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ナンバー17、2010年 目次へリンク 2010年11月30日発行
ティールーム
革命前夜の思い出
三橋 平(みつはし ひとし)
商学部准教授
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 私は,もうじき40歳になります。私の世代は,インターネットの急速な普及を20歳代前半から30歳になる時期に経験しており,ネット・携帯革命の前後両方を知る最後の世代だと思います。『オッチャン』になることを積極的に目指している私は,学部生との懇親会の席では,革命前夜の思い出話を語り,時代を乗り越えてきた優越感に浸ってしまうことが少なくありません(オッチャンですから)。大抵そういう時は,『当時は,女の子の家に電話する時は緊張したよ〜,父親が電話に出て「娘とはどういうご関係ですか?」と聞かれたことは,今でも夢に出るよ』と,オッチャンが大好きなありもしない大袈裟な話から始めます。その後,『今は女の子に気楽に電話が出来ていいよなぁ』と,意味もなく若者を羨ましがるというオッチャンの得意技に持ち込み,『にも関わらず,草食系男子っていうのはどういうこと?』と,オッチャンの最終兵器である若者イビリで締める。『革命前夜の思い出って,これ?』と,今キーボードを叩きながら自己嫌悪感メーターが振り切れましたが,こんな私でも大学院生との懇親会では少し話題を変えます。
 今から15年位前,私は米国コーネル大学大学院でマクロ組織論の研究者になるトレーニングを受けていました。確か社会学の講義だったと思います。図書館に全員で移動し,引用インデックス(Social Sciences Citation Index)を使った文献検索方法を教えてもらいました。ある論文が何を引用して書かれているか,は参考文献欄を見れば分かりますが,引用インデックスを使えば,その論文が発表された後,どの論文がそれを引用しているか,が分かります。論文発表後の研究はどこまで進み,どこが最先端か,分野の発展経路を理解できるため,引用インデックスは体系的な文献レビューに不可欠なツールです。
 ネット革命前の当時で,社会科学分野の一千以上の学術誌をカバーしていたと思いますが,引用インデックスは冊子体として発行されていました。今振り返ると,その冊数,厚さ,重さ,字の細かさに圧倒された記憶,これを使って1つ1つ精査していくと何時間かかるんだ,と,軽い絶望感を持った記憶,先人はこんなツールを使ってきたのか,と,敬意を持った記憶が入り混じっています。こういう経験があったため,ネット革命後に,引用インデックスがパソコンからアクセスできた時の衝撃も大きいものでした。今まで図書館に行き,重い本を何冊も開き,小さな字をたどって使っていたものが,自宅からでも使え,数秒で大量の検索が可能となり,論文PDFのダウンロード・リンクまでが貼られているわけですから,我々の研究生産性に大きく貢献していることは間違いありません。
 利便性が高まったことで,文献検索としての機能だけでなく,研究者や学術誌のランク付けとしての使い方も大幅に普及したと思います。引用インデックスを使えば,誰の論文が多く引用され,研究の世界に大きなインパクトをもたらしているのか,が数字として表され,海外の大学では研究者の採用や昇進の判断材料として使われる動きが強くなったと思います。また,ある学術誌に掲載された論文が一定期間で平均どの程度引用されたかを示す指標(インパクトファクター)を用いることで,学術誌の最新ランキングを知ることも容易になり,ランクの高い学術誌に論文を載せる価値が今まで以上に高くなったと思います。
 今更ながらインターネット革命というのもかなり気恥ずかしく思いますが,この革命によって,文献検索の方法だけでなく,研究者の評価方法にも大きな変化が生まれたと思います。利便性,生産性向上に貢献したネット上の引用インデックスですが,それでも,私は,あの今や遠く離れた図書館で,冊子体を最初に手に取った時のことを今でも大切に思っています。窓がやたらと広かった図書館,書庫の匂い,蛍光灯の暗さ,閲覧室特有の物音,何冊ものインデックスを広げた机の風景。研究も就職も自分の実力も,ほとんど全てに不安を感じ過ごしていた大学院生時代の,革命前の不便さが作ってくれた思い出。これに浸る時間も,たまには悪くありません(これが俗に言う,オッチャンの痩せ我慢,ですね)。

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