MediaNet メディアネット
ホームへリンク
最新号へリンク
バックナンバーへリンク
執筆要項へリンク
編集員へリンク
用語集へリンク
慶應義塾大学メディアセンター
メディアセンター本部へリンク
三田メディアセンターへリンク
日吉メディアセンターへリンク
理工学メディアセンターへリンク
信濃町メディアセンターへリンク
湘南藤沢メディアセンターへリンク
薬学メディアセンターへリンク
ナンバー14、2007年 目次へリンク 2007年10月1日発行
特集 メディアセンターにおける電子情報
機関リポジトリはメディアセンターの白馬の騎士か?
千村 文彦(ちむら ふみひこ)
理工学メディアセンター
全文PDF
全文PDFへリンク 496K

1 はじめに
 理工学メディアセンターでは,理工学部の大切な資産である研究成果物や各種資料を保全する試みとして機関リポジトリの可能性を検証している。2005年4月より,機関リポジトリ構築ツールであるDSpaceを運用して実験2を行っている。特徴的なのは,教員の就任・退官講演ビデオという動画コンテンツを扱っている点である。今後の計画として,いままで独立して稼動していた理工学研究科の博士論文データベースを統合していく予定である。
 本稿では,教員の就任・退官講演ビデオをDSpaceに搭載した経験を報告する。続いて,その経験を通して感じた,機関リポジトリの本当の姿について述べていく。動画の取り扱いについては,読者の皆様が自らのケースに適用可能なように,平易に書くことに留意した。全般には体験談となっているので,ひとりよがりな部分もあるかもしれない。あらかじめ伏して断っておく。

2 DSpaceで動画を扱う
 DSpaceで動画を扱うにはふたつの方式が考えられる。ひとつは,PDFファイルなどと同様に,動画ファイルをそのままDSpaceのデータベースに取り込んでしまうことである。第二の方式は,動画ファイルをDSpaceの外において,メタデータと動画ファイルへのリンク情報のみをDSpaceに取り込むことである。すなわち,検索エンジン(DSpace)と情報の実体ファイルを管理する保存庫(動画ならば配信サーバ)を分離する方式である。動画では特に,配信の効率を考えて,配信サーバを分離する意義がある。この方式では,すでに稼動している動画配信サーバも活用できる。
 保存庫をDSpaceから分離する方式は,PDFファイルなどのテキスト主体のデータにも有用であるように思われる。DSpaceはバックアップの機能が弱い。また,ファイルへのアクセス権の設定等,セキュリティの詳細なコントロールが利かない。保存庫を分離して十全の備えをすることで,DSpaceの弱点を補うことが出来る。以下,機関リポジトリの実現方式として,検索エンジンと実体ファイルの保存庫を分離する方式について,理工学メディアセンターでの経験を報告する。
(1)目的と準備
 理工学部では毎年,教員の就任・退官講演を撮影したビデオ資料が発生する。特に,退官講演は今後,海外やOB等からのネットワーク視聴の需要が見込まれる。理工学メディアセンターでは,このビデオ資料を機関リポジトリに取り込んで,博士論文やプレプリントなどのテキスト主体の資料と同列に扱い,サービス提供することの技術的可能性と意義について検証している。
 機関リポジトリ構築ツールとしてDSpaceを採用し,動画の配信サーバとしてWindows Media Serverを使用している。はじめの作業は個々のビデオに対して,配信サーバの形式に合ったWindows Media形式の電子ファイルを準備することである。オリジナルのビデオがアナログなので,数万円で購入した変換器を使って電子ファイルを作った。作業は変換開始ボタンを押してしまえば,目を離しても滞りなく済む。ただし,電子ファイルの再生品質,特に音声の強弱レベルのコントロールには若干の習熟が必要である。
 ビデオには講演のOHP資料が写っているので,電子ファイルの解像度は文字が判読できるように,大きめの768kビット/秒とした。退官講演は1時間弱の長さで,これを電子化すると約300メガバイト(MB)となった。就任講演はこの三分の一の長さである。パソコンでもハードディスクの容量が数百ギガバイト(1GB=1000MB)であることが当たり前の昨今,1本が300MBの電子ファイルはコスト的にも取り扱い可能な大きさだと言える。作成したビデオファイルはWindows Media Serverの通常のサービス領域に置いておく。すなわち,このビデオはDSpaceを通さなくてもサービス提供可能ということである。
(2)メタデータとリンクのための情報
 DSpaceには検索エンジンの役割を持たせる。そのためにまずメタデータを登録する。図1はDSpaceが実際に読込可能なメタデータである。正規のXML形式で記述し,項目は初期状態でDublin Coreに完全に従っている。図のdescription項目にみられるように,適宜,動画の再生時間や解像度を記述可能で,柔軟と言える。abstractを記述し読み込めば,それがただちに検索対象となり,ヒット効率の高い検索エンジンが実現する。さらには,項目を増やすことも可能である。
 メタデータを登録しただけでは,動画は検索できても実際の動画を見ることが出来ない。ここでは動画のファイルをDSpaceの外に置きたいので,DSpace側には動画ファイルへのリンク情報を搭載し,リンクをたどって実体のファイルへ導くことを考える。具体的には図2のようなリンク情報を含むファイルを準備し,これをメタデータとともにDSpaceに登録する。DSpaceではこの「リンク・ファイル」を実体のファイルだと判断するので,利用者が検索の結果このファイルに到達し開こうとすると,通常のプロセスとして,表示のために最適なアプリケーションを選択して表示を試みる。そのとき動画再生のアプリケーションが選ばれるのだが,アプリケーションが実際に表示するのは外部の動画ファイルということになる。
 以上をまとめると,動画に対するメタデータと,動画の実体である電子ファイルへのリンク情報をDSpaceに登録することによって,DSpaceと情報の実体ファイルを分離できた。このことによって,実体ファイルに最適の運用管理サーバを選択し,なおかつDSpaceの利便性を活かすことが可能となった。

3 機関リポジトリが意味するもの
 前号の『MediaNet』No.13, 2006で倉田先生がまとめられておられるとおり,機関リポジトリの役割は以下の2点にある。
・学術コミュニケーションの多様化
 IT技術によって学術情報の流通経路を増やし,自由で安価な教育研究環境をつくる。
・教育研究機関の価値と資産の保全
 教育研究機関の最高の資産はひとであり,ひとの研究成果である。この大切な資産を電子アーカイブで保全するのは機関の責務である。
 他方,DSpaceを現場で運用してみて見えてくるのは,理想の具現ではなく,メディアセンターの厳しい将来像である。DSpaceは,その機能から言うと,出版に関わる一連の作業を簡易に行うシステムである。査読過程が考慮されていることからもそのことが伺える。すなわちDSpaceは,刺激的に言えば,運用する機関に対して出版社になること,あるいは出版社の機能を持つことをつきつけている。はたして我々にそんなことができるだろうか。その覚悟はあるのだろうか。
 メディアセンターが将来,出版社になるという暴論はしかし,前述の機関リポジトリの役割の議論と矛盾するものではない。学術情報の流通経路に新たな拠点をつくるというとたいへん勇ましいが,既存プレイヤーとの競合は必至である。学術雑誌の価格高騰に対抗して,機関リポジトリを学術論文の無料再版の場と捉えるオープン・アクセス運動は,露骨に出版社に宣戦布告している。学術情報の流通経路を革新するということは結局のところ,出版社と同等もしくはそれ以上の機能と力量を必要とする。
 たしかに商業出版社の横暴は目立つ。しかし,だからといって,論文の品質を保つ査読過程や魅力的な特集を組む企画力などは一朝一夕に取って代われるものではない。真っ向勝負して多くの血を流して得られるものは何か。出版社が無料再版を条件付で認めているのも,歴史や実績に裏打ちされた出版社側の絶対的な自信のあらわれにみえてならない。
 教育研究機関の使命と商業出版はすみ分けが可能で,公共機関としてはただ独自コンテンツを集め,機関リポジトリを構築すればよいというものでもない。データベースは使われてこそ価値がある。機関リポジトリが使われるためには,コンテンツの品質を保つ仕組みと,それを魅力的にみせる編集力やプレゼンテーション力が必要で,商業出版にならう部分は多い。結局のところ,メディアセンターが出版社の機能を担うという議論に戻る。
 理工学メディアセンターでは,独自のコンテンツとして教員の就任・退官講演ビデオを選び,機関リポジトリに端緒をつけた。理工系の論文では特に掲載誌のステータスと論文の「活きの良さ」が重要で,再版には魅力はなく,いまのところ計画はない。ただし,やり方次第では,論文の再版が一転,無尽蔵の宝にみえてくる。理工学部は創立70周年を迎えようとする伝統ある学部で,幾多の世界的に重要な研究が行われている。ある教員のアイディアであるが,理工学部で連綿と引き継いで行われている研究テーマを時間軸で追いかけ,分岐点となった研究論文を集めて,機関リポジトリで公開できたらどうだろうか。これはまさに編集力の見せ所である。
 メディアセンターが出版社の機能を果たすということは,当然,人と組織の問題や予算措置を含めた議論が必要である。これは前号のMediaNet(No.13 2006)で入江論文が指摘するとおり,機関リポジトリの理想に隠されてしまっている部分である。

4 むすび
 機関リポジトリの構築ツールであるDSpaceでの動画の取り扱いについて具体的に説明した。そのことによって,機関リポジトリの運用の実際を少しでも体験していただく意図であった。つぎに,機関リポジトリを運用してきた経験から,これはつけ焼刃では済まないぞ,ひとすじ縄では利かないぞ,という実感を述べた。
 メディアセンターあるいは図書館の存在の危機に関する議論は多い。機関リポジトリがメディアセンターにとって白馬の騎士になるか,現段階では判断できない。しかし,機関リポジトリの運用で商業出版から習い,競争原理に身をさらしてみることで身につくノウハウは,これから出現するどのような新しいシステムにも通用するように思われる。企画力や編集力,プレゼンテーション力がそのような能力に含まれるのではないかと感じている。機関リポジトリは少なくとも捨て駒にはならないように思う。

参考文献
1)倉田敬子.“機関リポジトリとは何か”.MediaNet.no.13, 2006, p.14-17
2)入江 伸.“リポジトリを進める視点―慶應義塾大学での取組みから―”.MediaNet.no.13, 2006, p.18-21
3)学術機関リポジトリ構築連携支援事業―国立情報学研究所.(オンライン),入手先<http://www.nii.ac.jp/irp/>,(参照 2007-08-01).
4)Dspace.(オンライン),入手先<http://www.dspace.org/>,(参照 2007-08-01).
5)Dublin Core Metadata Initiative.(オンライン),入手先<http://www.dublincore.org/>,(参照 2007-08-01).
6)Open Access Japan.(オンライン),入手先<http://www.openaccess.japan.com/>,(参照 2007-08-01).

図表
拡大画像へ
リンクします
図1
拡大画面を表示
図2
拡大画面を表示
 PDFを閲覧するためにはAdobe Readerが必要です このページのトップへ戻る
メインナビゲーションへ戻る
Copyright © 2007 慶應義塾大学メディアセンター All rights reserved.