編集部からの依頼は,義塾創立150年を踏まえたメディアセンターの現在について執筆してほしいというものだが,湘南藤沢キャンパス(以下,SFC)はまだ成年(20年)にも達していない。短いSFCの歴史を織り交ぜながら,湘南藤沢メディアセンター(以下,当センター)の現在と将来について雑感を述べてみたいと思う。
1 現在 当センターは蔵書37万冊,年間貸出冊数11万6千冊,年間のべ入館者数44万人という規模を誇っている(2007年度統計に基づく。看護医療学図書室を含む)。これらの値は,塾内ではおおむね三田,日吉に続く3番目の順位にあたる。蔵書を支える図書費は約2億円だが,塾内では4位である。スタッフ数は専任・嘱託合わせて13名であるが,派遣職員や委託スタッフをあわせた総勢では40名ほどにのぼる。 当センターの特徴として,「マルチメディアサービス担当」の存在があげられる。これは,センター内はもとよりキャンパス内の各教室に配備されたAudio Visual(AV)機器の管理を行い,ビデオカメラをはじめとする多様な視聴覚機材に関して教員からのさまざまな要求にも応えるセクションである。今ではAVもデジタルが主流となり,アナログとデジタルの両方を自由に扱うためには専門技能が不可欠である。SFCに在籍する,映像製作を専門とする教員からも大きな信頼を寄せられているセクションである。 また各種サービスに学生アルバイトを積極的に活用し,義塾の「半学半教」の気風を実現していることも,当センターの特徴といえる。当センターではAVコンサルタント,DB(Database)コンサルタント,配架アルバイトの3種類の学生アルバイトを活用している。AVコンサルタントはビデオカメラの貸出業務,DBコンサルタントはDBウィークス(DBセミナー)の講師も担うなど,当センターにおいては,なくてはならない存在となっている。なお湘南藤沢ITCのCNSコンサルタントも当センター内にカウンターを持っている。
2 過去
(1)湘南藤沢メディアセンターのはじまり まずは当センターの過去を,少し振り返ることにしたい。当センターは1990年(平成2年)4月に,SFCの創設と同時にその産声を上げた。1990年の時点では,SFCを除く各キャンパスに「情報センター」(現在のメディアセンター)と「計算センター」(現在のITC)は存在していたが,それまで「メディアセンター」というものはなかった。この名称は,当センターの発足にあわせて新しく採用されたのだが,その趣旨について,初代所長の高橋潤二郎は次のように語っている(参考文献1)。
メディアセンターは,その名称が示すように,単なる図書館ではありません。図書館,AVスタジオ,計算機センターという3つの機能が合体した新しいコンセプトにもとづく情報施設です。
メディアセンターは,単なる情報の消費の場ではなく,生産の場でもあるところに特長があり,マルティメディア対象のハイリテラシー習得の場であることを目的としているのです。
その後の様々な事情から,現在はメディアセンターとITCは別々の組織となったが,湘南藤沢ITC事務室はメディアセンターの建物内にあり,また1階のオープンエリアはITCのサービススペースでもあるため,現在でもなお両者は協調しながら業務を進めている。
(2)電子化への取り組み SFCはデジタル・キャンパスと呼ばれることがあるが,その代表がSFCにおけるCNS(Campus Network System)の存在である。CNSは,キャンパス内ネットワークの名称である。SFCでは創設時に,当時はまだ学術利用のみに限定されていたインターネットをいちはやくCNSとして導入し,その基盤であり,当時は大学院レベルの技術であったUNIXを,学部1年生から必修としたのである。このことが物語るように,SFCにおいては時代を先取りするような,コンピュータ・ネットワークの取り込みを至上命題としているといっても過言ではない。 当センターもこれに沿うように,早くから電子資料や電子サービスへの取り組みを行っている。まだKOSMOSのような統合的な図書館システムが義塾内に存在する前に,当センター独自で図書館システムを導入し(当時早稲田大学で使われていたWINEをベースとしたものでFAINSと呼んでいた),他センターに先駆けてOPACを稼働させたことは,その筆頭にあげられよう。 その後も1999年に学位論文データベース(参考文献2),2003年にe-KAMOシステム(湘南藤沢キャンパスマルチメディアデータベース)(参考文献3)を構築するなど,さまざまな電子的サービスへの取り組みを行っている。なお現在は,電子ジャーナルや電子ブックなどの電子資源と呼ばれる形態の資料の導入に力を入れている。
(3)学生との対話 このように電子化に取り組む一方で,学生のニーズに応えたサービス展開も折々に行っている。1998年には学生からの投書を機に,騒音対策の一環としてセンター内の北側半分を「静かエリア」と定めた。これにより(a)(一般)閲覧席,(b)グループ学習室,(c)静かエリア(私語厳禁),(d)キャレルルーム(パソコンも使用禁止。2001年に設置)と,利用者のさまざまなニーズにあわせた席の棲み分けができるようになった。 2004年には,1年越しの学生との対話を踏まえて「飲食ルール」の運用を正式に開始した。このルールは,一部エリアを除き特定の条件を満たした飲みものについて許可するというものである(参考文献4)。 現在は,飲食ルールを含めたマナー啓発について,学生団体であるSFC YEARBOOK委員会と連携し,委員会が作成してくれるマナーポスターをセンター内各所に掲示している。
3 最近のトピック 前章で触れたようなSFCの特長は,今後も引続き継承されていくと思われるが,ここでは当センターを取り巻く最近の状況に触れてみたい。
(1)利用者の減少 実は当センターの入館者数は2001年をピークに,また貸出冊数はそれより3年遅れる2004年をピークに,年々減少傾向にある(図1)。特に入館者は毎年3万人ずつ減ってきており,その減少傾向は顕著である。その原因として電子ジャーナルの充実をあげることはたやすいが,実際の貸出資料の傾向は,和書が78%を占めるのに対して洋書は6%,洋雑誌はわずか0.1%に満たないのである。このことからすると,洋雑誌がほとんどである電子ジャーナルをSFCにおける入館者減少の原因とすることには無理があるだろう(数値は2007年度のもの)。それよりは,携帯電話の普及などにより,当センターが「待ち合わせの場」である必要が薄れてきていることの方が,ありえそうな理由である。少なくなったとはいえ,今なお年間40万人の入館者数があり,静かエリアで真面目に勉強に励む学生の姿を日々見ていると,むしろ本当に必要な学生に使われるようになってきているとも思えるのである。
(2)情報入手手段の多様化 Googleに代表されるように,いまやインターネットで情報は何でも入手できるかのようである。そのことを痛切に感じるのは特にレファレンス資料である。かつては,調べものをするにはまずレファレンス資料からといったものだが,自分の経験でも,例えば英和辞書をひくにもインターネットに頼ってしまう。インターネットではまかないきれない場合もあるが,日常的な情報ニーズはほとんどインターネットで済んでしまうのではないだろうか。 これまで“図書館”は,その言葉の通り一般に流通している“図書”を中心に扱ってきた。これまでは,その“図書”が情報を伝播する媒体の中心であったので,そのことに全く問題はなかった。最近では電子媒体資料も大きな位置を占めてきてはいるが,相変わらず活動の中心は一般に流通する資料の購入(と保存と提供)である。我々は,インターネットのように無料で入手できる情報は,どちらかといえば守備範囲外であるというスタンスを取りがちだが,「インターネットは玉石混交」というだけでなく,何が「玉」であるかという情報を利用者に提示するという活動を,もっと積極的にしてもよいのではないだろうか。もちろん,図書に書かれた情報を網羅できないのと同じように,インターネットの情報を網羅することは不可能である。しかし,これまでの我々の経験や,情報に向き合う姿勢をインターネットに適用することはできるはずである。そして,そのことにより,インターネット偏重の利用者にもメディアセンターに一目置いてもらうことができるのではないかと考えている。
(3)図書予算 図書予算も2001年以後,塾全体の予算緊縮にあわせ,減少する一方である。ここでは,電子ジャーナル(洋雑誌)の高騰のことはひとまずおき,図書予算がどの程度有効に活用されているかを貸出という観点から見てみたい(以下の数値はいずれも2006年度のもので,看護医療学図書室の数値は含まれていない)。 ・当センターの図書予算1.8億円をSFCの学生数(4,500名)で割ると,一人当たり約4万円を支払っている計算になる。 ・その4万円を図書予算の割合に当てはめると,おおよそ以下のようになる。
図書 11,277円
雑誌 8,692円
DB 5,569円
EJ 11,055円
EBOOK 3,005円
その他 1,202円
(※合計は40,800円となる) ・一年間に(SFCの)学部生が借りた本の総冊数は約78,000冊。一人当たり約19.6冊となる。同様に大学院生の場合は,総冊数が14,300冊で,一人当たり約29冊となる。なお学部生,大学院生ともSFC在籍の8割弱が,実際に本を借りている。 ・図書の全所蔵258,000冊のうち,20.5%にあたる53,000冊が一年間に利用されている(のべ冊数では約9万冊)。 ・2006年度の一年間に購入した図書約1万冊のうち,およそ4,400冊がこの年度内に借りられている。 これらはあくまで「貸出」という側面から予算を捉えてみたものである。雑誌や電子ジャーナルなどの利用を含め,このような分析をこれからもっと深めていけるとよいと考えている。
4 そして,これから 最後に,メディアセンターの使命の原点に立ち返りながら,これから成すべきことを考えてみたい。
(1)教育・学習支援 問題発見・問題解決を柱とするSFCではグループワークが盛んである。シラバスの中でグループワークについて言及しているものは20件程度だが,実際にグループワークを取り入れている授業はもっと多い。当センターではグループ学習室を2室設けているが,グループワークが盛んな時期は,それでも足らずに閲覧席でグループワークに取り組む学生の姿が散見される。グループ学習室をこれ以上増やすことは,建物の制約からなかなか難しいのだが,施設以外にメディアセンターがこうしたグループワークの支援をする方法があるとよいと考えている。例えば,マルチメディア担当が実施するビデオ編集と音響スタジオの講習会は,こうしたグループワークの学生が受講することも多く,彼らのニーズが一様でないことを示している。まずはそのようなニーズの調査を行い,それを踏まえてサービス展開ができるとよいのではないかと考えている。
(2)研究支援 SFCには600名前後の大学院生が在籍している。研究の道への入口についた彼らに,メディアセンターとしてできることはないかと考えている。というのも,先に見たように一人当たりの貸出冊数では学部生の1.5倍もある大学院生から,一部のヘビーユーザーを除くとあまり購入希望が出ていないということがあるからである。SFCでは資料を読み込む研究よりも,フィールドワークや実学に近い研究が行われていることもその一因と考えられるが,将来のSFCの研究動向の一翼を担うことになる人たちから,もっと情報を得ることができればと思っている。 また,彼らの研究のサポートをメディアセンターができないかとも思っている。研究に必要な資料の情報は,おそらく教員から得ているのだろうが,第三者的な,いわば情報の“カウンセリング”というような形で,何らかのサポートをすることができないかと思っている。 また,これは一朝一夕にはできないが,研究支援センターがやっている助成金申請のための研究業績資料作成を,メディアセンターでやってもよいのではないかと思うことがある。研究情報や文献調査は,もとよりメディアセンターが得意とするところであるので,これを主体的に実施すれば,教員の研究動向を知ることができるし,スタッフのスキルや知識向上にも役立つのではないだろうか。例えば看護医療学図書室では,所属教員の研究成果について,出入口脇の掲示板で告知するサービスを実施している。このサービスは,学生に教員の研究を知ってもらうことが目的なので,直接的な研究支援とは異なるが,このようなことにも取り組んでみる価値はあるように思うのである。
(3)最後に:それでもメディアセンターは… 学生や教員から,メディアセンターは支持されていると感じる時がある。それは通勤のバスで学生が親しげに語る「メディアでさァ〜」という会話だったり,某先生から会うたびにお願いされる「わたし専用のスペースを作ってよ」という言葉だったりする。それは,利用者にとってメディアセンターが,キャンパスにおける一つの「桃源郷」であるからではないだろうか。慢心はもちろんいけないが,我々は,自分達の仕事にもっと自信をもって臨んでいけるとよいと思うし,事務長としてはそのような環境づくりができるように心がけたいと考えている。
参考文献
1)高橋潤二郎.“特集,湘南藤沢メディアセンター:湘南藤沢メディアセンター所長就任に当たって”.KULIC.no.25.1991,p.1-2.
2)吉沢亜季子.“「政策・メディア研究科学位論文検索システム」のWWW公開について”.MediaNet.no.7.1999,p.54-55.
ただし1999年の時点では抄録のみの公開であり,全文の公開は2001年になってからである.新井圭子.学位論文データベースの構築について―湘南藤沢キャンパスの事例より―.MediaNet,no.11,2004,p.27.
3)石原智子.“eKAMO(Keio Archives in Multimedia Online)Systemについて”.MediaNet.no.10.2003,p.26-27.
4)関恭子,長田全弘.“良質な学習環境の維持・向上を求めて―『湘南藤沢メディアセンター飲食ルール』―”.MediaNet.no.11.2004,p.72-73.
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