時からすでに所蔵されていたと言えるのだが,昭和20(1945)年5月の戦災の影響もあり,戦後しばらくこの特殊文庫は実現できないままとなっていた。
 昭和37(1962)年,慶應義塾は,久保田万太郎から没後著作権のすべてを譲られることとなった。それは久保田が逝去する前年のことで,前例のないことであった。それを受けて昭和38(1963)年に設置された「久保田万太郎記念資金委員会」では,久保田の全著作物や資料の整理・保管,全著作物の公刊,そして印税その他の収入による記念事業を行うことが決められた。
 昭和41(1966)年1月,この久保田委員会の委員でもあり,当時図書館長でもあった佐藤朔文学部教授が「三田文学ライブラリー」構想を表明,同年5月の久保田委員会にて資金援助を求めた。そして久保田基金から差し当たり100万円の援助を受けられることとなり,同年8月,「三田文学ライブラリー設立趣意書」を配布するにいたったのである。『三田文学』が復刊されたことや,佐藤春夫全集が刊行されたこと,久保田万太郎全集発行が予定されていたことなども契機となった。慶應義塾に関係のある文筆家の著作を蒐集することへの機運が高まっていたことが影響したといえる。
 設立時は,物故作家43名に,存命だった芸術院会員の堀口大学,西脇順三郎,獅子文六,高橋誠一郎の4名を加えた,計47名を対象としていたが,初年度中にさらに7名が追加されたことで,第一期蒐集作家として54名を対象とすることとなった(表1)。第2回の発起人会において,久保田資金より更に100万円の追加援助を得て,購入や寄贈で資料蒐集に努めた。
 その後も久保田資金から何度か援助を受けたが,平成14(2002)年で終了となり,現在資料を購入する場合は,図書館の予算を充てている。
 三田文学ライブラリー設立の経緯および久保田万太郎記念資金については,さらに詳しく書かれた文献があるので参照されたい(参考文献1)(参考文献2)。

3 資料の特徴
 コレクションは寄贈や購入により増加してきたが,なかでも泉鏡花や久保田万太郎関連資料は充実している。また,作家の署名入り本や,部数限定の特別装丁本なども少なくない。さらに図書については,図書館の一般蔵書とは違い,請求記号ラベル等の添付や修理・再製本を行わず原装のまま保存しており,凝った外箱や美しいデザインのカバーがそのまま残されている。こうした特徴から,昭和63(1988)年から始まった早稲田大学図書館の『明治期刊行物集成マイクロフィルム版』の撮影にも,泉鏡花や森鴎外の著作など三田文学ライブラリーの蔵書の一部が利用されている(参考文献3)。
 また,図書以外にも,自筆原稿・書簡のほか,美術資料などもあり,書幅や,鏑木清方による水上滝太郎の肖像画(色紙)なども所蔵している。(写真1

4 整理・保存
 三田文学ライブラリーでは,昭和42(1967)年11月と昭和43(1968)年4月に手書きの冊子体目録を作成している。昭和44(1969)年5月には,それらをまとめた『三田文学ライブラリー目録』を刊行した。その後は,昭和54(1979)年3月末現在の増加目録がまとめられたままとなっていた。
 当初,蒐集した資料は現在の旧図書館八角塔に陳列・保管された。書架や照明,ブラインドなど施設設備が十分ではなかったことから,昭和42年9月に改装をしたという記録がある。昭和57(1982)年,図書館新館が竣工した後は,新館地下5階の閉架書庫に移された。
 平成8(1996)年に,三田文学ライブラリーの管理・運用が正式に三田メディアセンターに移管されてからは,図書については遡及目録入力が進められた。その後,地下5階の閉架書庫を開架に変更する必要が生じたため,配置場所を移動せざるをえず,平成10(1998)年頃,コレクションは研究室棟地下2階の閉架書庫に移動,さらに平成21(2009)年には再整理の上,新館に戻し,地下1階保存庫に保管することとした。配置場所は転々としたが,ようやく安住の地を得たことになる。

5 利用
 前述のとおり,三田文学ライブラリーは原装保存を旨とした特殊文庫であるため,非公開を原則としている。ただし代替資料がなく,研究のために必要と認められる場合は,所定の手続きを経て閲覧に供している。閲覧するためには,学内の学部学生および大学院生は指導教授の推薦を,また,学外者の場合は所属機関からの申込みを必要としている。館外貸出やコピーは認めていない。

6 その他の事業
 資料を蒐集するほかに,三田文学ライブラリーでは出版事業を手掛けたことがある。昭和43(1968)年に「三田文学ライブラリー叢書」の構想が持ち上がり,翌年に『回想の石丸重治』が出版された。以後,『随筆慶應義塾:エピメーテウス抄』(1970),『奥野信太郎回想集』(1971),『文学と人間の言語』(1974),『回想の厨川文夫』(1979),『回想の西脇順三郎』(1984),『切山椒:附久保田万太郎作品用語解』(1986)が刊行されている。

7 2009年以降
 このようにして資料蒐集・運営してきた三田文学ライブラリーだが,寄贈資料の中には,蒐集対象とはしがたいと考えられるものもさまざま含まれ,どのような資料をどこまで集めてゆくかという原則を再確認する必要が生じていた。
 そこで平成20(2008)年,図書館および久保田資金担当常任理事を主幹として,文学部国文学専攻教員,『三田文学』編集長,三田メディアセンター事務長をメンバーとした「三田文学ライブラリー検討ワーキンググループ」を結成し,あらためて蒐集対象について検討することとした。その結果,物故作家に限定すること,慶應卒または勤務歴がある,もしくは『三田文学』に長く関わっていたことなどを条件とし,106名を「三田の文人」として蒐集の対象とすることに決定した(表2)。いずれも『日本近代文学大事典』(講談社,1984)に収録されている著名人ばかりである。
 蒐集する図書は,本人著作の文学作品および批評・エッセイとした。本人の著作に限定するため,その作家の伝記や研究書は蒐集の対象外とする。また,文学作品および批評・エッセイを対象とするということは,たとえば高橋誠一郎を例とした場合,彼のエッセイはライブラリーに含めるが,経済研究書は含めないということになる。
 この決定を受けて,三田メディアセンターでは,これまで蒐集した資料から,あらためて蒐集対象となる資料を抜き出し,対象外となった資料は一般書に変更するなどの整備を行った。このたび刊行した目録に収録されているのは,性格付けが明確となった再整理後の図書・資料である。

8 おわりに
 2010年,『三田文学』は創刊100年を迎えた。秋に開催された記念の展覧会には,三田文学ライブラリー所蔵資料も多数出品された。その効果か,ご遺族から新たに資料寄贈のお申し出をいただくこともできた。三田文学ライブラリーは,一般利用は制限されているものの,目録の刊行を機に,その重要性が広く知られ,内外の研究の進展に寄与することが期待される。

引用文献
1)石川博道.三田文学ライブラリー―その生い立ちから今日まで―.KULIC.no.12, 1979, p.36-38.
2)佐藤朔.久保田資金の歩み.三田評論.no.839, 1983, p.80-81.
3)風間茂彦.三田文学ライブラリーのマイクロフィルム化.ふみくら.no.27, 1990, p.8.

参考文献
1)三田文学ライブラリー設立について(塾内ニュース).三田評論.no.653, 1966, p.84.
2)三田文学ライブラリー目録.八角塔.no.1, 1967, p.12.(発足から5ヶ月間で蒐集したものの目録)
3)小田切進.三田文学ライブラリー(文庫・文学館を歩く).東京新聞.夕刊. 1980.10.13, p.7.
4)田中正之.三田文学ライブラリーに寄贈された和木清三郎氏遺愛旧蔵書(寄付金慶應義塾維持会申込者芳名).三田評論.no.784, 1978.
5)田中正之.三田文学ライブラリーと寄贈資料.(寄付金慶應義塾維持会申込者芳名).三田評論.no.833, 1983.

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